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しおりを挟む「……ねぇ、今更こんなこと言うのもどうかと思うんだけど、可能性がないわけじゃないから、言ってもいいかな」
不意に、葵が真剣な面持ちでそう切り出した。紅希が彼に顔を向ける。
「なんだよ、改まって」
「うん……あのさ……」
葵の歯切れは悪い。美月はそれにいささかの不安を覚えながら、彼の話に耳を傾けた。
視線を僅かにさげながら、彼はくちをひらく。
「桜子ちゃんが本気で人間界に帰ることを拒んだら……そのときは、どうするの?」
美月の胸が、緊張感をともなって高鳴った。
紅希も明らかに平静な態度を崩して、眉根を寄せる。
「……どうって……」
「異界は人間には危険だからって、強引に人間界に帰すの?」
葵の双眸がまっすぐに紅希に注がれ、紅希はそんな相手の視線に気圧されるふうに、一瞬だけ目線を逸らした。それから己を強く保とうとするように表情を強めて、葵を見返す。
「……どうしろっつーんだよ」
「俺は……」
葵はそう言いさして、双眼を地面に落とした。微風が木々を揺らしながら地を駆けて、後ろで結われている彼の長い白髪をなびかせる。
美月は葵の思慮深げな横顔を、黙って凝視した。傍にいる藍葉も、なにも言わなかった。
「……俺は、人間界に帰りたくないっていうなら、それもありだと思うんだよ」
その台詞に反論しようと唇をひらきかけた紅希を、葵が手で制する。
彼は続けた。
「自分が生まれた世界だからって、敢えて生きづらい場所へ帰ってさ、自分を苦しめる必要はないと思うんだ」
紅希に向けていた掌を下ろして、葵は宙を眺める。
「……頑張り方にも、色々ある。ひとりで頑張るのが得意な子もいれば、皆で頑張るのが得意な子もいる。でも人間ってさ、皆でちからを合わせることを妙に美化してて、個人プレーが得意な子まで配慮できてないらしいじゃん」
葵は視線を紅希に戻した。ひたいに小さな角を二本生やしている彼の容貌は、どう見ても人間のそれではない。けれども、その立ち位置から語る声はどこまでも透明であったし、種族の違いを差別する色も、瞳のどこにもありはしなかった。
「不得意なところでずっと頑張らせて、その子は本当に、団体プレーが好きになるの? 得意になるの? 楽しくなるの?」
「葵……」
紅希が彼の名をくちにしたが、それでも葵の言葉は止まらない。
「生きるって、ようはそういうことだと思うんだ。俺達妖怪は単独行動が好きなやつが多いから、その点は自由があるけど、でも人間って違うんでしょ? 人間は集団で生きる生き物だから、それが基準なんだよね?」
話しているうちに、いつも冷静な彼の感情が徐々に昂ってきているのがわかった。冷静だからこそ、美月にも親切に出来る優しさがあるからこそ、思うところがあるのかもしれない。
「本当に帰りたくないって子を強引に帰して、合わない環境に押し込めて……。それで、その子は環境に順応して、生きることが楽しくなるの? 合わない環境に合わせる日常の中で、自分らしくいられるの? 前向きになれるの?」
大きくなっていく葵の声が、いよいよ悲痛の色を帯びた。彼はどこか縋る口調で、紅希に言葉をぶつける。
「そこまでして生きる理由って――なんなの?」
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