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しおりを挟むそこまで語って、美月は我に返った。なんだか恥ずかしい発言をしてしまったようで、顔が熱くなる。
「あ……えっと、私が勝手にそう思ってるだけなんですけど!」
両手をばたばたと振ると、少しばかり驚いた表情で話を聞いていた紅希が、小さく笑った。
「お前は……なんつーか、まだチビッ子のくせに、案外立派だな」
「し、身長はこれから伸びる予定なんです!」
美月は声を荒げる。ちなみに美月の身長は、平均よりもやや低いくらいだった。
紅希の隣で葵が微笑む。
「なんか、思ってたよりも大人で、ちょっとびっくりしちゃったよ。紅希より大人かもしれない」
「うるせーな!」
紅希が葵の肩を叩く。思いの外、大きい音がした。
ああ、と頷いた藍葉が、美月をまっすぐに見つめる。彼女は唇に弧線を描いて、くちをひらいた。
「あのとき、鳥居のしたで出会ったのがお前で……異界に来てくれたのがお前で、本当によかったよ」
腕を伸ばし、藍葉は美月の頬を撫でる。両親以外からこんなふうに触れられた経験はあまりなく、故に美月は少しばかり気恥ずかしいような気持ちになった。
「桜子を……よろしく頼むぞ。ワシも全力で助勢しよう」
紅希と葵も、それぞれの意志を主張する。
「乗りかかった船だからな、俺らも手伝うぜ」
「うん。手伝えることがあったら、なんでも言ってよ」
三人の言葉に、美月は胸が満たされた。彼女達とはまだ出会って間もない上に、そもそも種族からして異なる存在だが、それでも信頼関係が築けている事実に言い表し難い温かさを感じる。
美月の表情が、自然と笑みを形作る。頷いて、美月は三人へ伝えた。
「――はい。よろしくお願いします」
夜の風が髪を揺らす。穏やかな風が吹いていた。
◇
桜子は足早に川沿いを歩いていた。
歩き慣れた道である。この道の先にある洞窟には、南雲鈴彦が住んでいた。
年齢は離れていても、人間である彼の存在は、ここ異界では大きい。桜子は日頃から頻繁に彼のもとへと足を運び、話を聞いてもらっていたのだった。
洞窟を覗き込む。夜の洞窟はぎょっとするほどに暗い。奥で蝋燭が数本灯されてはいるものの、それは闇をいっそう濃くしているばかりで、少しも安心できないのだった。
そんな、ややもすれば方向感覚すら失いそうになる洞窟を進んで、桜子は奥にいる鈴彦のもとへと急ぐ。振り返った彼に、すがるように抱きついた。
「鈴彦さん、鈴彦さん……!」
「桜子ちゃん……どうしたんだい」
三十代の鈴彦は、十四歳の桜子にとっては父に近い存在である。頼ってしまうのは、安心してしまうのは、それが理由なのかもしれなかった。
自分と同じ人間というだけではなく、異界に来て十年にもなるという経歴にも信頼をおいている。彼の前でだけは、本当に素直になれた。自分の寂しさを理解してくれる、ただひとりの人物だった。
美月に出会ったことで、桜子の胸はざわめいている。不安に似た感情が心中でいっぱいにふくらんで、胸が苦しかった。どうしようもなく苦しいのに、しかしこの感情がどこから来るのか、明確にはなんなのかがよくわからない。どうすればいいのかも、やはりわからなかった。
「鈴彦さん、私、人間界に帰りたくない……あそこには、私の居場所なんてない……!」
「桜子ちゃん、落ち着いて」
「どうして皆、私を人間界に帰そうとするの? どうして放っておいてくれないの? 私が邪魔なの?」
「桜子ちゃん」
鈴彦の大きな手が、桜子の肩を撫でる。その優しさが、却って桜子の目頭を熱くしていった。
「私はただ……寂しかった時間を忘れたいだけなのに……。忘れるって、いけないことなの……? 寂しかったことも、ずっと覚えてなきゃいけないの……?」
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