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しおりを挟む自分と同じく桜子を大切に想う者からの頼みを、美月が断れるわけがない。いや、そもそも頼まれなくとも、美月は出来る限りのことをするつもりだったのだ。
藍葉に頷いて、美月は微笑む。
「……私、桜子ちゃんが大好きです。また一緒に遊びたいし、また一緒に笑い合いたい。攻撃されたことは、びっくりしたけど……でも、きっと理由があるんだと思うんです」
心の中で言葉と感情を整理しながら、美月は続けた。
「まずは、桜子ちゃんと話がしたい。異界にいる一年間のあいだ、なにがあったのか。どういう気持ちだったのか。桜子ちゃんがいなくなって、私がどんな気持ちでいたか。桜子ちゃんのお父さんとお母さんが、どんなに悲しんでいるか……」
話しているうちに、桜子との思い出が甦ってくる。小さい頃からいつも一緒で、一緒にいるのが当たり前で、だから彼女がいなくなったとき、自分の心に生まれた空白の大きさに戸惑った。当たり前のなにかをなくすというのはこういうことなのだと、身をもって痛感したのである。
いつも真摯に勉学に励んでいた姿、美月へていねいに勉強を教えてくれる優しい面差し。凛々しい態度は風を受けて歩むといっそう際立つようで、美月を虜にした。
それが、美月の知っている和泉桜子という少女だった。
「私、難しいことってわからないけど、でもお互いにわかり合うっていうのは、どれだけ本当の心で話し合ったか……だと思うんです。自分の心をさらけ出さないで相手の全部を知りたいっていうのは、きっと……ずるいことで、一緒にいる時間が長くなればなるほど、そういうのは相手にも伝わっちゃうものだと思う」
桜子と喧嘩をしたことも、当然あった。幸いにも美月と桜子は争い事が得意ではなかったため、喧嘩は頻繁ではなかったけれど、そのかわりに時折喧嘩をすると、自分でも驚くほどの後悔にあとから襲われた。
もう桜子と楽しく過ごすことが出来ないかもしれない。一度そう考えてしまえば、どうしてあんなにひどいことを言ってしまったのだろうと、彼女と争った己を張り倒したくなった。
「自分の心を剥き出しにするのは勇気がいるし、怖いし、恥ずかしいことかもしれない。でも、そうすることで相手に伝わるものがあるって私は信じてる。裏切られることもあるかもしれない。傷付くこともあるかもしれない。それはつらいことだけど、でも、そのつらさはきっと自分を成長させてくれるって、思うんです」
喧嘩のあと、泣いて謝りにいくと、桜子の目許も涙で赤く染まっていることがあった。あの瞬間ほど、胸が痛むときはない。大切な誰かを泣かせてしまった衝撃は、時に息がつまるくらいだった。
桜子に涙を流させてしまった記憶は、不思議と同級生の喧嘩よりも強く記憶に焼き付いている。それは彼女が幼馴染みだからという理由ばかりではなく、桜子が美月よりふたつ年上だったからなのかもしれない。年上を泣かせてしまう出来事は、幼い子供には強烈なものだ。
「楽しい経験ばかりじゃ、たぶん人間は上手に成長できない。つらい経験をしてるなら、泣いてる瞬間があるなら、ぶつかった壁に苦しんでる時期があるなら、きっとその瞬間こそが、成長してるときなんです。それは、成長の通り道なんです」
喧嘩をして涙を流すたびに、お互いの心が少しずつ剥き出しになっていっているような気がしていた。そして、美月は気が付く。互いに泣いてしまうほどの喧嘩は、浅い仲だとすること自体が難しい。何故なら喧嘩をするということは、己の心を相手に見せるということだからだ。心と心でぶつかるから、だから涙が出るのだ。きっと。
「私は、桜子ちゃんと話をして、桜子ちゃんに全部をぶつけられたい。それから、桜子ちゃんに私の全部をぶつけたい。お互いにぼろぼろになるかもしれないけど、その傷が自分を次のステップへ後押ししてくれるって、信じてる」
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