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【18】
しおりを挟む鈴彦は相手に笑みを返した。彼はいわゆる「いいやつ」なのだと思う。自分が理解できないものをそのまま受け入れて肯定できる者は、多いとは言えない。人間ですら「嫌い」と「悪い」を混同している場合が多い。これは自分の嫌いなものなのだから、世間的にも悪いものに違いない、と。
そしてそういう者に限って、己がひどく偏った考えや価値観で生きていることに鈍感だ。自分が負う傷ばかりに敏感で、自分が他者を傷付けていることにはそもそも気付きもしない。自らが被害者になる想定しか出来ないのだ。
そういう人間をうんざりするほど見てきた鈴彦には、鷹崎の距離感がいたく心地好い。ちからを抜いて背中を預けられる存在だと思う。
――ただひとつの問題点を除いては。
「……で」
呟くと、彼は鈴彦に距離をつめてきた。瞳を輝かせ、まるで子供のような表情をしている。
鷹崎は、その楽しげな面差しを崩さないまま訊いた。
「またさぁ、ちょっと分けてくんねぇ? お前の――血」
苦笑して、鈴彦は己の衣服の襟を引っぱって、首をさらす。彼は時々、こうやって鈴彦の血を欲しがるのであった。
くちを開けて牙を覗かせた鷹崎が、そのまま鈴彦の首に噛みつく。鈴彦は痛みに眉をひそめた。
彼は理性的な妖怪ではあるが、人間の血を好む。鷹崎に血を与える生活が、なんだかんだで彼と出会った当初から続いていた。
鈴彦には当然わからない感覚だが、鷹崎いわく人間の血は――うまいのだそうだ。
彼の喉が自分の血液の嚥下によって鳴るのを耳にするたびに、鈴彦は気分が悪くなる。こればかりは、何度繰り返しても慣れない。
軽い眩暈がして、相手の肩を押し返す。鈴彦の首から顔を離した鷹崎は、満足そうに舌で自身の唇をぬぐって笑った。
こういうとき、彼が妖怪である事実を、強く実感する。
◇
「とりあえず、龍を探して話を聞くしかないんじゃないかな」
葵の言葉に、紅希が反論する。
「どうやってだよ。あいつら異界中を巡回してんだぞ。普通に探して見つかるわけがねぇ」
「それに、人間の美月ちゃんを連れまわすんも危ないやろうしねぇ。雑魚がぎょうさん集まって襲ってきたら、うちらでも守れる保証あらへんで」
空秋に同意するように、ウメハラが甲高く鳴く。この怪鳥が鳴くだけで周囲の妖怪達に気付かれるのではなかろうかと、ひそかに美月は不安をいだいていた。
そして、己が人間である事実に歯噛みしたい気持ちになる。異界では、ただ人間というだけで行動を制限する枷となるのだ。桜子を探したいのは自分で、他の三人は手伝ってくれているだけなのに、その自分の存在こそがなによりの障害となってしまっている。
不意に、葵が人差し指を立てて提案した。
「ねぇ、ようはさ、美月ちゃんから人間の匂いを消せばいいんだよね」
呆れたふうに紅希は眉根を寄せる。
「どうやってだよ。妖怪の血でも塗りたくるつもり――」
そこでなにかに感付いたらしい彼は、目を丸くして言葉を区切った。空秋もなにかに思い当たったふうな表情をする。
「……そういえば、人間に妖怪の魔力送り込んだら匂いが薄れるって話、聞いたことあるわ」
「でしょう。あんまりたくさんの魔力を送り込むのは体によくないかもしれないけど、匂いを消す程度なら大丈夫なんじゃないかな」
三人の会話の意味が、美月にはうまく理解できなかった。気になって、一同の顔に順々に目をやりながら、美月は尋ねる。
「あの……魔力を送り込むって、どうやって……」
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