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【4】
しおりを挟む和泉桜子は、夕陽を浴びながら丘の上で白龍と休んでいた。
桜子が異界に来て、もう一年になる。人間界の常識が通用しないのは当たり前のことなので大変な場面も多く、人間の桜子には当然妖怪の友人も少ないが、それでもなんとか今までやってこれていた。
その結果に、白龍の存在は無関係ではないだろう。彼は桜子と共に仕事をこなす間柄であり、そして桜子が心の底から信頼できる数少ない妖怪のうちのひとりだった。
桜子は、龍と共に異界を巡回する仕事をしている。妖怪は、そのひとりひとりが魔力を持っている。そして争いの際は互いにその魔力をぶつけ合うため、おおごとになりがちなのだった。
そんな妖怪達の諍いを止め、なだめるための巡回である。
この仕事は、妖怪の中でも位の高い龍だからこそ出来る仕事だった。位が高い龍は強い魔力を持ち、それは他の妖怪達も重々承知している。龍と争うことにでもなれば、余程のことがない限り、普通の妖怪には勝ち目はない。万が一に勝てたとしても、無傷で済むはずはなかった。
故に、龍に喧嘩を止められた妖怪は、おとなしくそれに従うしかないのである。
そんな龍と共にいれば、人間であったとしても安全は保障されたと言っていい。いつも白龍と一緒にいる桜子を襲うということは、白龍を敵にまわす危険性があるということでもあった。人間を餌にする妖怪は多いけれども、それはあまりにリスクが高い。
だから、人間にとって龍との親交は、ただそれだけで自分の身を守ってくれる盾のような事実なのだった。
丘から森を見ていた白龍が、不意に振り返る。桜子も彼の視線を追って見た。
やってきたのは、藍葉である。癖のある銀髪をおかっぱボブにしている少女だった。
少女といっても、それは見た目だけの話で、実際の年齢は桜子を遥かに超えている。
彼女が着ている夏用のセーラー服は、桜子が譲ったものだった。藍葉はそれに、朱色の下駄を合わせている。
セーラー服の襟のしたを通してさげている鈴のネックレスが、涼しげな音を奏でた。その音を聞きながら、桜子は相手の頭を見やる。
そう、彼女の容姿の中でなにより特徴的なのが、頭から生えている大きな狐の耳だった。藍葉は狐の妖怪なのである。
彼女はけだるげに歩いてきながら、桜子に微苦笑を向けた。
「今日も巡回か。まったく、呆れ返るほど真面目じゃな」
藍葉に白龍が返す。
「毎日巡回をするのは当然のことだよ、藍葉。なにかあってからでは、遅いのだからね」
桜子も頷いて同意を示した。
「そうよ。それに、私この仕事好きよ。やり甲斐を感じているわ」
「聞いたかい。素晴らしい心構えじゃないか。藍葉にも見習ってほしいものだ」
「相変わらずうるさいのぅ、お前は」
不満そうに唇を尖らせて、藍葉は白龍にもたれるように座る。
白龍の背を撫で、桜子は異界の穏やかな風を受けながら、藍葉に告げた。
「藍葉……ありがとう」
「……なにがじゃ」
彼女の声は素っ気ない。基本的に、藍葉は素直でない性格なのだった。
桜子は続ける。
「私に、この仕事を紹介してくれて。巡回の仕事をしていなかったら、私今頃どうなってたかわからないわ。だから、白龍もありがとう」
「私こそ、優秀かつ誠実な仕事仲間を得ることが出来て、嬉しいよ」
彼の返答に、桜子は微笑む。頬を撫でる微風が、桜子の長い黒髪を梳いていった。
視線を森に移し、桜子は髪を耳に掻き上げる。
「……巡回の仕事をしていると、私なんだか落ち着くの。ここには私の居場所があるって……そう感じるのかしら」
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