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第三章 江戸騒乱編

第57話 見え始めた敵

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「真人様の町を襲ったのは、猪熊が手配した兵と京から派遣されて来た兵達の混成軍です。その中には、かの大陰陽師、安倍晴明も含まれます。そして、その計画やタイミングを指示した男……それが、竹中半兵衛です」


 楓はハッキリと言い切った。

「その根拠は?」

「猪熊達が話しているのを、この耳でしっかりと聞きました」

 俺の問に、楓が簡潔に答える。すると、横から家康が補足してきた。

「お主が町を造り始めた頃、既に猪熊には不審な動きが見られておっての。樹海から戻って早々、楓には猪熊あやつの動向を探らせておったのじゃ」

 なるほど……楓は家康の指示で、猪熊達の動きを探ってたのか。家康も、何か不穏な動きがある事には気付いていたらしい。すると、楓が家康の言葉を引き継いだ。

「猪熊は私に、真人様の暗殺を持ち掛けて来ました。謀反が起こる前の話です。そこで私は、話に乗る振りをして、猪熊達を監視する事にしたのです」

 俺の暗殺……確かに楓はずっと、俺と行動を共にしてたからな。適任と言えば適任なのかも知れない。

「しつこい奴だな、あのジジイも……」

 俺の呆れた様な呟きを聞き流し、楓は更に説明を続けた。

「ある日、猪熊は私が屋根裏に潜んでいるとも知らず、側近だった者達に、今回の謀反の計画を説明しはなし始めたんです……その内容は、先程お話した京との繋がりと、竹中半兵衛なる者の策略について裏付ける物でした……」

 なるほど……それがさっき言っていた『自分の耳で聞いた』とかいう話か。

「その時に、安倍晴明なる陰陽師の名も耳にしました。自分達には、とんでもない後ろ盾バックが付いていると、自慢気に話をしておりましたので。そして、おそらく来るであろう真人様を迎え討つ為、天守閣に家康様を幽閉し、結界を張ると。竹中半兵衛から、そう指示を受けているとも話していました」

 そう、楓が説明を補足した。

 そうか……やはり半兵衛は、俺が江戸ここに来る事を読んでいたらしい。結界を張らせたのも半兵衛か……と言う事は、俺の町が襲われる事を、半兵衛は事前に知っていたと言う事になる。つまり……

「真人様の町を襲う様、指示していたのも竹中半兵衛です」

 俺の考えを肯定する様に、楓は俺の目を見て報告した。そして、更に話を続ける。

「その話を聞いた時、既に忠勝様は籠絡された後の様でした。本多家の屋敷に手勢を集め始めておりましたので。そして私に暗殺を持ち掛けたのは、その動きを隠す為のカモフラージュで、初めから真人様の町も襲う計画だったのだと、その時初めて知ったんです」

「つまり、始めから猪熊向こうこっちを信用していなかったと?」

 俺は楓に尋ねた。

「いえ、そう言う訳でも無かったと思います。ただ、あくまで暗殺はついでの様な物だったのかも知れません。上手く行けば儲け物くらいの……」

 楓は少し歯痒そうに答えた。猪熊向こうの考えを見抜けなかった事が、多少なりとも悔しいのかも知れない。すると、今度は家康が口を開いた。

こやつは随分、慌てたみたいでの……お主の町が襲われると聞いて。珍しく、妾に意見しおったのじゃ……今すぐ、忠勝達を止めに行かせてくれとな。あんなに必死な表情かおこやつは、妾も初めて見たわ」

 そう言ってニヤリと笑い、少し冷やかす様な態度で楓を見る家康。その視線を受けて、楓は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そして、更に家康が追い討ちをかける。

こやつは妾の静止も振り切って、忠勝の屋敷へ乗り込んだのじゃ。妾の護衛を、引退した半蔵に押し付けての」

 言葉とは裏腹に、家康はどこか嬉しそうだ。まるで、可愛い妹の我儘に振り回され、満更でもない時の姉の様な……。

「猪熊はともかく、騙されているだけの忠勝あのバカなら、話せば分かるとでも思おたのじゃろう。じゃが、こやつが忠勝の所まで辿り着く事は出来なんだ」

 言いながら、家康は土方の方へ目線を向ける。

「主から何者も近付けるなとの御達しでしたので」

 淡々と、簡潔に土方が答えた。

 なるほどな。そこで楓は捕らえられたのか……新選組の奴等こいつ等に見つかって。幾ら楓が徳川家凄腕の忍でも、新八達こいつ等を一度に相手にするのは確かに厳しい。猪熊程度に捕まってたのが腑に落ちなかったが、それなら納得だ。

「まさか、親衛隊まで動いて来るとは思わなかったのです……」

 口惜しそうに楓が呟いた。それを受け、土方が当然の様に返す。

「幾ら乱心しているとは言え、忠勝様は我等の主。主の命に従うのは、家臣として当然の務めだ」

「だからと言って、妾に弓を引くのはどうかと思うがのお?」

 毅然として答える土方に、家康が皮肉たっぷりに横やりを入れた。意地悪そうな笑顔だ。

「あ、主の命により仕方なかったのです! それにあの時は、下手に内乱を長引かせては、より上様の身が危険に晒されると判断したのです!」

 慌てて土方が言い訳をした。だが、まあ言っている事は的を得ている。確かに、だらだらと内乱を続けても、良い事なんて一つも無い。忠勝は騙されていただけで、謀反を起しているという自覚は無かったらしいからな。あくまで、幽閉しようとしてたみたいだし……土方達こいつ等にしてみれば、さっさと家康トップを捕らえて、城の兵には投降して貰いたかったのだろう。どうやら、家康もその辺は理解している様だ。

「よいよい、冗談じゃ。お主等の英断には感謝しておる。それに監禁中も、何不自由ない暮らしをさせて貰おておったしの」

 そう言って家康は、ケラケラと笑い飛ばした。隣で土方は冷や汗を掻いている。

 俺は楓と家康、そして土方の話を整理していた。

 謀反を企てたのは猪熊……そして、その後ろには京と半兵衛の影がチラつく。実際に謀反を実行したのは、忠勝とその親衛隊。ただし、忠勝にはその自覚は無くて、親衛隊も被害を最小限に抑え、家康の安全を第一に動いている。そして、謀反は大きな被害も無く、表面上は成功した……。

 その裏で猪熊は、楓を使って俺の暗殺を計画。俺を返り討ちにする為に、結界なんかも仕掛けてたみたいだが、本命は京との混成軍による町への奇襲……そして、その指示を出していたのも半兵衛だ。

 なるほど……だんだん、が見えて来た。

「楓。その、俺の町を襲った混成軍……その中にいた化物が、京の安倍晴明だってのは分かった。じゃあ、猪熊の手勢ってのはどこの兵だ? 鬼道館は殆ど全滅してる筈だが……確かさっき、本田家の屋敷に手勢を集めてたとか言ってたな?」

 俺は目を細め、土方と、その後ろの新八達をチラリと見た。すると、親衛隊土方達を庇う様に、楓が説明をし始めた。

「真人様の町への奇襲に、親衛隊は参加しておりません。謀反の為、殆ど江戸の都におりましたので……奇襲班は、親衛隊を除いた忠勝様の直轄の兵、それに、猪熊の甘言に騙されて集められた者達です」

親衛隊の者わたしたちは誰一人、初めからあのジジイの戯言等信じておらんからな」

 念を押す様に土方が呟き、新八達も頷いている。

「そうか……じゃあ、その猪熊に騙されて集められた奴等と、忠勝の兵達はどこにいる?」

「そ、それは……」

 多少なりとも一緒にいて、俺の性格を知っている楓は口籠くちごもんだ。その様子を見た家康が、少し警戒の色を強め、真剣な口調で問いかけて来る。

「お主……それを知ってどうするつもりじゃ?」

 広間中に緊張感が走り、皆の視線が俺に集中する。ジンとコン、それに楓は、俺の答え等分かり切っている様だ。




「──無論、皆殺しだ」

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