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第三章 江戸騒乱編
第55話 謀反の理由
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「──で、どう言う事なんだ? これは……」
俺は今、江戸城の大広間にいる。上座には家康、そして一段下がったその正面に、俺と土方は並んで座っていた。俺の後ろにはジンとコン、そして土方の後ろには新八と沖田、それに斎藤が控えている。半蔵と楓は家康の後ろだ。
土方はあの後、楓を解放するなり、俺と話がしたいと持ち掛けて来た。俺はそれを承諾し、促されるままに付いて来たら、この状況だったと言う訳だ。家康が既に解放されていた事に驚き、その事を俺が土方に尋ねると、それに答えたのは家康だった。
「土方の使いの者が妾の所に来てのお。何でも、猪熊の策略が露呈したから、あの部屋に留まる必要は無くなったのじゃとか言うての……それで、今回の忠勝の謀反について、其奴がどうしても弁明したいと申しておるらしいでの……それならばと、こうして機会を設けた訳じゃ」
そう言って家康は、頭を下げたままの土方に目を向けた。
しかし、驚いた……。家康の例があるとは言え、まさか土方まで女だとは思わなかった。
──土方歳三。
前世では余りにも有名な、新選組の『鬼の副長』。規律に厳しく、先見の明を持った軍師的なイメージだが、実際は剣もかなり強かったらしい。しかも、かなりのイケメンだったと言われていた筈だ。それが……。
目の前にいる土方は、紛れもない『女』だ。凛とした佇まいと整った顔立ちは、確かにイケメンと言えなくも無い。女性にしては高い身長と、ショートヘアの黒髪。新八達と違い、一人だけ軍服の様な物を着ている。スラリとした、余り女性である事を主張しない体付きは、一見、美青年だと思われてもおかしくは無いだろう。まるで、少女漫画にでも出てきそうな美形の青年……では無く、美女だ。
「土方……面を上げい。弁明とやら……早速、申してみるがよい」
俺が軽いショックを受けていると、家康が土方に弁明を促した。発言を許された土方が、顔を上げる。そして、家康に向かい、淡々と今回の謀反について説明を始めた。
「はっ……恐れながら申し上げます。そもそも今回の件、忠勝様には何の悪意も無いのです。全ては、あの猪熊めが謀った事……上様には何の敵意もございません。おそらく、忠勝様は……自分が謀反を起していると言う、自覚すら無いでしょう」
ひたすら忠勝は悪くないと、自分の主人を庇う土方。しかし、その内容は余りにも稚拙だった。謀反を起しておきながら、悪意も敵意も無い? おまけに、自覚すら無いとか……幾ら何でも、それは無いだろう……余りにも酷過ぎる。だが、当の土方は、至って大真面目な表情で訴えている。すると、家康まで意外な反応を示した。
「どうせ、そんな事じゃろうと思うたわ……して、その謀とは何なのじゃ? 忠勝は、何を猪熊に吹き込まれた……言うてみい?」
え? 認めるの?
家康は、土方の主張をあっさり認めた。その上で、仕方無さそうな素振りまで見せている。まさか、こんな都合の良い話を信じるつもりなのか……? すると、土方がどこか言い難そうに話し出した。
「忠勝様は猪熊に、こう誑かされている様です。『上様は、そこの異人に命を狙われている。身を守る為、強固な結界を張って部屋に籠る故、政は全て猪熊に任せる』と。更に『城の兵は既に、異人に洗脳されている可能性が高い為、協力してこれを打ち滅ぼせ』とも言われた様です。因みに、上様は『猪熊以外とは話さない』と仰っていたとか……」
「…………」
言葉も出ない。何だその、めちゃくちゃ猪熊に都合の良い話は! 突っ込み所が多いとか、そんなレベルの話じゃない。今時、小学生でも、もっとマシな嘘を思いつくぞ。こんな馬鹿馬鹿しい話、誰も信じる訳がないだろう。
だが、呆れて物も言えない俺と違い、どうやら家康はあり得ると思っている様だ。情けない、と言わんばかりに俯いて、呆れた様に目頭を手で抑えている。ふと見れば、話していた土方も苦笑いを浮かべていた。その後ろからは、新八達の溜息まで聞こえて来る。
俺は驚愕した。ここにいる誰一人、今の話を馬鹿馬鹿しいと思ってない。全員、忠勝なら騙されると信じ込んでいる。すると、流石に家康が疑問の声を上げた。半ば、諦めている様な表情にも見えるが……。
「その話、信じたのか……? 忠勝は」
まるで、答えの分かり切った事を問いかける様に、家康が尋ねた。土方がそれを受け、返答する。
「流石に忠勝様も、猪熊の話を鵜呑みにはしなかった様です。直接、上様にご真意を確かめると……」
ほう、と少し意外そうな表情を見せる一同。新八達も、少しだけ誇らしげだ。だが、そんな空気を無視して土方は続けた。
「そんな忠勝様を、猪熊はどの様にして信じ込ませたのか……私は猪熊の側近だった男を捕まえ、問い質しました。その男、その説得の場にも一緒にいたそうで……お陰で、猪熊の謀を裏付ける、物証まで手に入れる事が出来ました」
「物証とな……?」
家康が興味を示す。なるほど……土方は、その物証を探し出す為に奔走していたと言う訳か。主人が騙されていたと言う、証拠を掴む為……この謀反が、忠勝の意思では無い事を証明する為に。そして、おそらく猪熊に、言い逃れをさせない為でもあるのだろう。流石は土方歳三……こっちの世界でも切れ者だ。だが、土方の表情は依然、優れない。まだ、何か話し辛そうだ。
「はっ……猪熊めは、忠勝様に偽の書状を掴ませたのです。上様からの密命である証拠だと偽って……。忠勝様はそれを見て、猪熊の戯言を信じ込まされた様なのです。書状まであるのなら間違いない、と……」
書状か……そう言う、物証的な物を提示されると、何となく信じてしまうのは分かる様な気がする。忠勝も、そんな感じだったのかも知れない。
「して、その書状とやらは手に入れたのか?」
猪熊が謀反を企んだ張本人である事を示す、唯一の証拠になるかも知れない。家康の表情は真剣だ。だが、土方は未だに浮かない表情をしている。今迄より、更に気まずそうな雰囲気だ。恥ずかしそうな、申し訳なさそうな……。すると、土方は意を決した様に小さく深呼吸し、申し訳無さそうに口を開いた。
「はっ、こちらに……」
そう言って、懐から折りたたまれた半紙を取り出す。おそらく、あれが例の書状だろう。
「持って参れ」
「はっ!」
家康に促され、土方は膝行と呼ばれる、座ったままの歩法で上座に向かう。そして、そのまま両手で献上する様に、家康に書状を手渡した。土方はその場に俯いたまま、泣きそうな顔になっている……物凄く気まずそうだ。家康が受け取った書状を広げ、目を通す。すると、家康の表情がみるみる内に赤く染まった。書状を持つ手が、怒りでプルプルと震えている。そして……
「あんの、たわけがあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
怒りの余り、手に持っていた書状を放り投げた。ヒラヒラと踊る半紙が、パサリと俺の前に舞い落ちる。俺はそれを手に取り、内容を見て唖然とした。
こんなの信じるバカ、いないだろ……。
『た だ か つ え。
い の く ま の い う こ と お き き な さ い。 り え や す ♡』
俺は今、江戸城の大広間にいる。上座には家康、そして一段下がったその正面に、俺と土方は並んで座っていた。俺の後ろにはジンとコン、そして土方の後ろには新八と沖田、それに斎藤が控えている。半蔵と楓は家康の後ろだ。
土方はあの後、楓を解放するなり、俺と話がしたいと持ち掛けて来た。俺はそれを承諾し、促されるままに付いて来たら、この状況だったと言う訳だ。家康が既に解放されていた事に驚き、その事を俺が土方に尋ねると、それに答えたのは家康だった。
「土方の使いの者が妾の所に来てのお。何でも、猪熊の策略が露呈したから、あの部屋に留まる必要は無くなったのじゃとか言うての……それで、今回の忠勝の謀反について、其奴がどうしても弁明したいと申しておるらしいでの……それならばと、こうして機会を設けた訳じゃ」
そう言って家康は、頭を下げたままの土方に目を向けた。
しかし、驚いた……。家康の例があるとは言え、まさか土方まで女だとは思わなかった。
──土方歳三。
前世では余りにも有名な、新選組の『鬼の副長』。規律に厳しく、先見の明を持った軍師的なイメージだが、実際は剣もかなり強かったらしい。しかも、かなりのイケメンだったと言われていた筈だ。それが……。
目の前にいる土方は、紛れもない『女』だ。凛とした佇まいと整った顔立ちは、確かにイケメンと言えなくも無い。女性にしては高い身長と、ショートヘアの黒髪。新八達と違い、一人だけ軍服の様な物を着ている。スラリとした、余り女性である事を主張しない体付きは、一見、美青年だと思われてもおかしくは無いだろう。まるで、少女漫画にでも出てきそうな美形の青年……では無く、美女だ。
「土方……面を上げい。弁明とやら……早速、申してみるがよい」
俺が軽いショックを受けていると、家康が土方に弁明を促した。発言を許された土方が、顔を上げる。そして、家康に向かい、淡々と今回の謀反について説明を始めた。
「はっ……恐れながら申し上げます。そもそも今回の件、忠勝様には何の悪意も無いのです。全ては、あの猪熊めが謀った事……上様には何の敵意もございません。おそらく、忠勝様は……自分が謀反を起していると言う、自覚すら無いでしょう」
ひたすら忠勝は悪くないと、自分の主人を庇う土方。しかし、その内容は余りにも稚拙だった。謀反を起しておきながら、悪意も敵意も無い? おまけに、自覚すら無いとか……幾ら何でも、それは無いだろう……余りにも酷過ぎる。だが、当の土方は、至って大真面目な表情で訴えている。すると、家康まで意外な反応を示した。
「どうせ、そんな事じゃろうと思うたわ……して、その謀とは何なのじゃ? 忠勝は、何を猪熊に吹き込まれた……言うてみい?」
え? 認めるの?
家康は、土方の主張をあっさり認めた。その上で、仕方無さそうな素振りまで見せている。まさか、こんな都合の良い話を信じるつもりなのか……? すると、土方がどこか言い難そうに話し出した。
「忠勝様は猪熊に、こう誑かされている様です。『上様は、そこの異人に命を狙われている。身を守る為、強固な結界を張って部屋に籠る故、政は全て猪熊に任せる』と。更に『城の兵は既に、異人に洗脳されている可能性が高い為、協力してこれを打ち滅ぼせ』とも言われた様です。因みに、上様は『猪熊以外とは話さない』と仰っていたとか……」
「…………」
言葉も出ない。何だその、めちゃくちゃ猪熊に都合の良い話は! 突っ込み所が多いとか、そんなレベルの話じゃない。今時、小学生でも、もっとマシな嘘を思いつくぞ。こんな馬鹿馬鹿しい話、誰も信じる訳がないだろう。
だが、呆れて物も言えない俺と違い、どうやら家康はあり得ると思っている様だ。情けない、と言わんばかりに俯いて、呆れた様に目頭を手で抑えている。ふと見れば、話していた土方も苦笑いを浮かべていた。その後ろからは、新八達の溜息まで聞こえて来る。
俺は驚愕した。ここにいる誰一人、今の話を馬鹿馬鹿しいと思ってない。全員、忠勝なら騙されると信じ込んでいる。すると、流石に家康が疑問の声を上げた。半ば、諦めている様な表情にも見えるが……。
「その話、信じたのか……? 忠勝は」
まるで、答えの分かり切った事を問いかける様に、家康が尋ねた。土方がそれを受け、返答する。
「流石に忠勝様も、猪熊の話を鵜呑みにはしなかった様です。直接、上様にご真意を確かめると……」
ほう、と少し意外そうな表情を見せる一同。新八達も、少しだけ誇らしげだ。だが、そんな空気を無視して土方は続けた。
「そんな忠勝様を、猪熊はどの様にして信じ込ませたのか……私は猪熊の側近だった男を捕まえ、問い質しました。その男、その説得の場にも一緒にいたそうで……お陰で、猪熊の謀を裏付ける、物証まで手に入れる事が出来ました」
「物証とな……?」
家康が興味を示す。なるほど……土方は、その物証を探し出す為に奔走していたと言う訳か。主人が騙されていたと言う、証拠を掴む為……この謀反が、忠勝の意思では無い事を証明する為に。そして、おそらく猪熊に、言い逃れをさせない為でもあるのだろう。流石は土方歳三……こっちの世界でも切れ者だ。だが、土方の表情は依然、優れない。まだ、何か話し辛そうだ。
「はっ……猪熊めは、忠勝様に偽の書状を掴ませたのです。上様からの密命である証拠だと偽って……。忠勝様はそれを見て、猪熊の戯言を信じ込まされた様なのです。書状まであるのなら間違いない、と……」
書状か……そう言う、物証的な物を提示されると、何となく信じてしまうのは分かる様な気がする。忠勝も、そんな感じだったのかも知れない。
「して、その書状とやらは手に入れたのか?」
猪熊が謀反を企んだ張本人である事を示す、唯一の証拠になるかも知れない。家康の表情は真剣だ。だが、土方は未だに浮かない表情をしている。今迄より、更に気まずそうな雰囲気だ。恥ずかしそうな、申し訳なさそうな……。すると、土方は意を決した様に小さく深呼吸し、申し訳無さそうに口を開いた。
「はっ、こちらに……」
そう言って、懐から折りたたまれた半紙を取り出す。おそらく、あれが例の書状だろう。
「持って参れ」
「はっ!」
家康に促され、土方は膝行と呼ばれる、座ったままの歩法で上座に向かう。そして、そのまま両手で献上する様に、家康に書状を手渡した。土方はその場に俯いたまま、泣きそうな顔になっている……物凄く気まずそうだ。家康が受け取った書状を広げ、目を通す。すると、家康の表情がみるみる内に赤く染まった。書状を持つ手が、怒りでプルプルと震えている。そして……
「あんの、たわけがあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
怒りの余り、手に持っていた書状を放り投げた。ヒラヒラと踊る半紙が、パサリと俺の前に舞い落ちる。俺はそれを手に取り、内容を見て唖然とした。
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