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第二章 樹海の森編

第34話 酒呑童子

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 俺達はキビトに案内され、酒呑童子の屋敷にやって来た。里の一番中心に位置する大きな日本家屋だ。
 通された部屋の中は意外にも洋風で、片側に十人は座れるであろう大きな木製の長机が置かれていた。

 俺達は案内されるがままにこの部屋に通され、屋敷の主と鬼人族の族長オウガが来るのを待たされている。

 そして暫くすると、キビトが赤い肌の大男と一緒に部屋に入ってきた。おそらくこの男が族長のオウガだろう。黒い短髪から覗く二本の角は見るからに正しく「鬼」だ。

 身長は二メートル以上はあるだろうか。体格も大きくがっしりとしていて、着流しの様な着物から鉢切れんばかりの胸筋を覗かせている。丸太の様な手足に鋭い目つきと下顎から伸びた鋭い牙。俺のイメージする鬼そのものだ。

「お待たせしました。こちらが我等鬼人族の族長、オウガ様です」

「オウガだ。話はキビトから聞いている。その強さ、にわかには信じ難い物ではあるが……キビトを生かしてくれた礼もある。客人としての礼は尽くさせて貰おう」

 そう言ってオウガは上座の席をひとつ空け、俺達の対面の席についた。キビトは座らずにその後に控えている。

 なるほど。確かにこれまでの経緯を考えれば、ウォルフ達獣人族がいきなり強くなったと言っても、すぐには信じられないかも知れないな。今迄見下していた相手なんだろうし。

 納得はしてないが尽くすべき礼儀は弁えていると言った所か……さすがに族長だけあって、その辺りはしっかりした男みたいだ。

「真人様、皆様のご紹介は酒呑様が来られてからさせて頂きます。もう暫くで来られると思いますので今しばらくお待ち下さい」

 キビトが俺達と、オウガにも後で紹介するからと言わなげに目で訴えながら説明した。
 俺達が無言で頷くとその矢先、俺達が入って来た時とは違う奥の扉がゆっくりと開いた。どうやら来たみたいだ。

「待たせたのっ、客人」

 予想に反した可愛らしい女の子の声。

「わしが鬼人種の首領、酒呑童子の天鬼テンキぢゃ」

(……ロリ枠だ)

『ろ、ろり……わく?』

 思わず呟いて雪を困惑させてしまった。
 目の前の少女──酒呑童子の天鬼が無い胸をこれでもかと仰け反らせて立っている。

 身長は150も無いんじゃないだろうか。10歳前後にしか見えない。桃色のショートヘアーに紅い瞳。肌の色は普通の人間と変わらない様だ。ただ頭に生えた二本の角と可愛らしい八重歯の様な牙が、かろうじて彼女が鬼である事を主張していた。

 天鬼はそのまま俺の正面に当たる上座の席にチョコンと座った。足が床に届いて無い。本当に彼女がコンすら恐れていたという酒呑童子なのだろうか……

『酒呑はああ見えて400年以上生きています。それに酒呑は感情によってその強さが変わるのです。怒りの感情の時はもとより、一番手が付けられないのは泣き出した時だとか……」

 俺の考えを汲み取ってウォルフが念話で説明して来た。
 泣いたら手が付けられないって……どこの戦闘民族の子供だよ。まるで子供の頃のゴ○ンじゃねーか。

「酒呑様。こちらが先程お話致しました、真人殿とその配下の方達です。実質、東の森を治めておられる方々と考えてもいいでしょう」

 待ち構えていた様にキビトが俺達を紹介した。
 天鬼達は黙って俺達が口を開くのを待っている。

「瀬上……真人だ。一応こいつ等の主でもある」

 俺は座ったまま天鬼達を見据えて名乗った。ジン達も順番に名乗り、俺達は全員の自己紹介を終えた。

「真人殿。既に自らお名乗りになられましたが改めてまして。こちらが我等の主、酒呑童子の天鬼様です。そしてその隣に座られているのが鬼人族の族長、オウガ様。さらにその隣が小鬼族の族長、ショウキ様です」

 天鬼と一緒に入ってきた男は小鬼族の族長だったのか……確かに少し緑掛かった肌をしている。さっき見た小鬼達よりは若干人間っぽいけど。痩せてるし神経質そうな感じだ。雰囲気からしてこの中では秘書っぽい役割なのかも知れない。

 ひと通り全員の紹介が終わった所を見計らって天鬼が口を開いた。

「真人とやら。話を聞く前にひとつ確認したい……あの女狐がお主の配下についたと言うのは真か?」

 天鬼は可愛らしい見た目とは裏腹に威厳のある空気を醸し出した。

「ああ、九尾は……コンは俺の配下だ」

「なんとっ! あの女狐が真名を晒しおったかっ! キャハハハッ! なるほど、お主がその名を聞いても尚、生きておると言う事は、どうやらキビトの話信じてもよさそうぢゃなっ」

 天鬼は俺の言葉を聞いて愉快そうに笑うと、元の可愛らしい女の子の雰囲気に戻った。
 隣でオウガが若干困った様な顔をしている。もしかしたら天鬼は、普段からこういう天真爛漫なキャラなのかも知れない。

「こちらからも聞きたい。駆け引きは面倒くさいんでね……本題に入らせて貰う。単刀直入に聞こう。何故、獣人族達の集落を襲った?」

 俺が言葉を発した途端、場の空気が一気に張り詰めた物に変わった。すると話を聞いていた小鬼族の族長、ショウキが割り込む様に口を開いた。

「その件につきましては……私から説明させて頂きたい」

「ショウキ殿……」

 オウガが少し心配そうな顔で見つめる中、ショウキは思い詰めた様な顔で話し始めた。

「そもそもは……我等、小鬼族の食料事情が事の発端なのです。我等小鬼族は他の種族に比べて繁殖率が高い。女は一度に何人もの子を産みます。その生まれて来た子供達を食わせていくだけでも、それなりの量の食料が必要になるのです──」

 確かにゲームとかラノベでもそう言う設定が多いよな……ゴブリンは繁殖率が高いって。どうやらこの世界も例外では無いみたいだ。

 話しているショウキの顔がより悲痛な物に変わっていく。彼等にとっては相当深刻な問題なんだろう。

「それでも我々は少ない食料をやり繰りして、何とか暮しておりました。しかし……今年になって不可解な出来事が続けて起こり始めたんです」

「不可解な出来事?」

 俺は思わず聞き返した。
 何だかきな臭い話になって来たな……

「はい。今迄、そんな事等なかったのに突然、貯蔵庫の食料が腐敗し始めたり、我等の農作物だけが原因不明の病害に侵されたり……そういった出来事が次々に起こり始めたのです」

 うん……怪しい。
 病害はともかく、それか色んな事件と重なるって……そんな事あり得るのか?

「ショウキ殿達も頑張ったんだ。無い食料を切り崩しながら必死に食い物を集めて……我等、鬼人族も出来る限りの援助はしたんだが……全然足りなくてな」

 ショウキを庇うようにオウガが口を開いた。ショウキは悔しそうな顔で目に涙を浮かべている。天鬼はそんな二人の話を目を閉じたまま黙って聞いていた。

「何かが起こっているのは薄々感じていました。しかし、目の前でお腹を空かせて泣き叫ぶ子供達がいるんです。私達にとって当面の食料を何とかする事の方が何よりも最優先事項でした。ですが、どうしようも無くなって……酒呑様にご相談に上がったのです」

 ショウキは悔しそうに机の上で両拳を握り締めていた。襲われたウォルフ達も同情しているのか、ただ黙ってショウキ達の告白を聞いている。

『お腹が空くのは……辛いですからね』

 雪にもショウキ達の気持ちが分かるようだ。
 そりゃそうだろうな……雪も空腹には散々苦しめられて来たんだから。

 すると、ここ迄黙って話を聞いていた天鬼が、ゆっくりと目を開き話し始めた。

「ショウキが泣きそうな顔でわしのところまで来おっての……童子わらし達が腹を空かしておるで何とかして欲しいとな。しかし、幾らわしでも食い物だけはどうしようもない。森の恵みにも限度という物があるでな……そこでわしは人間の里に向かう事にしたのぢゃ。一族の為、食い物を分けてはくれまいかと頭を下げにな」

「くっ!」

「酒天様っ……」

 苦笑いしながら話す天鬼の隣で、オウガは口惜しそうに奥歯を噛み締めていた。ショウキは申し訳無さそうに天鬼を見つめている。
 自分達の為に主が頭を下げる……それは彼等にとって何よりも耐え難い屈辱なのかも知れない。

「それで……人間からは食料を分けて貰えたのか?」

 結果は何となく想像がつくけど……
 俺の問を聞いて天鬼は苦笑いを浮かべた。

「いいや……駄目ぢゃった。いくら人間でも下々の民には、他人に食い物を分け与える余裕等無いのぢゃろうな。ましてわしらは……この通りぢゃからな」

 そう言って天鬼は、自らの角を指差しながら自嘲気味に笑った。

「わしは少しでも食い物を分けて貰おうと、幾つもの人間の村を渡り歩いた。だがどこにも鬼に食い物を分けてやろう等と言う人間なんぞおらなんだ……わしもいい加減諦めかけていたその時ぢゃ……わしはある人間に声をかけられた──」

「ある人間……?」

「そうぢゃ。聞けばその者は、わしらに当面の食い物を工面してくれると言う……わしは涙が出る程嬉しかった! 人間にもこの様な者がいたんぢゃと。これでこ奴らに腹一杯メシを食わせてやれるんだと……だがそれも、一時のその場しのぎにしかならなんだのぢゃ」

 一瞬嬉しそうになった天鬼の顔が再び曇り始めた。
 それにしても……鬼に食料を分け与えた人間。どんな奴だ……何か裏がありそうな気がするのは、俺も人間だからなんだろうか。

「さすがにその者がくれると言う食い物にも限界がある。こ奴らに与えても持って精々三ヶ月というところぢゃ。まあそれでも有り難かったがの……するとその者は、わしの考えを見透かした様にこう提案して来たんぢゃ──」

 俺は天鬼に無言で続きを促した。

「このままでは鬼人の里は滅びる。人間もこれ以上、作物の収穫量を増やすのは難しい。だからお互いに協力して樹海に農地を開墾しよう、とな」

 人間が他種族と協力? 
 本当にそんな事が可能なんだろうか。本当なら人間も捨てたもんじゃない様な気がするけど……何故か素直に信用出来ない。大体、何故それが鬼人族が東の森を侵略する事に繋がるのか、さっぱりわからない。

「何故それが我等の集落を襲った事に繫がるんだっ!」

 ドンッと机を叩き、ボアルが吠えた。俺と同じ事が引っかかっているみたいだ。実際、集落を襲われた当事者だしな……ウォルフとベンガルも同じ意見の様だ。
 ジンは相変わらず、黙って薄ら笑いを浮かべているだけだけど。

「その者が言うには東の森が最適らしいのだっ! ここは人里から離れすぎているし、西の森は妖魔共がいるっ! 奴等は獣人以上に人間から忌み嫌われているからなっ」

 吠えられたオウガが熱くなって反論した。強く出られて思わず抑えていた物が吹き出したみたいだ。

「だったら何故、初めからそう説明しなかった! 人間との共存という話、強引に侵略等せずとも、我等とて聞く耳ぐらいは持っておるわっ!」

「何を貴様……よくもぬけぬけとっ! 初めに我等の使者に手をかけたのはお主等ではないかっ! ご丁寧に首まで送りつけて宣戦布告しておきながら何を今更っ!」

「「なっ!」」

「く、首っ!?」

 獣人達三人が驚いてお互いに目を向け合った。

「使者のコウキは……コウキはショウキ殿の弟だったのだっ! そ、それを貴様らはっ……!」

 オウガはもう怒りを隠そうともしていない。今にも飛び掛かって来そうな勢いだ。弟を殺されたらしいショウキも俯いてはいるが怒りに震えている。

「ええいっ! 止めんかっ! 今その話をしても仕方なかろうっ!」

 天鬼に一喝されてオウガは大人しく引き下がった。しかし当の本人もこの事については腹に据えかねているみたいだ。天鬼の雰囲気が変わり始めている。

「そこの猪人……ボアルとか言ったの。わしらはお主達獣人に礼は尽くしたつもりぢゃ。今もこうしてお主等の話に耳を傾けておる。ぢゃが、もしお主等がこれ以上わしらの行いを侵略だ等と愚弄するのであれば……覚悟は出来ておろうな?」

 天鬼の桃色の髪が一瞬ゾワッと逆立ち、体から紅い殺気の様な物が溢れ出して来た。少女の姿には似つかわしく無い禍々しい殺気だ。

 天鬼の紅い目に見据えられたボアル達は固まって身動きが取れなくなっている。
 これが酒呑童子の力か……確かにウォルフやボアル達では太刀打ち出来そうにないな。

「おっ、お待ち下さいっ!」

 ウォルフが天鬼にあてられた殺気に耐えながら、搾り出すように訴えた。

「そ、その使者というのは……どちらに使わされたのでしょうかっ! 私達は一切、その話を存じていないのですがっ……」

 必死にウォルフが訴えている。すると天鬼は、怪訝そうな顔のまま少し殺気を抑え始めた。

「知らぬ、とは……どういう事ぢゃ? わしは確かにコウキを使いに出した。出来るだけ人里に近い下流の種族……確か族長はマウロとか言ったかの」

「なっ!」

「マ、マウロだとっ!」

「あいつかっ!」

 ガタッと椅子を倒し、ウォルフ達が一斉に立ち上がった。驚きと怒りで若干困惑しているみたいだ。
 ここからは俺が話を詰めた方が良さそうだな。

 それにしても、ここでマウロか……

 なるほど、色々と繋がって来た。
 だが今ひとつピンと来ない……何かが引っかかる。

 こりゃあ何かもう少し裏がありそうだ──

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