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第二章 樹海の森編
第24話 狼人族
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何故こいつがこんな所に。
俺の疑問に答える様に男は話し始めた。
「驚かせてすいません。危害を加えるつもりはありませんので、どうか刀を納めて頂けませんか?」
男は両手を広げ敵意が無い事をアピールしている。
「……どう言う事だ?」
「全てお話し致します。お話ししても?」
そう言うと男は、そっちに行っていいですか、という態度で此方に歩き出す素振りを見せた。俺は刀を納める事でそれに答えた。
「楓。刀を仕舞え」
楓は黙って頷くと、刀を納めサッと俺の後に控えた。俺は警戒を解いていると分かるように、焚火の前に腰掛けて男に座る様、促した。
「ありがとうございます──ラル以外の者は先に戻って本隊と合流しろっ! 俺達が戻る迄、待機だ。ラル、お前はこっちへ来い」
男が指示すると、一斉に灰色狼達は森の暗闇に姿を消した。残っているのは、あの白い狼だけだ。ラルと呼ばれているのは多分こいつだろう。
男は焚火を挟み、俺の正面に腰かけた。傍らには白い狼──ラルが控えている。
「いやいや……まずは同胞の無礼をお詫びしたい。申し訳無かった」
男は頭を掻きながら話し始めると頭を下げた。宿の時より若干、雰囲気が違っている。何というか、少し柔らかい感じだ。
顔を隠すように前髪を垂らしていたので気が付かなかったが、良く見るとなかなかのイケメンだ。男は顔を隠す必要は無くなったとばかりにその銀髪を掻き上げて、灰色の瞳で此方を伺っている。
「もう少し遅ければ二、三匹斬っていたかもしれん。間に合って良かったな」
〈グルッ……〉
俺の言葉に一瞬、後ろのラルが反応した。お前なんかに殺られるかとでも言いたげな目だ。て言うか、やっぱりこいつ等は言葉がわかるんだな。さっきも指示に従っていたし。ただの狼じゃないとすれば、魔物の部類に入るのか? その辺りの線引きがいまいち曖昧だ。
「全くです。どちらかに被害が出ていたらこうして話は出来なかったでしょうから」
男は答えながら苦笑いを浮かべている。
「それで、討伐隊のあんたが何故ここに? どうして人間が狼を率いている?」
俺は単刀直入に問い掛けた。
「ええ……それを話すには私達の事情を最初から説明しなくてはなりません。少し長くなりますが、聞いて頂けますか?」
「そのつもりだ」
「そう仰ってくれると思いました。貴方なら私達の話にも耳を傾けてくれると。宿で話した時に確信しました。こんな人間がいるのかと驚きもしましたけどね」
男はまるで俺の答えが分かっていたかの様に笑みを浮かべると、少し畏まって話し始めた。
「申し遅れました。私はウォルフと申します」
銀髪の男──ウォルフは両手を膝に起き、礼を取るような素振りで名乗った。先程までの少し砕けた雰囲気が成りを潜め、これから真剣な話をしようとしているのが伝わって来る。
特に隠しているつもりは無いが、俺はウォルフの礼に応える為、自分も名乗る事にした。
「俺は真人。瀬上真人だ」
「真人殿。実は……私は人間ではありません。人間で言うところの亜人という奴なのです。そして私は此等、狼人族の族長なんです」
「…………」
ウォルフが真剣な眼差しで俺を見つめながら告白した。
なるほど……そう言う事か。
しかし狼人族は皆、人型ではないのか? どう見ても後ろにいるのは狼なんだが……もしかして姿を変える事が出来るんだろうか?
そんな事を考えていたらウォルフが話を続けた。
「と言いましても私達には亜人なんて、そんな認識はありませんけどね。狼人は狼人、人間は人間です。亜人なんていうのは人間が、自分達とそれ以外という勝手な枠組で作った言葉ですから」
まあ、確かに亜人にも色々いるだろうしな。実際、全然違う種族の奴と、お前達は同じ亜人だと言われても納得は出来ないだろう。
「まあ、そりゃそうだろうな。狼人や他の種族からしたら人間だって亜人だ」
「仰る通りです。やはり貴方は少し考え方が他の人間とは違う様だ。それで、私達の話なんですが。本来私達、狼人族はここよりもずっと奥地の森に住んでいました。ですが、ある日突然、その縄張りをある種族に襲われ、奪われてしまったのです。森を追われた私達は、新しい縄張りを求めて彷徨っているうちに、いつの間にかこんな樹海の果てにまで来てしまったのです」
種族同士の縄張り争いか……樹海の森は魔物も跋扈する弱肉強食の世界だからな。そう言う事もあるのかも知れない。こればっかりは、どちらの種族にも言い分が有るだろうし、下手に口出しはできないな……
「それで、それが今回の件とどう言う関係が?」
何故ウォルフが討伐隊の勧誘なんてしていたのか……そこがよくわからない。
「ここが人間の生活圏に近いと思わなかった何名かが、うっかり街道で姿を見られてしまったのです。そして、そのせいで私達は執拗に人間達に追われる様になりました。人間達は狡猾でしつこいですから……出来れば敵に回したく無かった。そこで私は、何とか話し合いを試みようとしたのですが──」
「──人間は聞く耳を持たなかった、と。それどころか益々、迫害は酷くなったんじゃないのか?」
何となく予想はつく。
「その通りです。特に彼らは、このラルを執拗に狙いました。おそらくラルの白い毛並が彼等の目に止まったんだと思います」
〈グルゥ〉
ラルと呼ばれている狼は、忌々しそうに喉を鳴らして此方を睨んだ。まるで人間は全て敵だとでも言いたげな目だ。
「そんな事だろうと思った。人間は相手が下手に出ると、とことんつけ上がるからな。弱い奴等は特に。しかも自分達に都合のいい大義名分で、徒党を組んでやってくるんだ。あんた達はいいカモにされたんだろう」
俺は雪を迫害していた、町や集落の人間を思い出した。自分達のちっぽけな自尊心を守る為に、さらに弱い者を容赦なく貶める。雪もそんな人間達の被害者だった。
「ええ……そして、そんな時に人間が大規模な狼狩りをするという噂を聞いたんです。何でも、私達の毛皮がかなりの高額で取引されるという話で」
ウォルフは俺の話に同意する様に頷くと、今回の件について話を切り出して来た。
「なるほど。それであんなに冒険者が多かったのか。報酬が無かったのも、討伐する狼自体が報酬と言う訳だ。村の為にって言うのも、どうやらただの方便みたいだな」
ウォルフが言っていた村人からの感謝や名誉なんかで、あれだけの数の冒険者が動いていたのに何となく違和感があったけど……何の事はない。やっぱり報酬が目当てだった訳だ。納得だ。
「はい。その方が村からも色々と援助して貰えるので、彼等にとってその方が都合が良かったみたいです。そして私は人間達の動きを探る為に、この姿で彼等の中に潜り込む事にしました。族長の私しか完全な人型にはなれないからです」
そこだ。その辺りが詳しく聞きたい。それとも、狼人族っていうのは一体どんな種族なんだ?
「そうなのか? 俺はてっきり狼人は皆、人型なんだと思っていた。他の者は皆、狼の姿なのか?」
俺はラルの方をチラリと見て、ウォルフに問いかけた。
「私以外の狼人も人型にはなれます。但しそれは月光を浴びていられる時だけなんです。しかも今晩の様な闇夜の場合、変化できる者は限られてしまいます」
確かに今夜は月の光が届かない闇夜だ。だからウォルフ以外の狼人は皆、狼の姿なのか……
「獣人種でこの様な特徴を持つのは我等、狼人族だけですけどね。他の種族は人型ですよ」
亜人と呼ばれながら狼の姿である事に、符が落ちていない様子の俺を見て、ウォルフが補足して来た。
やはり狼人族が特種なだけみたいだ。
「と言う事は、狼人と言っても普段は殆ど狼の姿って事か」
「そうですね。私も普段は人型ではありませんし……私達が人型として活動するのは夜だけですから」
そう言ってウォルフは月の見えない夜空を見上げた。
そう言えば狼男にも似たような設定の話があった様な気がするな。月の光がどうたらこうたら……
まあ何となく狼人族の事はわかった。
人の姿をしたウォルフが狼達を率いていたのもこれで納得出来る。
後は気になるのは……大規模な狼狩りか。
「で、その狼狩りなんだが。今朝の宿場町の様子からすると、今晩辺り仕掛けて来るんじゃないのか?」
俺は率直に訪ねた。
「はい。実は今も、人間がこの森へ侵攻している真っ最中です。ですが実は今、彼等が襲っているのは私達が事前に用意したダミーの隠れ処なんです。私達は彼等がそちらに気を取られている間に、この地を離れる計画だったんですが……まさか、こんな所に人間がいるとは思わなかったもので。それで此等も、待ち伏せされた物と勘違いしてしまったみたいなのです」
〈グルゥ〉
ラルが何だか申し訳無さそうにしている。なんだが少し微笑ましい。案外、悪い奴じゃ無いのかも知れない。
「そうか……いろいろと納得した。それであの時、俺にも声をかけて来たのか。出来るだけ戦力は一ヶ所に集めておきたくて」
この作戦は人間を一ヶ所に集めないと意味が無いからな。
「ええ。ですが予想外の断られ方をして、この方ならこの先、仮に出会ったとしても、いきなり敵になる事はないだろうと判断しましたので……そのまま引き下がりました。貴方はあの時……人間と狼は同じだと仰いましたから」
ウォルフは焚火の火を眺めながら、嬉しそうに薄く笑って見せた。
「俺は人間が好きじゃないだけだ」
俺が照れ隠しの様にそう言うと、ウォルフはしっかり俺の目を見てニッコリ笑った。
何となく彼等の状況には同情する。
しかし、それだけだ。所詮、この世界は弱肉強食で住処を奪われたのは彼等に力が無かったからだ。
ウォルフはそれを自分でもよくわかっている。
だから人間の怖さも理解して、この様な回りくどい策を取らざるを得なかったんだろう。
下手にぶつかって人間側に被害が出れば、奴等に大義名分を与える事になりかねない。
そうなれば人間はしつこいからな……流浪の狼人族では対抗するのは厳しいだろう。
「まあ、とりあえず作戦が上手く行って良かったな」
「そうですね。何とか被害は出ずに済みました」
俺が労うとウォルフは少しホッとした様な笑みを浮かべた。
「で、これからどうするんだ? 人間がこれで諦めるとは思えんのだが」
「ええ。その場しのぎなのは承知してます。私達はまた、新しい縄張りを探しに森の奥地へ戻ります。真人殿はどうされるんですか? そもそもこんな森にお二人だけで一体何を……」
ウォルフはチラリと楓を見て問いかけて来た。楓は黙って俺達の話を聞いている。
「ああ……これはただの目付役だ。気にしないでくれ。実は俺も自分の居場所を探しててね。とりあえず静かな所で暮らしたかったんで、何となくこの森に来た。それと、どうやら目的の一つも果たせたみたいだしな」
「人間が森で……で、その目的というのは何だったんです?」
ウォルフは少し意外そうな顔をして問いかけて来た。
「亜人……って言うのはまずいか。他種族を一度見てみたかった」
「なるほど。それは私達と会えたから達成出来たと言う訳ですか。しかし変わった人だ。そんな事の為にわざわざ危険な森に入るなんて」
ウォルフは平然と答える俺を見て、少し呆れた様に笑いながら話した。
「そう言う訳だから俺もこれから森の奥まで入るつもりだ。もし他種族の縄張りだとか危険地帯とか、そういうのがあるのなら教えて貰えると助かる」
俺はこの森の情報が欲しかった。昔からこの森で暮らしている狼人族なら、こういう情報にも詳しいだろう。
「縄張りですか。樹海の森は広いですからね……それこそ私達の様な獣人族から精霊種族、樹木族まで多様な種族が集落を構えています。中には友好的な種族もいるかもしれませんが、基本的にはお互い不干渉なので中々詳しい事は……」
俺が思っていたよりこの森には色々な種族がいるみたいだ。彼等にとってここの厳しい環境は、人間が近付かないという意味では恵まれた環境なのかも知れない。しかし精霊種に樹木族か……そっちにも少し興味あるな。
「そうか。それなら適当に歩き回ってみるしか無さそうだな。とりあえず水場を確保しなきゃならんし、川沿いにでも歩いて適当に探してみるよ。色々悪かったな、ウォルフ。教えてくれて助かった」
とりあえず明日から適当に歩き回ってみよう。どこかの種族とかち合ったなら、その時はその時だ。先住民は尊重するけど俺だって生活がかかっているんだ。遠慮するつもりはない。
「いえ、これも何かの縁ですから。それより川沿いを行かれるのでしたら東の川の上流側にだけは気をつけて下さい。あそこは水も食料も豊富な恵まれた環境ですが、森の種族は誰も近づきません。危険地帯なんです」
「危険地帯?」
俺は思わず聞き返した。ウォルフは少し真剣な顔つきになると話を続けた。
「はい。あそこは何故か魔物の強さも桁違いですし、何より昔からの言い伝えがあります。東の川上には近づくな、と」
「言い伝え……面白そうだな」
「とんでもない! あそこに近づいて戻って来た者はいないんですよ? 噂では、あそこには魔神が棲んでいるとか……」
ウォルフが俺の軽はずみな言葉を嗜める様に、慌てて説明し始めた。しかし今、言い伝えより面白そうな単語が出て来たな……
「魔神?」
「はい。魔神です」
ウォルフの真剣な目が俺に行くなと訴えている。
『行く気ですね』
「真人様……邪悪な笑みが漏れております」
「………………」
雪と楓はすぐに俺の反応を見て察したみたいだ。
雪は諦めているし、楓は若干呆れている。
だって魔神だぞ?
見たいに決まってるじゃないか。
言葉の響きからして中二心が擽られる。
こっちは既に女神とやらにまで会っているんだ。
俺は今さら魔神なんていう名前だけではびひらない。
それに、魔神のいる場所が暮らすのにもいい環境だと言うのなら一石二鳥だ。行かない手は無い。
「真人殿……」
ウォルフが話した事を後悔する様な顔で、心配そうに此方を見ていた。
しかし残念ながら、俺の決意は既に固まっていた。
まずは魔神に会いに行こう──
俺の疑問に答える様に男は話し始めた。
「驚かせてすいません。危害を加えるつもりはありませんので、どうか刀を納めて頂けませんか?」
男は両手を広げ敵意が無い事をアピールしている。
「……どう言う事だ?」
「全てお話し致します。お話ししても?」
そう言うと男は、そっちに行っていいですか、という態度で此方に歩き出す素振りを見せた。俺は刀を納める事でそれに答えた。
「楓。刀を仕舞え」
楓は黙って頷くと、刀を納めサッと俺の後に控えた。俺は警戒を解いていると分かるように、焚火の前に腰掛けて男に座る様、促した。
「ありがとうございます──ラル以外の者は先に戻って本隊と合流しろっ! 俺達が戻る迄、待機だ。ラル、お前はこっちへ来い」
男が指示すると、一斉に灰色狼達は森の暗闇に姿を消した。残っているのは、あの白い狼だけだ。ラルと呼ばれているのは多分こいつだろう。
男は焚火を挟み、俺の正面に腰かけた。傍らには白い狼──ラルが控えている。
「いやいや……まずは同胞の無礼をお詫びしたい。申し訳無かった」
男は頭を掻きながら話し始めると頭を下げた。宿の時より若干、雰囲気が違っている。何というか、少し柔らかい感じだ。
顔を隠すように前髪を垂らしていたので気が付かなかったが、良く見るとなかなかのイケメンだ。男は顔を隠す必要は無くなったとばかりにその銀髪を掻き上げて、灰色の瞳で此方を伺っている。
「もう少し遅ければ二、三匹斬っていたかもしれん。間に合って良かったな」
〈グルッ……〉
俺の言葉に一瞬、後ろのラルが反応した。お前なんかに殺られるかとでも言いたげな目だ。て言うか、やっぱりこいつ等は言葉がわかるんだな。さっきも指示に従っていたし。ただの狼じゃないとすれば、魔物の部類に入るのか? その辺りの線引きがいまいち曖昧だ。
「全くです。どちらかに被害が出ていたらこうして話は出来なかったでしょうから」
男は答えながら苦笑いを浮かべている。
「それで、討伐隊のあんたが何故ここに? どうして人間が狼を率いている?」
俺は単刀直入に問い掛けた。
「ええ……それを話すには私達の事情を最初から説明しなくてはなりません。少し長くなりますが、聞いて頂けますか?」
「そのつもりだ」
「そう仰ってくれると思いました。貴方なら私達の話にも耳を傾けてくれると。宿で話した時に確信しました。こんな人間がいるのかと驚きもしましたけどね」
男はまるで俺の答えが分かっていたかの様に笑みを浮かべると、少し畏まって話し始めた。
「申し遅れました。私はウォルフと申します」
銀髪の男──ウォルフは両手を膝に起き、礼を取るような素振りで名乗った。先程までの少し砕けた雰囲気が成りを潜め、これから真剣な話をしようとしているのが伝わって来る。
特に隠しているつもりは無いが、俺はウォルフの礼に応える為、自分も名乗る事にした。
「俺は真人。瀬上真人だ」
「真人殿。実は……私は人間ではありません。人間で言うところの亜人という奴なのです。そして私は此等、狼人族の族長なんです」
「…………」
ウォルフが真剣な眼差しで俺を見つめながら告白した。
なるほど……そう言う事か。
しかし狼人族は皆、人型ではないのか? どう見ても後ろにいるのは狼なんだが……もしかして姿を変える事が出来るんだろうか?
そんな事を考えていたらウォルフが話を続けた。
「と言いましても私達には亜人なんて、そんな認識はありませんけどね。狼人は狼人、人間は人間です。亜人なんていうのは人間が、自分達とそれ以外という勝手な枠組で作った言葉ですから」
まあ、確かに亜人にも色々いるだろうしな。実際、全然違う種族の奴と、お前達は同じ亜人だと言われても納得は出来ないだろう。
「まあ、そりゃそうだろうな。狼人や他の種族からしたら人間だって亜人だ」
「仰る通りです。やはり貴方は少し考え方が他の人間とは違う様だ。それで、私達の話なんですが。本来私達、狼人族はここよりもずっと奥地の森に住んでいました。ですが、ある日突然、その縄張りをある種族に襲われ、奪われてしまったのです。森を追われた私達は、新しい縄張りを求めて彷徨っているうちに、いつの間にかこんな樹海の果てにまで来てしまったのです」
種族同士の縄張り争いか……樹海の森は魔物も跋扈する弱肉強食の世界だからな。そう言う事もあるのかも知れない。こればっかりは、どちらの種族にも言い分が有るだろうし、下手に口出しはできないな……
「それで、それが今回の件とどう言う関係が?」
何故ウォルフが討伐隊の勧誘なんてしていたのか……そこがよくわからない。
「ここが人間の生活圏に近いと思わなかった何名かが、うっかり街道で姿を見られてしまったのです。そして、そのせいで私達は執拗に人間達に追われる様になりました。人間達は狡猾でしつこいですから……出来れば敵に回したく無かった。そこで私は、何とか話し合いを試みようとしたのですが──」
「──人間は聞く耳を持たなかった、と。それどころか益々、迫害は酷くなったんじゃないのか?」
何となく予想はつく。
「その通りです。特に彼らは、このラルを執拗に狙いました。おそらくラルの白い毛並が彼等の目に止まったんだと思います」
〈グルゥ〉
ラルと呼ばれている狼は、忌々しそうに喉を鳴らして此方を睨んだ。まるで人間は全て敵だとでも言いたげな目だ。
「そんな事だろうと思った。人間は相手が下手に出ると、とことんつけ上がるからな。弱い奴等は特に。しかも自分達に都合のいい大義名分で、徒党を組んでやってくるんだ。あんた達はいいカモにされたんだろう」
俺は雪を迫害していた、町や集落の人間を思い出した。自分達のちっぽけな自尊心を守る為に、さらに弱い者を容赦なく貶める。雪もそんな人間達の被害者だった。
「ええ……そして、そんな時に人間が大規模な狼狩りをするという噂を聞いたんです。何でも、私達の毛皮がかなりの高額で取引されるという話で」
ウォルフは俺の話に同意する様に頷くと、今回の件について話を切り出して来た。
「なるほど。それであんなに冒険者が多かったのか。報酬が無かったのも、討伐する狼自体が報酬と言う訳だ。村の為にって言うのも、どうやらただの方便みたいだな」
ウォルフが言っていた村人からの感謝や名誉なんかで、あれだけの数の冒険者が動いていたのに何となく違和感があったけど……何の事はない。やっぱり報酬が目当てだった訳だ。納得だ。
「はい。その方が村からも色々と援助して貰えるので、彼等にとってその方が都合が良かったみたいです。そして私は人間達の動きを探る為に、この姿で彼等の中に潜り込む事にしました。族長の私しか完全な人型にはなれないからです」
そこだ。その辺りが詳しく聞きたい。それとも、狼人族っていうのは一体どんな種族なんだ?
「そうなのか? 俺はてっきり狼人は皆、人型なんだと思っていた。他の者は皆、狼の姿なのか?」
俺はラルの方をチラリと見て、ウォルフに問いかけた。
「私以外の狼人も人型にはなれます。但しそれは月光を浴びていられる時だけなんです。しかも今晩の様な闇夜の場合、変化できる者は限られてしまいます」
確かに今夜は月の光が届かない闇夜だ。だからウォルフ以外の狼人は皆、狼の姿なのか……
「獣人種でこの様な特徴を持つのは我等、狼人族だけですけどね。他の種族は人型ですよ」
亜人と呼ばれながら狼の姿である事に、符が落ちていない様子の俺を見て、ウォルフが補足して来た。
やはり狼人族が特種なだけみたいだ。
「と言う事は、狼人と言っても普段は殆ど狼の姿って事か」
「そうですね。私も普段は人型ではありませんし……私達が人型として活動するのは夜だけですから」
そう言ってウォルフは月の見えない夜空を見上げた。
そう言えば狼男にも似たような設定の話があった様な気がするな。月の光がどうたらこうたら……
まあ何となく狼人族の事はわかった。
人の姿をしたウォルフが狼達を率いていたのもこれで納得出来る。
後は気になるのは……大規模な狼狩りか。
「で、その狼狩りなんだが。今朝の宿場町の様子からすると、今晩辺り仕掛けて来るんじゃないのか?」
俺は率直に訪ねた。
「はい。実は今も、人間がこの森へ侵攻している真っ最中です。ですが実は今、彼等が襲っているのは私達が事前に用意したダミーの隠れ処なんです。私達は彼等がそちらに気を取られている間に、この地を離れる計画だったんですが……まさか、こんな所に人間がいるとは思わなかったもので。それで此等も、待ち伏せされた物と勘違いしてしまったみたいなのです」
〈グルゥ〉
ラルが何だか申し訳無さそうにしている。なんだが少し微笑ましい。案外、悪い奴じゃ無いのかも知れない。
「そうか……いろいろと納得した。それであの時、俺にも声をかけて来たのか。出来るだけ戦力は一ヶ所に集めておきたくて」
この作戦は人間を一ヶ所に集めないと意味が無いからな。
「ええ。ですが予想外の断られ方をして、この方ならこの先、仮に出会ったとしても、いきなり敵になる事はないだろうと判断しましたので……そのまま引き下がりました。貴方はあの時……人間と狼は同じだと仰いましたから」
ウォルフは焚火の火を眺めながら、嬉しそうに薄く笑って見せた。
「俺は人間が好きじゃないだけだ」
俺が照れ隠しの様にそう言うと、ウォルフはしっかり俺の目を見てニッコリ笑った。
何となく彼等の状況には同情する。
しかし、それだけだ。所詮、この世界は弱肉強食で住処を奪われたのは彼等に力が無かったからだ。
ウォルフはそれを自分でもよくわかっている。
だから人間の怖さも理解して、この様な回りくどい策を取らざるを得なかったんだろう。
下手にぶつかって人間側に被害が出れば、奴等に大義名分を与える事になりかねない。
そうなれば人間はしつこいからな……流浪の狼人族では対抗するのは厳しいだろう。
「まあ、とりあえず作戦が上手く行って良かったな」
「そうですね。何とか被害は出ずに済みました」
俺が労うとウォルフは少しホッとした様な笑みを浮かべた。
「で、これからどうするんだ? 人間がこれで諦めるとは思えんのだが」
「ええ。その場しのぎなのは承知してます。私達はまた、新しい縄張りを探しに森の奥地へ戻ります。真人殿はどうされるんですか? そもそもこんな森にお二人だけで一体何を……」
ウォルフはチラリと楓を見て問いかけて来た。楓は黙って俺達の話を聞いている。
「ああ……これはただの目付役だ。気にしないでくれ。実は俺も自分の居場所を探しててね。とりあえず静かな所で暮らしたかったんで、何となくこの森に来た。それと、どうやら目的の一つも果たせたみたいだしな」
「人間が森で……で、その目的というのは何だったんです?」
ウォルフは少し意外そうな顔をして問いかけて来た。
「亜人……って言うのはまずいか。他種族を一度見てみたかった」
「なるほど。それは私達と会えたから達成出来たと言う訳ですか。しかし変わった人だ。そんな事の為にわざわざ危険な森に入るなんて」
ウォルフは平然と答える俺を見て、少し呆れた様に笑いながら話した。
「そう言う訳だから俺もこれから森の奥まで入るつもりだ。もし他種族の縄張りだとか危険地帯とか、そういうのがあるのなら教えて貰えると助かる」
俺はこの森の情報が欲しかった。昔からこの森で暮らしている狼人族なら、こういう情報にも詳しいだろう。
「縄張りですか。樹海の森は広いですからね……それこそ私達の様な獣人族から精霊種族、樹木族まで多様な種族が集落を構えています。中には友好的な種族もいるかもしれませんが、基本的にはお互い不干渉なので中々詳しい事は……」
俺が思っていたよりこの森には色々な種族がいるみたいだ。彼等にとってここの厳しい環境は、人間が近付かないという意味では恵まれた環境なのかも知れない。しかし精霊種に樹木族か……そっちにも少し興味あるな。
「そうか。それなら適当に歩き回ってみるしか無さそうだな。とりあえず水場を確保しなきゃならんし、川沿いにでも歩いて適当に探してみるよ。色々悪かったな、ウォルフ。教えてくれて助かった」
とりあえず明日から適当に歩き回ってみよう。どこかの種族とかち合ったなら、その時はその時だ。先住民は尊重するけど俺だって生活がかかっているんだ。遠慮するつもりはない。
「いえ、これも何かの縁ですから。それより川沿いを行かれるのでしたら東の川の上流側にだけは気をつけて下さい。あそこは水も食料も豊富な恵まれた環境ですが、森の種族は誰も近づきません。危険地帯なんです」
「危険地帯?」
俺は思わず聞き返した。ウォルフは少し真剣な顔つきになると話を続けた。
「はい。あそこは何故か魔物の強さも桁違いですし、何より昔からの言い伝えがあります。東の川上には近づくな、と」
「言い伝え……面白そうだな」
「とんでもない! あそこに近づいて戻って来た者はいないんですよ? 噂では、あそこには魔神が棲んでいるとか……」
ウォルフが俺の軽はずみな言葉を嗜める様に、慌てて説明し始めた。しかし今、言い伝えより面白そうな単語が出て来たな……
「魔神?」
「はい。魔神です」
ウォルフの真剣な目が俺に行くなと訴えている。
『行く気ですね』
「真人様……邪悪な笑みが漏れております」
「………………」
雪と楓はすぐに俺の反応を見て察したみたいだ。
雪は諦めているし、楓は若干呆れている。
だって魔神だぞ?
見たいに決まってるじゃないか。
言葉の響きからして中二心が擽られる。
こっちは既に女神とやらにまで会っているんだ。
俺は今さら魔神なんていう名前だけではびひらない。
それに、魔神のいる場所が暮らすのにもいい環境だと言うのなら一石二鳥だ。行かない手は無い。
「真人殿……」
ウォルフが話した事を後悔する様な顔で、心配そうに此方を見ていた。
しかし残念ながら、俺の決意は既に固まっていた。
まずは魔神に会いに行こう──
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愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
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