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第二章 樹海の森編
第20話 徳川家の忍
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──江戸城本丸、当主の間
「──それで、そ奴の身元は判明したのか?」
「はっ! それが、最近になって町に現れた者の様でして。詳しい情報は今のところ掴めておりません」
天井の壁越しに会話をしている、この二人は主従関係にあった。難しい顔で話を聞いていた主と思われる人物は、屋根裏の人物に向かい報告の続きを促す。
「鬼道館を潰したのはそ奴で間違いないのじゃな?」
「はっ! 猪熊の証言からもそれは間違いないかと」
「あの鬼道館を一人で壊滅させたというのが誠の話であれば、その様な馬鹿げた戦力、放ってはおけん。どこの手の物か背後関係がハッキリするまでは監視の目を緩めるでないぞ!」
「ははっ!」
屋根裏の人物は主の指示に短く答えると、消える様にその場から気配を消した。
──────────
俺が鬼道館を壊滅させてから、数日が経過していた。
『この、お蕎麦と言うのも美味しいですね』
(俺は、かけ蕎麦よりざる蕎麦の方が好きなんだけどな)
俺達はこの日も、この世界の情報を収集するついでに、いろんな店や物をぶらぶらと見て回っていた。そして今は、ちょうど小腹が空いたので、屋台で軽く食事をとっていたところだ。
『……真人さん』
俺が蕎麦を啜っていると、雪が先程迄の雰囲気からは一転し、少し緊張気味な声色で話しかけて来た。
(ん? どうした?)
『気付いてますか……?』
(ん? ああ……。今朝からだろ?)
『やっぱり気付いてましたか……』
俺は今朝、宿を出た辺りからずっと俺達の行動を監視している様な気配を感じていた。特に接触して来る様子も無かったので、そのまま放置していたのだが、雪はずっと気になっていたみたいだ。
(特に、何も仕掛けてこないしな。気になるのか?)
『そりゃあ、気になりますよ。何者なのか……真人さんに危害を加える者かもしれないじゃないですか』
(そうだなぁ……)
俺は曖昧にそう答えながらも、実は相手の素性に何となく目星が着いていた。まあ、雪も心配している事だし一応確認しておくか……
(そいつは、今、何してる?)
『今は、そこの路地の物陰で此方の動きを伺っているみたいです』
雪はそう言うと、その人物がいると思われる路地のイメージを俺に送ってきた。ちょうど今居る屋台の斜め後辺りの路地だ。
(わかった……仕様がない。一応確認しておくか)
俺は雪にそう告げて立ち上がると、カウンターに銅貨を三枚置いた。そしてお釣りの半銅貨を二枚受取ると、そのままポケットに突っ込んで歩き出す。
(とりあえず、あっちの方へ行ってみるか)
俺は人混みから離れる様に、出来るだけ人通りの少なそうな道を選んで歩いた。相手の出方を伺いながら暫く歩き続けてみたんだが、一向に接触してくる気配がない。もしかして、目的は監視だけなのだろうか……
(──仕掛けてこないな)
俺は雪に意見を求める様に呟いた。
『そうですね。相手は絶えず一定の距離を保ちながら、此方の様子を伺っているみたいです。接触は……今のところ、して来そうにありませんね』
雪が淡々と現状をまとめ、報告して来る。こういう違った目線で、冷静に意見を貰えるのは有り難い。
(そうだな……仕方無い。此方から仕掛けてみるか。今、そいつは何処にいる?)
『今は……ちょうど、さっき曲がって来た路地の角に隠れています』
このまま警戒を続けていても疲れるだけだしな……さっさと終らせよう。
(わかった。それじゃあご対面と行きますか──)
「【加速空間】」
俺は雪に相手の位置を確認すると、加速空間の時間軸で来た道を戻り、相手の後に回り込んだ。全身を黒いローブですっぽり包み込んだ人物が、物陰から俺の今いた場所の様子を伺っている。どうやら、こいつが俺達を監視していた人物で間違いなさそうだ。
「よお」
俺は、何事も無かったかの様に普通に声をかけた。
「──っ!!!!」
突然声をかけられたその男は、一瞬ビクッと体を強張らせると、警戒しながらゆっくりと此方の方に振り向いた。そして、俺の姿を確認すると、慌ててキョロキョロと俺の元いた場所と俺とを何度も交互に見比べる。どうやら、何が起こっているのかわかっていないみたいだ。
「今朝からずっと付け回してくれてたみたいだけど……俺に何の用だ?」
「!!!!」
戸惑い気味に後退りしながら何かを考えていたその男は、目の前の人物が、自分の監視していた男と同一人物である事にようやく気付いたみたいだった。状況を理解した男は、慌てて近くの建物の屋根に跳び移ると、急いでその場を立ち去ろうとする。
「逃がさんよ──【死神の弾丸】」
俺はポケットからさっき受取ったお釣の半銅貨を取出すと、親指で押し出す様に弾き飛ばした。小さく爆発した様な指先から、弾き出された半銅貨の弾丸が、どこまでも真っすぐな銅色の軌跡を描く。そして、まるでレーザービームの様に虚空の彼方へと消えていった……。
男は屋根の上を走って逃げようとしていたが、足元を掠めた見えない狙撃に驚いてバランスを崩し、屋根からドサリと落下してしまった。
「…………」
──これ、こんなとんでもない技だったのか。
森では小石だったからなあ……この技。石が壊れない様に手加減もしていたし。当たらなかったから良かったけど、ヘタしたら殺してたんじゃないのか、これ……
俺はそんな事を考えながら、屋根から落下してうずくまっている男に近づいて声をかけた。
「おーい、生きてるかあ?」
声に反応して、男の体がピクリと動いた。よく見ると思ったより華奢な体つきだ。ようやく動ける様になったらしいその男は、うつ伏せになっていた体を両手でゆっくり持ち上げると、此方に向き直りながら立ち上がった。落下の拍子でフードがはだけ、無言で俺を睨んでいる顔がはっきりと見えた。
「……え?」
俺は思わず声を失った。
「お……女?」
そう。目の前の黒ローブの男は────女だった。
艶やかな黒髪のポニーテールに大きな黒い瞳。口元は布で覆われていてよく見えないが、間違いなく女だった。年齢は、雪と同じくらいだろうか。小柄で細い体つきは、少し幼くも見えるが、かなりの美少女だ。
俺が言葉を失っていると、彼女は無機質な声で静かに語りかけてきた。
「いつから……気付いていた……」
俺より小さい彼女は上目使いで俺を睨みながら、ボソリと呟くように問いかけてきた。
「そっちから接触して来るまでは放っておこうと思ってたんだけどな。宿の前で張ってただろ? 最初から気付いてたよ」
「そんな筈……」
表情の無い彼女の顔が、一瞬驚いた様に見えた。
「それより、さっきも聞いたけど俺に何の用なんだ?」
「…………」
彼女は、無言のまま俺から目線を逸らす。どうやら答える気は無いみたいだ。
「誰に頼まれて俺を監視していたんだ?」
「…………」
「何の為に?」
「…………」
黙んまりか……。
彼女は、俺の言葉には一切反応を示さずに、何も無い空間のただ一点を見つめている。仕方ない。此方から切り出すか。
「……徳川か?」
「っ!」
無表情な彼女の瞳孔が、一瞬だけ開いた様に見えた。
──当たりだ。
やっぱり動いて来たか……
俺は、この為に猪熊をわざわざ生かしておいたんだ。
徳川家は自分のとこの剣術指南役を潰されたんだ。それも、たった一人に。どんな奴か気にならない訳がない。
それに、俺のこの容姿だ。只でさえ目立つこの髪色に、猪熊の証言があれば、犯人が俺である事に辿り着くのは容易かったはずだ。俺は、徳川家が俺を潰すにしろ懐柔するにしろ、どちらにしても、何らかの行動に出て来る可能性が高いと踏んでいた。
それにしても、思ったより早かったな……。
まあ、何にしてもこれで、徳川家に直接接触する切っ掛けが出来そうだ。力技で行ってもいいけど、いちいち乗り込んだりしてたら大変だからな。
「どうやら当たりみたいだな。で、徳川家は俺を監視なんかして一体何が目的なんだ?」
「…………」
相変わらず黙んまりか。まあ、自分の主の情報だし、そう簡単には喋るつもりは無いんだろうけど。それに、ローブの下のこの服装……忍び装束? これは、どう見ても彼女が徳川家の忍なのは間違いなさそうだ。忍は口が固いって言うしな。
それにしても、忍者か……初めて本物を見た。
「まあ、喋るつもりが無いならそれでもいい。戻って主に伝えろ。俺に用があるなら直接来い。いつでも相手になってやるってな」
「…………」
彼女は暫く無言で俺の顔を見つめると、そのまま何も言わず消える様に去って行った。
さて……種は撒いた。これから、徳川家がどんな動きを見せて来るのか……
俺は、視線の先に見える江戸城を見つめながら、そんな事を考えていた──
「──それで、そ奴の身元は判明したのか?」
「はっ! それが、最近になって町に現れた者の様でして。詳しい情報は今のところ掴めておりません」
天井の壁越しに会話をしている、この二人は主従関係にあった。難しい顔で話を聞いていた主と思われる人物は、屋根裏の人物に向かい報告の続きを促す。
「鬼道館を潰したのはそ奴で間違いないのじゃな?」
「はっ! 猪熊の証言からもそれは間違いないかと」
「あの鬼道館を一人で壊滅させたというのが誠の話であれば、その様な馬鹿げた戦力、放ってはおけん。どこの手の物か背後関係がハッキリするまでは監視の目を緩めるでないぞ!」
「ははっ!」
屋根裏の人物は主の指示に短く答えると、消える様にその場から気配を消した。
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俺が鬼道館を壊滅させてから、数日が経過していた。
『この、お蕎麦と言うのも美味しいですね』
(俺は、かけ蕎麦よりざる蕎麦の方が好きなんだけどな)
俺達はこの日も、この世界の情報を収集するついでに、いろんな店や物をぶらぶらと見て回っていた。そして今は、ちょうど小腹が空いたので、屋台で軽く食事をとっていたところだ。
『……真人さん』
俺が蕎麦を啜っていると、雪が先程迄の雰囲気からは一転し、少し緊張気味な声色で話しかけて来た。
(ん? どうした?)
『気付いてますか……?』
(ん? ああ……。今朝からだろ?)
『やっぱり気付いてましたか……』
俺は今朝、宿を出た辺りからずっと俺達の行動を監視している様な気配を感じていた。特に接触して来る様子も無かったので、そのまま放置していたのだが、雪はずっと気になっていたみたいだ。
(特に、何も仕掛けてこないしな。気になるのか?)
『そりゃあ、気になりますよ。何者なのか……真人さんに危害を加える者かもしれないじゃないですか』
(そうだなぁ……)
俺は曖昧にそう答えながらも、実は相手の素性に何となく目星が着いていた。まあ、雪も心配している事だし一応確認しておくか……
(そいつは、今、何してる?)
『今は、そこの路地の物陰で此方の動きを伺っているみたいです』
雪はそう言うと、その人物がいると思われる路地のイメージを俺に送ってきた。ちょうど今居る屋台の斜め後辺りの路地だ。
(わかった……仕様がない。一応確認しておくか)
俺は雪にそう告げて立ち上がると、カウンターに銅貨を三枚置いた。そしてお釣りの半銅貨を二枚受取ると、そのままポケットに突っ込んで歩き出す。
(とりあえず、あっちの方へ行ってみるか)
俺は人混みから離れる様に、出来るだけ人通りの少なそうな道を選んで歩いた。相手の出方を伺いながら暫く歩き続けてみたんだが、一向に接触してくる気配がない。もしかして、目的は監視だけなのだろうか……
(──仕掛けてこないな)
俺は雪に意見を求める様に呟いた。
『そうですね。相手は絶えず一定の距離を保ちながら、此方の様子を伺っているみたいです。接触は……今のところ、して来そうにありませんね』
雪が淡々と現状をまとめ、報告して来る。こういう違った目線で、冷静に意見を貰えるのは有り難い。
(そうだな……仕方無い。此方から仕掛けてみるか。今、そいつは何処にいる?)
『今は……ちょうど、さっき曲がって来た路地の角に隠れています』
このまま警戒を続けていても疲れるだけだしな……さっさと終らせよう。
(わかった。それじゃあご対面と行きますか──)
「【加速空間】」
俺は雪に相手の位置を確認すると、加速空間の時間軸で来た道を戻り、相手の後に回り込んだ。全身を黒いローブですっぽり包み込んだ人物が、物陰から俺の今いた場所の様子を伺っている。どうやら、こいつが俺達を監視していた人物で間違いなさそうだ。
「よお」
俺は、何事も無かったかの様に普通に声をかけた。
「──っ!!!!」
突然声をかけられたその男は、一瞬ビクッと体を強張らせると、警戒しながらゆっくりと此方の方に振り向いた。そして、俺の姿を確認すると、慌ててキョロキョロと俺の元いた場所と俺とを何度も交互に見比べる。どうやら、何が起こっているのかわかっていないみたいだ。
「今朝からずっと付け回してくれてたみたいだけど……俺に何の用だ?」
「!!!!」
戸惑い気味に後退りしながら何かを考えていたその男は、目の前の人物が、自分の監視していた男と同一人物である事にようやく気付いたみたいだった。状況を理解した男は、慌てて近くの建物の屋根に跳び移ると、急いでその場を立ち去ろうとする。
「逃がさんよ──【死神の弾丸】」
俺はポケットからさっき受取ったお釣の半銅貨を取出すと、親指で押し出す様に弾き飛ばした。小さく爆発した様な指先から、弾き出された半銅貨の弾丸が、どこまでも真っすぐな銅色の軌跡を描く。そして、まるでレーザービームの様に虚空の彼方へと消えていった……。
男は屋根の上を走って逃げようとしていたが、足元を掠めた見えない狙撃に驚いてバランスを崩し、屋根からドサリと落下してしまった。
「…………」
──これ、こんなとんでもない技だったのか。
森では小石だったからなあ……この技。石が壊れない様に手加減もしていたし。当たらなかったから良かったけど、ヘタしたら殺してたんじゃないのか、これ……
俺はそんな事を考えながら、屋根から落下してうずくまっている男に近づいて声をかけた。
「おーい、生きてるかあ?」
声に反応して、男の体がピクリと動いた。よく見ると思ったより華奢な体つきだ。ようやく動ける様になったらしいその男は、うつ伏せになっていた体を両手でゆっくり持ち上げると、此方に向き直りながら立ち上がった。落下の拍子でフードがはだけ、無言で俺を睨んでいる顔がはっきりと見えた。
「……え?」
俺は思わず声を失った。
「お……女?」
そう。目の前の黒ローブの男は────女だった。
艶やかな黒髪のポニーテールに大きな黒い瞳。口元は布で覆われていてよく見えないが、間違いなく女だった。年齢は、雪と同じくらいだろうか。小柄で細い体つきは、少し幼くも見えるが、かなりの美少女だ。
俺が言葉を失っていると、彼女は無機質な声で静かに語りかけてきた。
「いつから……気付いていた……」
俺より小さい彼女は上目使いで俺を睨みながら、ボソリと呟くように問いかけてきた。
「そっちから接触して来るまでは放っておこうと思ってたんだけどな。宿の前で張ってただろ? 最初から気付いてたよ」
「そんな筈……」
表情の無い彼女の顔が、一瞬驚いた様に見えた。
「それより、さっきも聞いたけど俺に何の用なんだ?」
「…………」
彼女は、無言のまま俺から目線を逸らす。どうやら答える気は無いみたいだ。
「誰に頼まれて俺を監視していたんだ?」
「…………」
「何の為に?」
「…………」
黙んまりか……。
彼女は、俺の言葉には一切反応を示さずに、何も無い空間のただ一点を見つめている。仕方ない。此方から切り出すか。
「……徳川か?」
「っ!」
無表情な彼女の瞳孔が、一瞬だけ開いた様に見えた。
──当たりだ。
やっぱり動いて来たか……
俺は、この為に猪熊をわざわざ生かしておいたんだ。
徳川家は自分のとこの剣術指南役を潰されたんだ。それも、たった一人に。どんな奴か気にならない訳がない。
それに、俺のこの容姿だ。只でさえ目立つこの髪色に、猪熊の証言があれば、犯人が俺である事に辿り着くのは容易かったはずだ。俺は、徳川家が俺を潰すにしろ懐柔するにしろ、どちらにしても、何らかの行動に出て来る可能性が高いと踏んでいた。
それにしても、思ったより早かったな……。
まあ、何にしてもこれで、徳川家に直接接触する切っ掛けが出来そうだ。力技で行ってもいいけど、いちいち乗り込んだりしてたら大変だからな。
「どうやら当たりみたいだな。で、徳川家は俺を監視なんかして一体何が目的なんだ?」
「…………」
相変わらず黙んまりか。まあ、自分の主の情報だし、そう簡単には喋るつもりは無いんだろうけど。それに、ローブの下のこの服装……忍び装束? これは、どう見ても彼女が徳川家の忍なのは間違いなさそうだ。忍は口が固いって言うしな。
それにしても、忍者か……初めて本物を見た。
「まあ、喋るつもりが無いならそれでもいい。戻って主に伝えろ。俺に用があるなら直接来い。いつでも相手になってやるってな」
「…………」
彼女は暫く無言で俺の顔を見つめると、そのまま何も言わず消える様に去って行った。
さて……種は撒いた。これから、徳川家がどんな動きを見せて来るのか……
俺は、視線の先に見える江戸城を見つめながら、そんな事を考えていた──
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