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第二章 樹海の森編

第19話 立ち会いという名の虐殺

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 ──俺は今、絡んできた剣格達の道場に向かって歩いている。


『馬鹿な人達ですね……せっかく真人さんが見逃してくれてたのに』

 呆れたように、雪が話す。

(こいつらは今日、死ぬ運命だったんだろ)

『真人さんの食事を邪魔したんです。これは、仕方ありませんね』

 雪、お前……。食事を邪魔されたから殺すって、どこの暴君だよ。

(雪……殺す基準が段々低くなってきてないか? まあ、別にいいけど。精々こいつ等には、今後の虫除けの為に役に立ってもらうさ)

『虫除け……さすがです、真人さん」

 何がさすがなんだかよく分からん。だが、明らかに雪は俺の影響なのか、なって来ている。

 そんな話をしていると、少し先に立派な門構えの道場らしき建物が見えてきた。どうやらここが目的地みたいだ。大きな木製の門の横に、でかでかと看板が掲げられている。

 ──鬼道館。

 男に続いて門をくぐり道場へ入ると、両端に門弟らしき男達が立ち並んでいた。正面の一段高い上座には、胡座あぐらをかいて座っている男がいる。肩くらいまで伸びた白髪混じりの髪を、後ろに撫で付けただけの目つきが鋭い男。鼻の下と顎にも、同じ様な白い髭を蓄えている。おそらく、こいつがここの館主だろう。

「貴様が我が流派を愚弄したと言う異人か」

 その男は不躾ぶしつけにそう言い放つと、目を細め、こちらに鋭い眼光を浴びせてきた。

「儂がここ鬼道館の館主。猪熊いのくま清十郎せいじゅうろうだ」

「知らん。お前が誰だとか、どうでもいい」

 猪熊と言う男の頬が一瞬ピクッと吊り上がった。しかし、すぐに平静を装うと、猪熊は淡々と続けて話しだした。

「町人共の口に戸は立てられん。貴様の様な異人風情にこの鬼道館が舐められたと噂されては、徳川家剣術指南役の名に傷が付くのでな。貴様には正々堂々、果たし合いの上で、この鬼道館に歯向かった報いを受けて貰わねばならんのだ」

「その割には、随分、大層な出迎えだな」

「何……相手をするのは、ひとりだけじゃ。それに、貴様が我が門弟に無様に殺される様を喧伝けんでんする者は、多いほうがよかろう?  二度と妙な考えを起こすやからが現れん様にな」

「お前が相手をしてくれるんじゃないのか?」

「ふんっ! 貴様如き異人に儂が出るまでもないわ。──島田っ!」

 猪熊が話し終えると、男が集団の右奥から俺の前に現れた。負けるとは微塵も考えていない様子で、薄笑いを浮かべながら見下した目で此方を見ている。

「師範代の島田宗治しまだむねはるだ。異人如きがこの鬼道館の門下生様に逆らったんだ。出来るだけ酷たらしく殺してやる。精々、無様につくばるんだなっ! 」

「ハハハハッ! 今更命乞いしても遅ぇぞ?」

「館主様もお人が悪い。師範代に敵う訳ねえのにっ!」

「少しは骨のある所をみせろよっ! 薄汚え異人がっ!」

「「「ハハハハハハハハッッ」」」

 館内が、一斉にあざける様な笑いに包まれた。島田と言う男が、ニヤニヤしながらを構えている。自分達が優位にあると見れば、寄って集って途端にこの態度だ。

 全く……。人間というのは、本当に腐っている。

『はあ……怒らせちゃいましたね……』

 雪が、呆れた様な、諦めた口調で溜息混じりに呟いた。

(ここまでクズなら、容赦しなくてもいいな……元々、するつもりも無いけど)

「どうでもいいけど、お前一人? 面倒臭いから、まとめて殺っちまいたいんだけど。そっちのジジイも含めて」

 俺は、猪熊の方を目線で指しながら、鞘から刀を抜いた。自然体のまま、片手でだらんと切っ先を地面に向ける。これが俺の構えだ。

「フンッ! 何を……自分の置かれている立場もわからぬ愚か者がっ!」

 猪熊が、不遜に言い放つ。

「貴様の様なゴミ、俺に殺して貰えるだけ有難いと思えっ!」

 島田と言う男は激昂している。

「まあ、どうせ皆殺しにするんだし別にいいか。身の程を教えてやるよ──【加速空間アクセルルーム】」

 俺は、ゆっくりと島田に向かい歩き始めた。そして、間合に入り込みながら、右手の刀をすくい上げる様に島田の首を目掛けて斬り上げる。血が吹出すより早く、胴体と分かれた島田の首が足下に転がり、遅れて胴体が崩れ落ちた。

「「「──────っっ!!!!」」」

 誰一人、何が起こったかすらわかっていない。彼等には、俺がフラッと揺らめいた刹那、島田の首が落ちた……くらいにしか見えていないはずだ。

「なっ……何がっ……」

 猪熊が、わかり易いくらい狼狽ろうばいしている。周りの門下生達も、徐々に目の前の光景を現実だと認識し始め、狼狽うろたええだした。

「ひっ! しっ……師範代の首がっ!」

「ひっ! ひいぃぃぃぃっっっっ!!」

「這い蹲らせてくれるんじゃなかったのか? まあ、俺はお前等みたいに甘くないけどな。命乞いさせてやる暇もやらん──【死神の刃デス・ブレード】!!」

 スパアアアアアアアアアアアアンッッ!!

 右片手に持つ刀を、逆手で左から右へ横薙に振るう。すると、振りぬかれた刀から死神の刃が放たれ、右側にいた集団が一瞬で真っ二つに切り裂かれた。無数の死体がその数を倍にして道場に転がり、遅れて床をその血が赤黒く染め始めている。

『相変わらず、とんでもない技ですね……』

 雪が、呆れた様に話す。

(これでも、手加減してるんだぞ?)

『十分、無慈悲な威力ですよ』

(確かに……慈悲は無いかな)

『だと思いました』

 雪は、諦めた様な声で答えた。少しは、俺の事を理解し始めたらしい。

「さて……あと半分」

 俺は、振り返ると残りの集団を見据え、ゆっくりと刀を右側へ水平に構えた。

「ひいっ! たっ助けっ……」

「こっ……殺さないで……」

 先程まで威勢の良かった門下生達は、俺と目が合うと一斉に命乞いを始めた。這い蹲って、逃げようとしている者もいる。

「お前等の言葉をそのまま返してやる。少しは、骨のある所を見せろよ。薄汚い、人間が──【死神の刃デス・ブレード】!!」

 左手を添え、右手の刀を左へ水平に斬りつけると、門下生達の体が死神の刃で紙のように切り裂かれた。俺は少し踏み込んでいた体を起こし、最後に残った一人に対してゆっくりと向き直る。

 目の前には、腰を抜かして尻餅をついた猪熊がいる。猪熊はガタガタと震え、口が鯉のようにパクパクと動いていた。すると、猪熊は意を決したのか、
絞り出す様に言葉を発し始める。

「み……見事だ! こ、これ程の腕前……儂の睨んだ通りだ! わ……儂はお主を試す為にここへ──」

 びっくりした。絵に描いた様な、雑魚の言い訳。

「はあ? 何言ってんの、お前?」

「だ……だから儂は……そ、そうじゃ! 儂が、お主を次期徳川家の剣術指南役に推薦しよう! ど、どうじゃ? 異人であるお主にはまたと無いチャンスであろう! 儂なら……儂が言えば──」

「馬鹿かお前? 俺は人間が嫌いなのに、そんな物に興味がある訳ないだろう。それにお前、さっき俺を殺すとか何とか言ってたじゃないか。何を今更、試してたとか……都合のいい。どうせなら、もう少しマシな嘘をつけ」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい話に呆れていると、猪熊は恥も外聞もかなぐり捨て、命乞いを続けた。

「た、頼む! 命だけは! 命だけは助けてくれ、いや下さい!」

(…………)

 俺は、少し考えて猪熊を見逃す事にした。鬼道館は事実上壊滅したので、見せしめとしては十分だ。しかし、この男は生かしておくとろくな事をしなさそうなので、剣客としては止めを刺しておく事にした。

「わかった。命だけは助けてやる。命だけは、な」

 そう言って、俺は猪熊の両腕を切り落とした。

「ぎゃああああああああああぁぁっっ!!」

 猪熊は前屈みに倒れ込み、のたうち回っている。両腕の肘から先が無くなり、上手くバランスが取れない様だ。

『まさか、真人さんがお見逃しになるなんて……意外でした』

 俺は、雪の中では相当、血も涙もない男になっているらしい。まあ、完全に否定も出来ないのだが。

(ちょっとな。どう転ぶかはわからないが、少し考えがあって見逃す事にした)

『やっぱり、何かお考えがあったんですね。そんな事だろうと思いました』

(どうなるかは……わからんがな)

 俺達は、そんな話をしながら鬼道館を後にした。後ろでは、いつまでも猪熊の悲鳴の様な叫び声が響き渡っている。


 徳川家剣術指南役の鬼道館が、たった一日で、それもたった一人の異人に壊滅させらせた噂は、その日のうちに町中に拡がった。



 ──そして、その噂がこの町の領主である徳川家の耳に入るまで、然程さほどの時間は要さなかった。

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