憑依転生〜脳内美少女と死神と呼ばれた転生者

第一章 転生編

第15話 本当の始まり

　俺達は今、町の大通りを歩いている。

（とりあえず着る物を買いたいんだけどな……）

『着物でしたら、その先に男性用の着物を扱ってる店がありますよ』

　今着ている物は雪が着ていた着物……というよりボロ切れだから、小さいし、殆ど裸だ。とりあえず、雪には悪いがもう少しマシな物が欲しい。

「いらっしゃいま……」

　店主は俺を見たとたん、怪訝な表情を浮かべた。こんな格好しているからだろうか……

「着物を適当に見繕ってくれ」

「お客さん……失礼ですが、代金の方はちゃんとお持ちなんで？」

　は？　失礼な奴だな。

『真人さん。おそらく、髪の色のせいです……』

　あ、そうか。俺の姿は今、雪の様な碧髪碧眼なんだった。

　俺はさっき破落戸ごろつき共から奪った袋を懐から取り出して、店主に見せつけた。

「金ならある」

　店主は、金の入っているであろう袋を一瞥すると、渋々と店の奥へ入って行った。そして、しばらくすると、何着かの着物を見繕って俺の前に拡げて見せる。

　よく見かける着流しの様な着物が並ぶ中、俺はその中のひとつに目を着けた。黒い軍服の様な、何とも中二心を擽くすぐるデザイン。

　よく見れば、店内には和服以外もそこそこ置いてある。町であまり見かけないのは、普段着にするには高価な物だからと言う事らしい。とは言え、割と好んで買っていく人間も要るそうだ。

　俺は、中二病全開のその服と、同じく黒のブーツとコート、それにリュックを一つ買い揃えた。全身、黒づくめだが気にしない。異世界でぐらい中二病全開でもいいじゃないか！　若返ったんだし。久しぶりに、俺は上機嫌だった。

　ちなみに、代金は金貨五枚でお釣りが来た。この世界の貨幣価値は、日本円にするとこんな感じになるらしい。

　石貨 　  1円
　半銅貨   50円
　銅貨　   100円
　半銀貨   500円
　銀貨　   1,000円
　金貨　   10,000円
　白金貨   100,000円

　時代劇っぽい世界観なのに、貨幣はファンタジー世界その物だ。しかも、この貨幣価値は全世界共通らしい。

　ちなみに、俺の残金は雪が持っていた分も合わせて金貨×三枚、銀貨×二枚、半銀貨×六枚、銅貨×七枚、半銅貨×五枚、石貨×五枚。つまり、35,955円。

　俺は、無愛想な店主を一瞥すると店を出た。碧髪碧眼の上、黒づくめ。やたらと目を引くみたいだが、軽く睨み付けると皆、目を剃らしてそそくさと立ち去って行く。俺は雪程、大人しく差別されてやるつもりはない。

『さすがに見られてますね……』

（堂々としてればいい。俺は、雪みたいに人間が出来てないからな。こんな奴らにどう思われようと知った事じゃない）

『私もこれくらい堂々と出来れば良かったのですが……真人さんはさすがですね』

（雪が気にし過ぎだっただけだ）

　そんな話をしながら大通りを抜けて町外へ出る。俺は、まず、雪の小屋へ向かう事にした。

『何だか変な感じですね』

　雪は、俺の体で自分の家に帰るのが不思議な感じなのか、そう呟いた。確かに、慣れるまでは変な感覚になるのかも知れない。

　俺は小屋へ入ると、奥の木箱から雪の母親の形見である手鏡を取り出し、リュックに納めた。

（大切な物だからな……もう、ここに戻ってくる事はないだろうけど、これだけは回収しておきたかったんだ）

『真人さん……ありがとうございます』

　雪の感情が喜んでいるのが分かる。

　とりあえず目的を果たした俺は、表に出て軽く背伸びをした。そして、何となく延び放題になっている髪を両手で纏め、頭の後ろに持っていく。とりあえず、雪の小屋から持ってきた紐で縛ろう。

「さて……と」

　新しい体にも馴染んできたし、最低限の身形みなりは整えた。手鏡も回収した。

　あの日、突然死んでから、ここまで随分長かった様な気がする。だが、俺にはようやく転生が完了し、一息つく前にやっておきたい事があった。腰を落ち着かせる前に、用事はさっさと終わらせておこう……

　徐おもむろに俺は歩き出した。

『どちらへ？』

（ん……ちょっとね。とりあえず、落ち着く前にやる事はちゃんとやっておかないと）

　──そう。殺やる事は、ちゃんと殺やっておかないと。

　クックックッ。

　俺は、陰険でしつこいんだ。『殺・す・リ・ス・ト・』は冗談ではない。雪の中にいる時から、ずっとイライラしていた。まずは、落ち着く前にこいつらを排除しておかないと。

『凄く嫌な予感がするんですけど……』

　ある程度、俺の感情が伝わってるみたいだ……。

(まあ、たいした事じゃない。気にするな）

『…………』




　──────────

「よぉ」

　俺は、努めて軽く、その男に声をかけた。

「な、なんだ、あんた……」

　男は農作業をしていた手を止めて、此方へ怪訝そうな目を向けてきた。

『やっぱり……』

　雪が、呆れたように呟く。俺は、聞こえない振りをして続けた。

「俺か？　見ての通り異人だよ」

「なっ……」

　男は少し怯えながらも、その目は俺を侮蔑している。

「ムカつく目だな」

「何の用だ！」

「約束を果たしに来た」

「はあ？　何の話だ！」

　男は、本当に何もわかってない。

「気にするな。こっちの話だ」

「こっちは、お前なんかに用はない！　さっさと消えろ、異人が！」

　相変わらず嫌な目をしている。

「そうはいかん。お前は、その異人を散々扱き使ってくれたからな」

「何だと！　お前……まさか、あの異人の娘の……」

　ようやく心当たりに気付いたらしい。多少は罪悪感でもあったのだろうか。恨まれる自覚はある様だ。

「俺の事はどうでもいい。とりあえず、お前は死刑だ」

「ふっ、ふざけんなっ！」

　男が、鍬くわで襲い掛かってきた。だが、俺にはその動きがスローモーションの様に見える。俺は、余裕を持ってかわすと、足を引っ掻けて男を転がした。大分、手加減するコツも掴めて来ているあっさり殺すのも何だし、ちょっと脅かしてやろう。雪を虐めた罰だ。

　俺は、前のめりに倒れ込んでいる男の顔に当たらない様、すぐ側の地面を軽く殴った。

　ドコォォォォォォォォォッッッッ！！

　激しく地面が震動し、男の周りがクレーターの様に抉えぐれ、窪くぼむ。

「ひっ！　ひぃっっ！」

「死ぬ覚悟は出来たか？　こいつを今から、お前の顔面にブチ込んでやる」

　男は、既に恐怖でパニックだ。子鹿の様に震えながら、這いつくばって逃げようとしている。

「ひいぃっっっ！　なっ、何でこんなっっ！」

「雪を虐めたからだ。さあ、死ね」

　俺は男の前に回り込み、顔面をぶん殴った。男の頭が爆発する様に吹き飛び、首から上が無くなる。

「……まず、一人」

　俺は踵きびすを返すと、次のターゲットの元へ歩き始めた。

『まだやるんですか？』

（『殺すリスト』、全員だ）

『……あれ、本気だったんですね』

（当たり前だ。そう言っただろ？）

『冗談だと思ってました……私を元気づける為の』

（俺は、殺やると言ったら殺やる）

『……みたいですね』

（雪を虐めたこいつらが悪いんだ。気にする事はない）

『この町の人、皆殺しにされそうですね……』

（そこまではしないさ。今のところは……な。俺も困るし。まあ、集落のあのババアはビビらせるだけで許してやるよ。子供もいるしな）

　雪は、あの子供達が好きだったからな。子供が悲しむから見逃してやろう。あの子達に罪はない。……ババアはムカつくけど。

　──俺は、その後も順調に、この一ヶ月余りで溜まった『殺・す・リ・ス・ト・』の人間を殺し続けた。もちろん、あの衛兵達も忘れていない。

（とりあえず、特にムカついてた奴らは粗方片付いたな……）

『容赦なかったですね……』

　雪が、若干引いている。しかし、途中からは、既に諦めている様な感じだった…

　俺はようやく一区切りついたので、拠点となる宿を探す事にした。大通りに面した宿は全て、俺の髪を見るなり宿泊を許否してきたので苛ついたが、騒ぎになるのも面倒なので諦めた。

　ようやく見つけたのは裏町のボロ宿だったが、金さえ払えば泊まれたので、ここを拠点にする事にした。ちなみに、素泊りで一泊、銀貨一枚だ。

（ふう……とりあえず一段落だ）

『お疲れ様です』

（今日はゆっくり休んで……動くのは、明日からだな。ベッドで寝るのも久しぶりだ）

『これから、どうされるご予定なんですか？』

（そうだな……教会とか、この国を納めている奴等とか……。雪が虐げらる原因を作っていた奴らは許せんな。本来なら、この国の人間、全員ぶっ殺してやろうと思っていたくらいだ）

『それって……』

（雪の中にいる時に誓ったんだ。こいつら、全員ぶっ殺してやるって……。まあ、俺なりの復讐だ。何せ、雪が酷い目にあっているのを散々見てきたからな。何も出来なくて、ずっとイライラしてたんだよ。雪……止めるなよ？）

『……止めませんよ。私も、真人さんに感化されちゃったのかもしれません。正直、そこまで想って下さるのが嬉しいとさえ思っている自分がいますし。こんな気持ちになるなんて、少し驚いています。それに……真人さんさえ居てくれれば、他の人間の事なんてどうでもいいです』

　あれ？　

　雪のやつ、何か感じが変わった？

　俺の魂と同化しているせいなのか。少し、俺の感情に感化されているみたいだ。雪に影響が出始めている。

　正直、俺も少しこの世界に来て変わった。復讐を誓ったあの時から……。人間を殺す事に、何の躊躇いも無くなっている。もしかすると、俺は以前より、どこかおかしくなったのかも知れない。

　まあ、いいか。

　考えても仕方ないし、雪の理解が早いのも俺的には助かる。

（はははっ！　さすが雪だ。まあ、俺もまだ転生してきたばっかりだ。この世界の事もわからん事が多いし、暫くはのんびりさせて貰うよ。復讐するにしても、さすがに国相手にいきなり戦争する訳にはいかないからな。いろいろと事情も知っておきたいし。自分の能力も含めて……な）

『はい。何があっても、私は真人さんと一緒ですから……ずっと。フフフッ……』

　そう言って、雪は決意の籠った感情を送って来る。愛しさや嬉しさの中に、少しだけ狂気染みた愛情が混じっている様な気がした。それだけが少し気になったけど。

　さて、明日からどうしよう。

　とりあえず、この国をもっといろいろ見て回ろうか。こっちの世界の常識も知っておかないといけないし。まあ、暫くはのんびりしよう……。

　俺達はその日、少し早めに床についた。明日からは、この体で雪との新しい生活が始まる。


　ようやく、本当の意味で俺の二度目の人生が、この異世界で始まりを迎えようとしていた──