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第一章 電脳の少女

第07話 不登校の理由

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「そんなに面白い話じゃないですよ……?」


 静まり返った店内に、俺の声だけが響いていた。秋菜はいつの間にか亜里沙さんの隣まで移動して、カウンター越しに俺の話を聞いている。真横では体ごとこちらを向いたオカキンと、その脇から、伺う様にして俺を見る萌くんがいた。ノートPCを開いたまま、正面を向いているリーさんと、俯いている希ちゃんの表情は分からない。だが、どうやら俺の話には耳を傾けてくれている様だった。

 因みに、リーさんと言うのは日本人だ。いつも、カウンターの端でノートPCを弄っている、多分、三十代くらいの寡黙な男性。スーツ姿がサラリーマンっぽいから、リーさんと呼ばれている。そして、希ちゃんはおそらく、俺と同年代。詳しい事は知らないが、いつも元気な、中々可愛い美少女だ。コスプレが趣味の彼女は、髪の色がころころ変わる。地毛なのかウィッグなのかは、分からない。今日は、長いストレートの髪が真っピンクだ。

携帯スマホ……ですよね。元々は持ってたんですよ……俺も」

 亜里沙さんや秋菜、そしてオカキン達の視線が見守る中、俺は記憶の断片を話し始めた。

「昔は普通に使ってました……俺も、皆んなと同じ様に。ネット見たり、ゲームしたり……連絡も殆どチャットでしたし」

 口に出すと、何だか妙に懐かしい。

「俺が中三の時ですかね……確か、今くらいの時期だったと思います。六月頃。その頃は俺も普通に学校に通ってたんで……」

 俺が今、不登校なのは、皆んな薄々気付いている筈だ。俺は自嘲気味に笑って見せたが、誰一人はしなかった。皆、真剣な表情で俺の話を聞いている。そんな少し重い空気の中、俺は話を続けた。

「自分で言うのも何ですが、成績だけは良かったんですよ、俺。いつも大体、一番か二番でした」

 特にガリ勉だった訳では無い。だが、読書が趣味だった俺は、普段は目立たない、どちらかと言えば大人しい部類の生徒だった。

 しかし、元々勉強が嫌いでは無かった俺は、普通に授業を受け、普通に課題をこなしていただけで、学校でも一、二を争う成績になっていた。好きな事にはのめり込んでしまう性格が、幸いしたらしい。だが、お陰でテストの後だけは、いつも皆んなの注目を浴びる羽目になった。

「だからですかね……どこにでも居るでしょ? ちょっと目立つ様な奴には直ぐをつけたがる女。そう言う奴の目に止まっちゃったんですよ……」

 そいつは学校でも、ダントツの人気を誇る美少女だった。まあ、確かに見た目はかなり可愛い。しかも、、誰にでも優しくて明るいその性格は、同じ女子からも絶大な人気を誇っていた。所謂いわゆる、学校のヒロインと言う奴だ……表向きは。

 彼女は当時、卒業する迄は学校で一番イケメンと言われていた、一つ上の先輩と付き合っていた。その前は確か、医者の卵だとか言う大学生。更にその前は……。とにかく、男遍歴が激しかったのは覚えてる。随分、大人ぶって自慢気に話していたからな。だが、誰もそこに突っ込む男子はいなかった。逆にその軽さが、自分でもと言う、淡い希望を男子に持たせ、人気を博していたのも事実だ。

「自分に自信があったんでしょうね……いきなり、教室皆んなの前で堂々と告白されました」

 当時、彼女がまだ先輩と付き合っていたのか迄は分からない。だが、俺はあの時、彼女が『学年で一番頭の良い彼氏』と言うのが欲しかっただけだとしか思えなかった。

「……で、断ったの?」

 亜里沙さんが相槌も兼ねてなのか、俺に質問を投げかけて来た。

「はい……彼女が本気じゃ無い事くらい、俺にも分かってましたから……」

 ええーっと僅かにどよめきが起こった。小声でオカキンが『勿体無い』と呟いたのを、俺は忘れない。

 でも、俺はあの時、あの女にアクセサリーの様に扱われるのだけは嫌だった。女の子と付き合ってみたいと言う興味はあったけど、本気で自分の事を好きでも無い相手と付き合うのは御免だ。堅すぎると言われても、性格なんだから仕方ない。まあ、お陰で未だに、女の子と付き合った事が無いんだけど……。

「それで?」

 そんな悲しい現実に打ちひしがれていると、亜里沙さんがカウンター越しに続きを促して来た。俺は、同時に差し出された珈琲を受け取り、一口飲んで話を続けた。

「最悪だったのは、その女が俗に言う『スクールカースト』の最上位だったと言う事です……」

 よくある構図だ。この手の奴の周りは大体、機嫌を取りたがる連中が取り囲む。こう言う奴は学校でも影響力がデカいから、敵に回したく無い奴や、利用したい奴等が群がるんだ。そう言う意味では彼女は当時、学校で一番、権力ちからを持っていた。

「始めは大して気にならなかったんです。ああ、何かまたヒソヒソ言われてんなあ、位で。何しろ、学校の女王様みたいな奴でしたからね……そいつ。そいつに公衆の面前で恥をかかせたって言い掛かり付けられて……その日から全員、いきなり敵みたいになりましたよ」

 明からさまに皆んな、急に態度が変わったからな……あの時は。おそらく彼女の代わりに怒る事で、貴女の事をこんなに親身に考えてますよ、と言うアピールをしたかったんだろうが……

「それが一週間位すると、更に態度がおかしくなり始めたんです……何て言うか、ヒソヒソ悪口を言われるだけじゃ無くて、堂々と俺を避ける様になりました。元々、友達は多い方では無かったんですが、それでもまだ、何人かは話位は出来ました。ですが、この頃を境に、俺はクラスで明らかに一人になりました」

「虐め……」

 ボソリと萌くんが呟いた。特に、俺に向けて発した言葉では無いんだろう。多分、無意識に出た独り言の様な物だ。だが、俺は敢えてその呟きに答えた。

「そうですね……今思えばあれは虐めでした。でも、その時は気付かなかったんですが、単純に無視されたとか、そんな生易しい物じゃ無かったんですよ……あの時、既に」

 俺がそう説明すると、皆んなゴクリと生唾を飲んで黙り込んだ。

「俺がその事に気が付いたのは、夏休みが明けた、二学期の始業式の時でした。いつも通りに学校に行くと、クラスの連中の様子がおかしかったんです。それ迄の避けるとか無視する様な、そんな曖昧な物じゃない……完全に敵意を向けられました」

「どうして……」

 まるで、今起きている話でも聞いているかの様に、秋菜が辛そうな顔で聞いて来た。

「俺は隣のクラスにいる、唯一の親友だった隆に詰め寄りました。何か知ってるなら教えてくれって。そしたら、隆は渋々見せてくれたんです……俺だけが外された、自分のクラスのグループチャットを」

 隆は俗に言う『陽キャ』だったから、クラスの垣根を飛び越えて交流があった。三年にもなれば、ほぼ、どのクラスにも知り合いが居る程、顔の広い奴だったからな。そんな隆だから当然、俺のクラスのグループチャットにも登録されていた。

 俺は、自分の神経が昂ぶって行くのを感じた。何とか抑え込もうと、亜里沙さんが淹れてくれた珈琲を口に含む。そして、出来るだけ平静を保つ様、努めながら話した。

「酷い物でしたよ……内容は。夏休み中、毎日の様に俺の悪口が交されていました。たまに隆が、擁護する様な事を書いてくれてたみたいなんですけど、逆にボコボコにされてました……寄ってたかって。でも、俺が一番ショックだったのは──」

 一番言いたくない部分を迎え、俺は小さく深呼吸した。そして、一気に言葉を吐き出す。



「──俺が交際を断ったその女……晴美に、俺が乱暴した事になってたんです」

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