地導の使者

カボチャの甘煮

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9, 黒き鎧達の守護 その二

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時折周囲を取り囲むように歩みを進める自分達の姿をちらちらと見る行商達を後ろで見ながら、シギは悶々としていた。だが未熟であることに加え、帝の腕に選ばれて初の任で守れたかもしれない自分達の仲間が殺されたとあっては、彼がシユウの判断に異議を唱えるような余地は無いに等しい。



「おいユタ」



他の者に聞こえぬよう、シギは隣で馬に跨る長髪のユタに話しかける。



「なんだシギ。私語は厳禁だぞ」



怪訝そうな顔でユタはシギを睨む。



「そんなことは分かっている。だが、俺達のしていることは明らかに軍部重臣の意に背くのではないか?」



トルクからセシムとシユウに伝えられた命は当然同じ任に当たる他の帝の腕達にも共有されている。



「だが行商達が俺達の存在を知った以上わざわざこそこそとする必要もない。例えトルク殿の意に反するとしても、シユウ殿達の判断は妥当だと思うが」



淡々としているユタにシギはつい苛立ちを覚えてしまう。こいつは昨日のことがあって何も思う事はないのか。



「お前…」



シギは苦し紛れにそう言った。当然行商達の守護という任を帯びていることを忘れた訳ではないが、シギの心は目の前でソウシを殺された挙句、敵を逃がしてしまったことへの不甲斐なさに支配されていた。



「よせシギ。お前が抱く気持ちは俺も同じだ。だが弁えろ、俺達はもうただ刀を振るっていればいい人間じゃないんだぞ」



横を向くとユタもまたシギと同じように複雑な表情を浮かべている。二人は去年の選抜試験を突破し、帝の腕として選ばれたばかりの新米であった。自分達はこれから東ノ国の為ならば一切の私情や迷いを捨て、国を守る矛として生きてゆく。それを二人は十分に解しているつもりであったが、その覚悟は昨晩の出来事で揺らいでしまっていた。いや、仲間の一人が目の前で死んだ程度で心が揺らぐのでは、所詮はその程度の覚悟であったのだ。ユタもシギもそのことを心の奥底では理解していた。ソウシの仇討ちがしたい。そう思ってしまうことが帝の腕としては相応しくないことも。



「シギ、ユタ」



急に名指しで呼ばれ二人はビクッと体を震わせる。振り向くと最後尾を進んでいたシユウがいつの間にか彼らのすぐ後ろにまで来ていた。



「…申し訳ありませぬ」



ばつの悪い顔でシギは詫びを入れる。



「俺のような図体のでかい者の気配すら感じ取れぬようではまだまだだな。任の最中に喋りたければ、せめてもう少し神経を尖らせろ。これではあの女用心棒未満だぞ」



注意を促しつつ、シユウは二人の間に馬を入れる。



「だが昨日のようなことがあったとなれば、お前らのような新米が動揺するのも無理はない。…ソウシ殿の死は真に残念だった。あの人には俺も数え切れん程世話になったからな」



シユウは僅かに肩を落とす。ソウシの亡骸を見た昨晩、シユウは表情こそ変えなかったが流石に帝の腕として共に生きて来た者の死を何も思わない訳ではないようだ。



「はい。トルク殿も悲しまれるかと思います」



「あぁ。ソウシ殿はかつて風狩りでトルク殿に負けずとも劣らずの戦果を上げた者だ。トルク殿が帝からの願いを断っていれば今の軍部重臣はソウシ殿であったろうな。それ程までに有能な人だった」



あぁ、やはり俺達のせいで貴重な人材を失ったのだな、とユタとシギは改めて痛感する。



「しかし、それでも行商達が無事であったことは幸運だった。それに感情に任せて敵を深追いしなかった判断も良いものであったと言える。歴戦のソウシ殿を一撃で葬った者だ、あのまま追ったとしたら暗闇の中、二人纏めて殺されていただろう」



二人は微妙な顔をしたままシユウの言葉を聞く。自分達を気遣ってこのような発言をしたのだろうか。そんな邪推をすらしてしまう。それを見たシユウは表情を少し和らげる。



「俺はただ事実を述べているだけだ。俺はお前達を慰めたりもしなければ咎めたりもしない。昨日も言ったが、己の失態は帝とトルク殿に詫び、そして己自身で糧としろ。それが帝の腕としての心構えだ。それが出来なければ次に奪われるのはお前達と守るべき行商達の命だ」



『…はっ!』



次に奪われるのは守るべき行商達の命だ。シユウのその言葉で、二人は自分達の立場を再認識した。そうだ、このまま不明瞭な心構えで任に当たれば今度は守らなければならない行商達が殺されるかもしれない。今注意を払うべきは既にこの世に無い命ではない。それを正す為にシユウはわざわざ自分達に話しかけたのだ。そう思った二人は表情を改め、気を引き締める。



「そうだ、それでいい。…俺のような過ちは犯すなよ」



二人の気が整ったことを確かめたシユウはそのまま隊の最後尾に戻ろうとする。その時である。





ヒュッ!





どこからか乾いた音と共に一本の矢が飛来し、シイの太ももに突き刺さった。



「キャーッ!!」



シイの悲鳴が辺りに木霊する。それを聞いた瞬間、先頭を進むゴウがバッと振り返る。



「シイッ!?」



彼女に何があったか直ぐに悟ったゴウは真っ青な顔で彼女の乗る荷車に乗り移ろうとする。しかしその前に彼の横にいた帝の腕の一人が



「動くなっ!!」



という怒号でゴウを止める。その剣幕にゴウが思わず足を止めた瞬間、





ヒュッ!





矢が更にもう一本、今度は彼の眼前すれすれを掠めて飛んできた。もしこのまま進んでいればゴウも餌食になっていただろう。



「囲めっ!!襲撃だ!!」



シユウの号令で帝の腕達は武器を抜き、荷車の周囲を瞬く間に囲んだ。



その中でゴウ達は恐る恐る苦しそうに太ももを抑えるシイの周りに集まった。



「うぅ…」



シイに刺さった矢は幸いなことに彼女の腿を貫いてはいないものの、矢じりがかなり深く食い込んでしまっている。



「無理に抜いてはダメです!かえって傷口を広げます!」



「そんなこと分かっている!急いで止血だ!」



「先ずは荷車から降ろそう!高い位置じゃ恰好の的だ!」



ムツイとゴウ、そしてヤイノはそんなやり取りをしながら荷から布を取り出すと矢を囲むように患部に巻き付け止血を試みる。それをシャルはあわあわしながら見ていた。その時、



「ソラから降りて伏せてなさい!!」



その声と共にシャルはチェナに引きずり落されるような形でソラから降ろされた。そのチェナも既にスイから降り、



「殺気なんて全然感じられなかったのに…まさか私達に気付かれない距離から狙撃してきたっていうの?だとしたら信じられない腕だわ…」



と独り言を呟きながら険しい顔で短弓を構えている。彼女に言われるがままシャルは全身をべたりと地面につける。すると、ドッ…ドッ…ドッ…僅かに地面が揺れる感覚が体に伝わってきた。



「前方、来るぞっ!!かなりの数だ!」



「『穿鎧火槍』だ!火力で敵を押し返す!各自用意を急げ!」



シユウの命令で帝の腕の半数が背負った青銅の筒を降ろすと、腰に付けた金属製の火種入れを開け、同じく腰に取り付けた、火縄が巻き付いた棒に火を移した。見ると筒の後方には小さい正方形の穴が空いており、帝の腕達はその穴に火縄を直ぐ差し込めるようにして筒を進行方向に向けて構える。残りの者達は自身の背負う筒を足元に降ろし、馬に括り付けていた盾を持ちだすと進行方向に向けてこれを構える。また全員が松脂で出来た栓を急いで耳の穴にねじ込んでいた。全員の準備が終わったとほぼ同時に前方から土煙が立ち昇り始める。土煙は次第に大きくなり、やがてそれと共に以前チェナが斬った者達と同じ、汚れた服を着た盗賊達が馬に乗り、群れを成してこちらに向かって来るのが分かった。



(き、来たっ…!)



シャルは逃げ出したい気持ちを必死に堪え、その場に伏せ続ける。その体勢は他の者達も同じで、行商達はシイを囲むようにして姿勢を低くし、チェナも何時でも弓を引けるようにしつつも身を屈めている。



「撃てーっ!!」



盗賊達の群れがいよいよ襲い掛かって来る…その刹那、シユウの号令が轟き、そして青銅の筒から勢いよく橙色の火が噴き出る…
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