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第一章
第十一話 ゴブリン、そして下水道
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「──眠ったようだな。回復はアメリアに任せるとして……」
冒険者が眠りについたのを確認すると、ジョージはゴブリンの群れに目を向ける。
「そろそろコイツらを倒すとするか。って……ん?
なんか少なくないか? こんなもんだったか?」
ゴブリンは20体近くいたように思ったが、目の前には半分しかいない。
「逃げたか……? いや、今いるヤツの勝ち誇ったような顔からして、逃げた雰囲気じゃないな。
じゃあ、援軍でも呼んだか?」
ジョージが首を傾げていると、なにやら鼻がひん曲がる……どころか、鼻が爆発するんじゃないかというレベルの刺激臭が押し寄せてきた。
「臭すぎるぅううううわぁっ!!?」
その地獄のようなスメルに、ジョージも思わず飛び退いてしまう。だが、その地獄のフレグランスからは逃れられない。
だがこの臭さ、むしろ今までなんで気が付かなかったのだろうか?
己のフェロモンが守ってくれたいたのか、あまりの臭さに脳みそが現実逃避していたのかは知るよしもないが、ただただ……今は逃れられることのない臭さにジョージは産まれて以来の涙を流すほかなかった。
「ケヒヒヒヒヒ!」
「ブショォネ!」
「なにぃ!?」
そう、残りのゴブリンたちはジョージの背中に張り付いていたのだ。
しかも、棍棒で攻撃したり、引っかいたり、かじり付いたり、パンチしたりやりたい放題である。
余談も余談だが、ところ狭しとゴブリンが重なって張り付く様は、まるでイソギンチャクのようだった。
「ブッフォイ!」
「俺の身体がオリハルコンみたいに頑丈だったから、攻撃されても気付かなかったのか…………油断したぜ、クソ!
ゴブリンとはなんて狡猾なヤツらなんだ! ……それにしても臭すぎる!!」
ジョージは(すでに涙が流れていることは置いといて)漢だからこんなことでは泣きはしない。と思いつつも、あまりに強すぎる臭さが目を刺激してまたも涙を誘う。
ちなみに、ゴブリンの臭さはシュールストレミングよりひとまわり強いレベルであり、種類としては腐った生ゴミとカビとカメムシを足して3でかけたような匂いである。
「せっかくエリンが洗濯してくれたばかりなのに、こんなに臭くしやがって…………許せねえ!!」
ジョージが怒りに……もしくは臭さに震えている。一気にケリをつけるつもりだ。
「ギャヒッ!?」
ジョージの気迫を感じたゴブリンは慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。
「ハアアァアッッ!!!」
──ドゴンッッッ!!!
フェロモン大爆発。
すさまじい勢いで放出されたフェロモンが背中の敵を一網打尽、大爆発を起こしてゴブリンをぶっ飛ばした。
「残り半分! はぁぁ……」
ジョージが拳に息を吹きかける。
「フェロモンナックルだ。あんまり木を倒しちまうとアメリアの目が怖いからな……省エネでいくぜ!
だが安心しろ、威力は十分だ」
フェロモン大爆発でゴブリンごと周囲をぶっ飛ばしたのに今更だが、我に返ったジョージは森に優しい近接スタイルで戦うことにしたのだった。
「シャラッセー!!」
「キョヒー!!」
やられてたまるかとゴブリンが飛びかかる。
「遅い!」
だが、ジョージは軽いステップでゴブリンの攻撃を回避してしまう。それどころか、攻撃してきたゴブリン2体をカウンターパンチの一撃でまとめてぶっ飛ばしてしまう。
「ギャヒィイイイ!!」
「ナトゥー!!」
「ホンオフェェエエア!!」
仲間がぶっ飛んで星になった(物理的に)のを見たゴブリンは激昂。バーゲンセールを前にした主婦もドン引きレベルの必死な形相で飛びかかってきた。
「ワン、ツー!」
しかし、筋骨隆々の身体からは想像できない華麗なステップで回避していく。
流れるように、しかしスーパーヘビーなパンチをお見舞いするその姿は『蝶のように舞い、パイルハンマーのように刺す』みたいな、そんなすさまじさだった。
それからどれだけの時間が経っただろうか?
1秒? いや、0.5秒? もしかしたらもっと短いかも知れない。
なににせよ、"刹那"と表現するに相応しい時間が経過した時。
「──これで、フィニッシュ!!」
「スツォルェミンンッッ!!?」
ジョージはその拳……フェロモンフィストで全てのゴブリンをぶっ飛ばしたのだった。
「やれやれ……今日は災難な日だったぜ」
ジョージが青い空を見ながら軽くため息をついていると……。
「ジョージ様ー!! お待たせしました~!」
「ジョージ、はやすぎじゃ~! びっくりしたぞ~!」
アメリアとエリンがようやくたどり着いたようだ。
「ふっようやく来たか、遅かったな。ゴブリンは全て片付けたぞ? ……ああ、それより。冒険者を見つけたんだがずいぶん消耗していてな。アメリア回復を頼めるか?」
ジョージは柔らかめの草の上に寝かせられた冒険者の所にアメリアを案内する。
鎧だからあまり寝心地は変わらないだろうが、それでもとゴツゴツとした地面に寝かせられないとジョージは気を利かせたのである。
ジョージはそんな優しさと気遣いにあふれていたが、近付いてきたアメリアとエリンにはトロイの木馬のごとく不意の致命の一撃を喰らわせてしまうのである。
「グフっ──!!?」
先に倒れたのはエリンだった。森育ちのエリンは鼻がよくきく。だから、つまり……そういうことだ。
「……エリン様、どうなされ──!!? うぐっ、これは!!?!?」
──バサっ。
エリンに続いてアメリアも崩れるように倒れてしまった。
「エリン! アメリア! ふたりともどうしたんだ!!? …………ああ、この臭さか。こればっかりは、いくら『どんな状況でも絵になるね』と言われた俺でもフォローできないぜ。……ちょっと待てよ?」
ジョージはじゃっかん落ち込んでしまうが、すぐに気を取り直して打開策を思いつく。
「ゴブリンのにおいなんて俺のフェロモンで書きかえてやるぜ!」
動き出したジョージは素早かった。
金色のボタンを1、2、3……ポチポチっと慣れた手つきで解放すると、首元を解放して濃厚なフェロモンを周囲一帯に噴射する。
──シュゴー……!!!
濃厚なフェロモンはエゲツないゴブリン臭を消しとばし、森全体を一瞬にしてローズの香りで包み込んでしまった。
「ゴブリンごときに遅れをとったとあっちゃ、親父にもママにも顔向けできねえし、ついでに、故郷のリッくんとヨウくんとジョシーちゃんと、他のみんなにも笑われちまうからな」
そうこうしていると、恐ろしい形相で気絶していたふたりの表情もおだやかになり、心地よい目覚めを迎えるのであった。
「……ん? 良い香りじゃな。……ああ、ジョージおはよう。あの、うちってなんでこんな所で寝てたんじゃ?」
「……あら、私はなにをしてたんでしょうか?」
どうやらふたりとも気絶する直前の記憶(ジョージがゴブリン臭かったの)を忘れているようだ。
「……起きたようだな、お寝坊さんたち。俺もなにかよくわからねえが……ほら、冒険者はふたりが寝ている間に保護しといたぜ」
ジョージはこれ好機と、まるで何もなかったようにふるまう。ゴブリン臭くて気絶されるのは流石のジョージもショックだったようだ。
「うちらが寝ている間に見つけちゃうなんてさすがジョージ!」
「ええっと……鎧とバスタードソード、どちらもオズワルドさんの情報と合致します。では、残った瘴気を浄化したら町に戻りましょうか」
誤魔化せたみたいだ。
「おう。瘴気も吸って、体力も消耗してるみたいだから早く治療してやらねえとな」
こうして冒険者の捜索、および瘴気の浄化のクエストは無事成功したのだった。
町に帰ったあと救出した冒険者がオズワルドではなく大混乱……ということもなく、ジョージの気遣いとアメリアの計らいによって内密にことは進み、その少女は瘴気治療ののち事情聴取を受け、教会が身柄を保護する形で解決した。
* * * * *
あれから数日……森の周辺に散らばったゴブリンを倒したり、きらびやかなドレスのお姉さんをおとしたり、街の周辺をパトロールしたり、エリンにバラの花を買ったり、迷子の保護者を探したりと過ごしていた。
「やっぱり床がキレイだと心もスッキリするぜ」
父親の行方はいまだ知れず、フェドロ王国も大きな動きは見せず、天気も昨日から雨続きで、多少の不安はありつつも今日のジョージは少し機嫌が良かった。
「そろそろ……だったか?」
朝の11時。
今日は保護した冒険者が治療と検査を終えて退院する。
そして、住む場所も身寄りもこの国には無いとのことで、これも何かの縁とジョージは自分の家に招待したのだった(もちろん、エリンとアメリアと話し合って決めた)。
「ジョージ、干していたベッドのシーツをとりこんだぞ。他に用意するものは残ってたかの?」
エリンが持っているシーツはお日様の優しい香りがしている。もちろん、ダニの死臭ではない。
「そうだな……必要なものは後から買いそろえるだろうし、だいたい部屋の準備も終わったと思うが。強いていうなら、個人用のちょっとした掃除道具はあっても良いかもな。
机とかドレッサーのほこりとか汚れをキレイにできるように」
新たな仲間のためふたりは部屋の準備を整えていた。
ベッド、ドレッサー、テーブル、椅子などの家具、買いに行けるまでの間に合わせ用にフリーサイズの衣服を少し、などなど。
ちなみにアメリアは、その少女がこの家で住むための手続きを色々と、病院にいるその本人のお迎えのために外出している。
「分かった! ついでにうちのお気に入りのお菓子も買ってくるから、ジョージはお留守番しといてくれ! 行ってきます!」
「エリン、肉屋さんの南の道が補修中らしいから、ショコラティエに行くなら魚屋さんの方面から行ったほうが早いぜ! ああ、あと雨が降ってるから傘を忘れるんじゃないぞ!」
「は~い!」
エリンは元気よく返事をしながら家を後にした。
「ふぅ……掃除も一段落したし、窓も閉めとくか」
ジョージが窓に手をかけたその時。
──カラン……。
「おっと、ランタンが」
窓際に置いていたランタンが手に引っかかって外に落ちてしまった。
「しかたない、とりにいくか……」
外はあいにくの雨。
ランタンは雨と泥で汚れているに違いない。若干ゆううつな気分だが、雨水でどこかに流されても困るので急いで回収しなければならない。
● ● ●
「──見つけた」
ジョージが落としたランタンは側溝に入って汚れてはいたものの、どこも割れたり壊れたりした様子はなかった。しかし……。
「しまった!」
手に取ろうとした瞬間、急に流れてきた水がランタンをさらってしまう。
「待ってくれ……!」
だが、ランタンは待ってくれない。
「どこまで行くんだ……!」
ジョージが急いで追いかけるも、ランタンはどんどん流されていく。
そして、いくらか追いかけっこをしたあと……。
「……なんてこった」
非情にも、ランタンは下水につながる穴へ流されてしまった。
「ゴブリンに引き続き、今度は下水なんてな。水の流れも早いしもう…………いや、まだ無くなったと決まったわけじゃない」
望みは薄いが、そこそこ高級なランタンだったのでできれば最後まで諦めたくはない。
「……どこかに引っかかってくれれば良いが。うっ臭いな……」
ここで探さずに帰ればきっと、アメリアによる正座でお説教コースだ。そう思ったジョージは意を決して下水の穴に手を伸ばした。が、その時。
「ハアイ……ジョージ~」
「ぅおっ!?」
想定外の出来事にジョージは思わず声を出してしまう。
見知らぬ人物が、突如としてが下水の穴から顔を覗かせたのだ。想定する方が難しいだろう。しかも、己を知っているとなると尚更である。
「きっと人に化けるタイプのモンスターだな!? こんな所か侵入とはこしゃくな!」
だがそこは流石というべきか、ジョージは根っからの冒険者であった。
ジョージはすぐさまボタンを開け放し、下水からこちらを覗く顔面に向かって高出力フェロモンビームをおみまいする。
「喰らうがいい!!」
「あっちょっ待っ──」
──ズドドドドドドド!!!
「ぁあああれえええぇぇ~……」
その顔面はフェロモンビームが直撃し、抵抗むなしく彼方へと流されていった。
「一件落着ってな! ハハハハハっ」
そんなこんなで晴れやかな笑顔で帰るジョージだったが、ランタンのことはもう、頭からスッポリ抜け落ちてしまっているのであった。
ちなみに、その顔面がモンスターではないと知るのはもう少し後の事である。
冒険者が眠りについたのを確認すると、ジョージはゴブリンの群れに目を向ける。
「そろそろコイツらを倒すとするか。って……ん?
なんか少なくないか? こんなもんだったか?」
ゴブリンは20体近くいたように思ったが、目の前には半分しかいない。
「逃げたか……? いや、今いるヤツの勝ち誇ったような顔からして、逃げた雰囲気じゃないな。
じゃあ、援軍でも呼んだか?」
ジョージが首を傾げていると、なにやら鼻がひん曲がる……どころか、鼻が爆発するんじゃないかというレベルの刺激臭が押し寄せてきた。
「臭すぎるぅううううわぁっ!!?」
その地獄のようなスメルに、ジョージも思わず飛び退いてしまう。だが、その地獄のフレグランスからは逃れられない。
だがこの臭さ、むしろ今までなんで気が付かなかったのだろうか?
己のフェロモンが守ってくれたいたのか、あまりの臭さに脳みそが現実逃避していたのかは知るよしもないが、ただただ……今は逃れられることのない臭さにジョージは産まれて以来の涙を流すほかなかった。
「ケヒヒヒヒヒ!」
「ブショォネ!」
「なにぃ!?」
そう、残りのゴブリンたちはジョージの背中に張り付いていたのだ。
しかも、棍棒で攻撃したり、引っかいたり、かじり付いたり、パンチしたりやりたい放題である。
余談も余談だが、ところ狭しとゴブリンが重なって張り付く様は、まるでイソギンチャクのようだった。
「ブッフォイ!」
「俺の身体がオリハルコンみたいに頑丈だったから、攻撃されても気付かなかったのか…………油断したぜ、クソ!
ゴブリンとはなんて狡猾なヤツらなんだ! ……それにしても臭すぎる!!」
ジョージは(すでに涙が流れていることは置いといて)漢だからこんなことでは泣きはしない。と思いつつも、あまりに強すぎる臭さが目を刺激してまたも涙を誘う。
ちなみに、ゴブリンの臭さはシュールストレミングよりひとまわり強いレベルであり、種類としては腐った生ゴミとカビとカメムシを足して3でかけたような匂いである。
「せっかくエリンが洗濯してくれたばかりなのに、こんなに臭くしやがって…………許せねえ!!」
ジョージが怒りに……もしくは臭さに震えている。一気にケリをつけるつもりだ。
「ギャヒッ!?」
ジョージの気迫を感じたゴブリンは慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。
「ハアアァアッッ!!!」
──ドゴンッッッ!!!
フェロモン大爆発。
すさまじい勢いで放出されたフェロモンが背中の敵を一網打尽、大爆発を起こしてゴブリンをぶっ飛ばした。
「残り半分! はぁぁ……」
ジョージが拳に息を吹きかける。
「フェロモンナックルだ。あんまり木を倒しちまうとアメリアの目が怖いからな……省エネでいくぜ!
だが安心しろ、威力は十分だ」
フェロモン大爆発でゴブリンごと周囲をぶっ飛ばしたのに今更だが、我に返ったジョージは森に優しい近接スタイルで戦うことにしたのだった。
「シャラッセー!!」
「キョヒー!!」
やられてたまるかとゴブリンが飛びかかる。
「遅い!」
だが、ジョージは軽いステップでゴブリンの攻撃を回避してしまう。それどころか、攻撃してきたゴブリン2体をカウンターパンチの一撃でまとめてぶっ飛ばしてしまう。
「ギャヒィイイイ!!」
「ナトゥー!!」
「ホンオフェェエエア!!」
仲間がぶっ飛んで星になった(物理的に)のを見たゴブリンは激昂。バーゲンセールを前にした主婦もドン引きレベルの必死な形相で飛びかかってきた。
「ワン、ツー!」
しかし、筋骨隆々の身体からは想像できない華麗なステップで回避していく。
流れるように、しかしスーパーヘビーなパンチをお見舞いするその姿は『蝶のように舞い、パイルハンマーのように刺す』みたいな、そんなすさまじさだった。
それからどれだけの時間が経っただろうか?
1秒? いや、0.5秒? もしかしたらもっと短いかも知れない。
なににせよ、"刹那"と表現するに相応しい時間が経過した時。
「──これで、フィニッシュ!!」
「スツォルェミンンッッ!!?」
ジョージはその拳……フェロモンフィストで全てのゴブリンをぶっ飛ばしたのだった。
「やれやれ……今日は災難な日だったぜ」
ジョージが青い空を見ながら軽くため息をついていると……。
「ジョージ様ー!! お待たせしました~!」
「ジョージ、はやすぎじゃ~! びっくりしたぞ~!」
アメリアとエリンがようやくたどり着いたようだ。
「ふっようやく来たか、遅かったな。ゴブリンは全て片付けたぞ? ……ああ、それより。冒険者を見つけたんだがずいぶん消耗していてな。アメリア回復を頼めるか?」
ジョージは柔らかめの草の上に寝かせられた冒険者の所にアメリアを案内する。
鎧だからあまり寝心地は変わらないだろうが、それでもとゴツゴツとした地面に寝かせられないとジョージは気を利かせたのである。
ジョージはそんな優しさと気遣いにあふれていたが、近付いてきたアメリアとエリンにはトロイの木馬のごとく不意の致命の一撃を喰らわせてしまうのである。
「グフっ──!!?」
先に倒れたのはエリンだった。森育ちのエリンは鼻がよくきく。だから、つまり……そういうことだ。
「……エリン様、どうなされ──!!? うぐっ、これは!!?!?」
──バサっ。
エリンに続いてアメリアも崩れるように倒れてしまった。
「エリン! アメリア! ふたりともどうしたんだ!!? …………ああ、この臭さか。こればっかりは、いくら『どんな状況でも絵になるね』と言われた俺でもフォローできないぜ。……ちょっと待てよ?」
ジョージはじゃっかん落ち込んでしまうが、すぐに気を取り直して打開策を思いつく。
「ゴブリンのにおいなんて俺のフェロモンで書きかえてやるぜ!」
動き出したジョージは素早かった。
金色のボタンを1、2、3……ポチポチっと慣れた手つきで解放すると、首元を解放して濃厚なフェロモンを周囲一帯に噴射する。
──シュゴー……!!!
濃厚なフェロモンはエゲツないゴブリン臭を消しとばし、森全体を一瞬にしてローズの香りで包み込んでしまった。
「ゴブリンごときに遅れをとったとあっちゃ、親父にもママにも顔向けできねえし、ついでに、故郷のリッくんとヨウくんとジョシーちゃんと、他のみんなにも笑われちまうからな」
そうこうしていると、恐ろしい形相で気絶していたふたりの表情もおだやかになり、心地よい目覚めを迎えるのであった。
「……ん? 良い香りじゃな。……ああ、ジョージおはよう。あの、うちってなんでこんな所で寝てたんじゃ?」
「……あら、私はなにをしてたんでしょうか?」
どうやらふたりとも気絶する直前の記憶(ジョージがゴブリン臭かったの)を忘れているようだ。
「……起きたようだな、お寝坊さんたち。俺もなにかよくわからねえが……ほら、冒険者はふたりが寝ている間に保護しといたぜ」
ジョージはこれ好機と、まるで何もなかったようにふるまう。ゴブリン臭くて気絶されるのは流石のジョージもショックだったようだ。
「うちらが寝ている間に見つけちゃうなんてさすがジョージ!」
「ええっと……鎧とバスタードソード、どちらもオズワルドさんの情報と合致します。では、残った瘴気を浄化したら町に戻りましょうか」
誤魔化せたみたいだ。
「おう。瘴気も吸って、体力も消耗してるみたいだから早く治療してやらねえとな」
こうして冒険者の捜索、および瘴気の浄化のクエストは無事成功したのだった。
町に帰ったあと救出した冒険者がオズワルドではなく大混乱……ということもなく、ジョージの気遣いとアメリアの計らいによって内密にことは進み、その少女は瘴気治療ののち事情聴取を受け、教会が身柄を保護する形で解決した。
* * * * *
あれから数日……森の周辺に散らばったゴブリンを倒したり、きらびやかなドレスのお姉さんをおとしたり、街の周辺をパトロールしたり、エリンにバラの花を買ったり、迷子の保護者を探したりと過ごしていた。
「やっぱり床がキレイだと心もスッキリするぜ」
父親の行方はいまだ知れず、フェドロ王国も大きな動きは見せず、天気も昨日から雨続きで、多少の不安はありつつも今日のジョージは少し機嫌が良かった。
「そろそろ……だったか?」
朝の11時。
今日は保護した冒険者が治療と検査を終えて退院する。
そして、住む場所も身寄りもこの国には無いとのことで、これも何かの縁とジョージは自分の家に招待したのだった(もちろん、エリンとアメリアと話し合って決めた)。
「ジョージ、干していたベッドのシーツをとりこんだぞ。他に用意するものは残ってたかの?」
エリンが持っているシーツはお日様の優しい香りがしている。もちろん、ダニの死臭ではない。
「そうだな……必要なものは後から買いそろえるだろうし、だいたい部屋の準備も終わったと思うが。強いていうなら、個人用のちょっとした掃除道具はあっても良いかもな。
机とかドレッサーのほこりとか汚れをキレイにできるように」
新たな仲間のためふたりは部屋の準備を整えていた。
ベッド、ドレッサー、テーブル、椅子などの家具、買いに行けるまでの間に合わせ用にフリーサイズの衣服を少し、などなど。
ちなみにアメリアは、その少女がこの家で住むための手続きを色々と、病院にいるその本人のお迎えのために外出している。
「分かった! ついでにうちのお気に入りのお菓子も買ってくるから、ジョージはお留守番しといてくれ! 行ってきます!」
「エリン、肉屋さんの南の道が補修中らしいから、ショコラティエに行くなら魚屋さんの方面から行ったほうが早いぜ! ああ、あと雨が降ってるから傘を忘れるんじゃないぞ!」
「は~い!」
エリンは元気よく返事をしながら家を後にした。
「ふぅ……掃除も一段落したし、窓も閉めとくか」
ジョージが窓に手をかけたその時。
──カラン……。
「おっと、ランタンが」
窓際に置いていたランタンが手に引っかかって外に落ちてしまった。
「しかたない、とりにいくか……」
外はあいにくの雨。
ランタンは雨と泥で汚れているに違いない。若干ゆううつな気分だが、雨水でどこかに流されても困るので急いで回収しなければならない。
● ● ●
「──見つけた」
ジョージが落としたランタンは側溝に入って汚れてはいたものの、どこも割れたり壊れたりした様子はなかった。しかし……。
「しまった!」
手に取ろうとした瞬間、急に流れてきた水がランタンをさらってしまう。
「待ってくれ……!」
だが、ランタンは待ってくれない。
「どこまで行くんだ……!」
ジョージが急いで追いかけるも、ランタンはどんどん流されていく。
そして、いくらか追いかけっこをしたあと……。
「……なんてこった」
非情にも、ランタンは下水につながる穴へ流されてしまった。
「ゴブリンに引き続き、今度は下水なんてな。水の流れも早いしもう…………いや、まだ無くなったと決まったわけじゃない」
望みは薄いが、そこそこ高級なランタンだったのでできれば最後まで諦めたくはない。
「……どこかに引っかかってくれれば良いが。うっ臭いな……」
ここで探さずに帰ればきっと、アメリアによる正座でお説教コースだ。そう思ったジョージは意を決して下水の穴に手を伸ばした。が、その時。
「ハアイ……ジョージ~」
「ぅおっ!?」
想定外の出来事にジョージは思わず声を出してしまう。
見知らぬ人物が、突如としてが下水の穴から顔を覗かせたのだ。想定する方が難しいだろう。しかも、己を知っているとなると尚更である。
「きっと人に化けるタイプのモンスターだな!? こんな所か侵入とはこしゃくな!」
だがそこは流石というべきか、ジョージは根っからの冒険者であった。
ジョージはすぐさまボタンを開け放し、下水からこちらを覗く顔面に向かって高出力フェロモンビームをおみまいする。
「喰らうがいい!!」
「あっちょっ待っ──」
──ズドドドドドドド!!!
「ぁあああれえええぇぇ~……」
その顔面はフェロモンビームが直撃し、抵抗むなしく彼方へと流されていった。
「一件落着ってな! ハハハハハっ」
そんなこんなで晴れやかな笑顔で帰るジョージだったが、ランタンのことはもう、頭からスッポリ抜け落ちてしまっているのであった。
ちなみに、その顔面がモンスターではないと知るのはもう少し後の事である。
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