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第一章

第七話 第三の魔法と観察対象

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「そう、この世界には神聖魔法と世界魔法がありますが、これは……どちらの魔法にも属さないです……!!」

「「「第三の魔法!!?」」」

「そうです。通常フェロモンとは皮膚と汗腺などから分泌されて空気中をただよい、周囲に微弱な精神魔法をかける効果がありますが、
 なんとジョージ様の体内には、首元あたりから毛細血管のように身体中に広がる特殊な器官が存在し、その器官……仮称『ジョージ器官』は自信、魅力、生命力、魔力までもをハーレムエネルギーに作り変えることができるんです」

 今までに記録もなく、ジョージの身体のみに存在を確認された、まったく新しい臓器だった。
 そして、その命名(仮)も今しがた司教が行ったばかりだ。

「そのハーレムエネルギー…………『ハーレムの雫ハレムンティア』を使って第三の魔法フェロモン魔法発動すれば、対象の本能と精神、深層心理までを揺さぶってしまうという奇跡の魔法なのです!」




 つまり、ジョージにしかない特別な臓器があり、そこから出る不思議パワーを使ってフェロモンを出せば、生命にとってあらがうのは極めて難しいチート魔法になるということだった。
 ついでに『ハーレムの雫ハレムンティア』というのもジョージ器官に続き、司教が考えたものである。


「俺、よく分かんねえけどすげえ……ってことだよな?」

 ジョージにとってフェロモンは日常で当たり前に使っているもの。実感が湧きにくいのも仕方のないことだろう。

「他の人には使えない魔法が使えるんですから、すごくないわけがありません。……それにしても、深層心理まで揺さぶるとはなかなか恐ろしい魔法ですね」

 アメリアの顔に影がさす。

「精神魔法と同様に神聖魔法で事前に防御していれば防ぐことができますが、第三の魔法の恐ろしいところは一度かかってしまえば最悪、『かかったことに気が付けない』もしくは『かかったことを受け入れてしまう』のです。
 それに、精神魔法はあくまで精神的なダメージのみなのに対し、こちらは脳……深層心理に事実と錯覚させることで物理的ダメージを与えることもできる完全上位互換! んん~…………スバラシイ!!」

 司教はイキイキしていた。全く新しい魔法、全く新しい常識、全く新しいおもちゃ研究を見つけて、久しぶりに童心に返ってしまったのだ。

「ジョージ、(よく分からないけど)すごいのじゃ……!!」

 エリンには難しいことは分からぬ、けれどもジョージ仲間がほめられることには人一倍に敏感だった。

「司教様、その……少し疑問なんですが、それを日常で使ったりするのに危険はないですか? あの…………例えば、街中で使用して犯罪者になるとか、微弱のフェロモン魔法なら使用しても問題ないかとか聞きたいのですが……」

 アメリアが戦々恐々としながら司教に尋ねる。
 思い当たるフシがあったからだ。

 初めて会った時はオーガをはるか彼方まで吹き飛ばし、エリンを口説いた時は宿屋にフェロモンを充満させて屋内の人たちをにし、ジョージの語った昔話ではそのフェロモンで新居を半壊させ、それに加えて防御が極めて難しい『第三の魔法』だなんて聞けば、アメリアでなくても不安になってしまうだろう。

「危険がないわけではありませんが、使い方次第で無用の殺生をせずに済む奇跡の魔法でもあります。
 なので平和を重んじるリーズン教としては、ジョージ様と友好を深めていきたいと思っています。
 幸い、ジョージ様はアメリア様を救い、この街まで無償で護衛してくださるという心優しき方。
 もちろん、街中で悪意のあるフェロモンを使えば逮捕することもやむをえませんが…………平穏を守っていただけるとお約束頂けるなら、街中である程度のフェロモン使用を許可するとこちらも約束しましょう」

 司教はジョージをまっすぐ見る。
 優しい笑顔ではあるがそれは真剣そのもので、ひとたびウソをつけば一瞬でバレてしまうだろう。

「……司教さんよ、俺のフェロモンを警戒して自分を神聖魔法で守ってんのか?」

 ジョージの言う通り司教の身体は光のベールが守っていた。

「……そうですが、それがどうかしましたか? 私も神聖魔法の使い手であり、リーズン教の司教をしている身。防ぎ切ることはできないかもしれませんが、貴方が攻撃に移った瞬間一矢報いるくらいはできますよ?」

 司教は警戒の色を強める。が、ジョージはフッと笑って言ってのけた。

「残念だがその警戒は無駄だぜ」

「…………!?」

 司教が眉をひそめる。
 ジョージのフェロモンは司教の想像を超えるというのか? 力量を測り損ねるほどに。そう思案するも束の間、ジョージはクシャッと笑って司教に手を差し出した。

「俺は俺のフェロモンを、心の腐ったネッチョリ汚ねえドブみたいなフェロモンにはしねえよ。
 親父とした唯一の約束だし、それに俺は約束を交わしたら絶対に破らない男なんだ」

「……そうですか、素晴らしいお心がけですね。フェロモン魔法を使えるのがジョージ様で良かった」

 ジョージに握手を求められて戸惑いを見せた司教だが、すぐにホッと胸をなで下ろし、こころよくその手を握り返したのだった。

「そうか? ……そうかもな。じゃあ、俺もその期待を超えるために頑張らなくちゃな」

 ジョージはフッと笑うと、用は済んだとばかりにきびすを返し、手をヒラヒラと振りながら部屋を出ていった。

「──あ、ああっ! おっ、お世話になったのじゃ!」

 ついでにジョージの背中にいるエリンも一緒に退出していった。


 ●     ●     ●


 ジョージが部屋を出ていって十分、研究員と見学の学生も解散した後。
 アメリアと司教は話を再開していた。

「──それで、司教様の目から見てジョージ様はどうでしたか?」

「そうですねえ……今のところ悪い人には感じなかったですよ。部屋にいる間1度も悪意を感じませんでした」

 神聖力の扱いに慣れれば、悪意や敵意といった害意をサーチすることもできる。リーズン教に支えて長いゆえに、司教はその能力に長けているのだ。

「一応、念には念をという事でジョージ様がフェドロ軍とつながっていないか調べましたが、こちらも問題なかったようです」

 アメリアが慎重なのには理由があった。

「フェドロ軍はどこにひそんでいるかわかりませんからね。本当によく戻ってこられましたよ」

 司教が優しい表情を見せる。

「……フェドロ王国で本格的に教会の肩身が狭くなった時、信者でもないのにわざわざやって来て気にかけてくれた親切な町の方たちがいました。
 ですがあの夜……人が変わったように怒り狂い、フェドロ軍と一緒に教会を破壊しにやって来ました。リーズン教を憎しむあの目は忘れられません……」

 本来ならフェドロ軍の雑兵が集まったところで、アメリアと司祭までいる教会を相手どることなど不可能。
 だが、何らかの方法で操られた罪なき市民がフェドロ軍に加わってしまい、理由も分からないまま反撃することもできず、アメリアたちは苦渋を飲んで教会を離れる決断を下したのだった。

「人を変えてしまうほどの精神魔法……もしくは別のチカラか」

 司教がしばらくうつむいて考えた後、眉間にシワを寄せたまま口を開いた。

「アメリア様、ジョージ様の家に引っ越してください」

「……はえ?」

 司教の唐突な言葉にアメリアはすっとんきょうな声を出すしかできなかったのだった。



 * * * * *


 それから数時間後、ジョージ宅にて。

「──ということで! 私もこちらに住むことになりました~!」

「ぉおお~! アメリアさんなら大歓迎じゃ~」

「…………は? 何が『ということ』なんだよ」

 パチパチと拍手をしながらにこにこ笑顔でアメリアを出迎えるエリンだが、ジョージの方は納得いっていない様子だった。
 しかし、それもそのはず。

「まあ、まだ説明してませんからね」

 そう、アメリアは家に来て第一声がさっきの言葉だったのだ。
 それにもかかわらず歓迎できるのは、エリンの適応力が高いのか、何も考えていないだけか、器がジョージ以上にビッグなのか。

「住むってんなら部屋は余ってるし、そもそもアメリアたちが用意してくれた家だから好きにしてくれれば良い。が、スッキリしないから理由は聞かせてくれ。……あ、家事分担を考えなおさないといけねえな」

 ちなみに、現在は食事当番と風呂掃除は日替わりでローテーション、部屋掃除は各自、洗濯はエリン、床掃除はジョージなど、他にも細々とすでに決まっている。

「はい、もちろんです」

 アメリアは司教と話した事を語った。

 フェドロ軍がこの街に潜んでいないと保証できない以上、ジョージが襲われてフェドロ軍に操られるなんてこともあり得る。もしそうなれば教会にとって強大な敵になりかねない。

 敵対したジョージを住民に被害が出る前に無力化するのは極めて難しいし、そもそも教会は協力関係を築きたいのということで、せめてジョージの背中を守れる人をジョージのそばにつけようという話だった。

 半端な信徒をつけても足手まといになるので、出会って間も無いとは言えある程度の信頼があり実力もあるアメリアに白羽の矢が立ったのだ。


「今まで活躍の場はありませんでしたが、時間さえ稼いで頂ければ神聖魔法で500人規模の砦も一撃で粉々にできるんですよ! えっへん」

 アメリアは腰に手を当てて得意げな笑顔を見せた。

「そうなのかー!? アメリアさんは料理も上手なのに、すごい魔法も使えるんじゃの。うちも実戦に慣れていかないと、ご飯を食べるだけの美人さんになってしまうな!」

 エリンは上機嫌でけらけら笑いながら、入り口に立ちっぱなしだったアメリアをリビングの椅子に座らせた。

「そうだな、早く慣れてくれ。エリンの矢は敵にさえ当たれば、並の弓使いじゃ足元にも及ばない威力があるんだ。当たりさえすれば、エリンは全く非の打ち所がないはずなんだ。この身で受けた俺が言うんだから間違いない。
 だから慣れて……いや、あえてエリンを前衛にすれば、フレンドリーファイアせずに敵にだけ当てられるかも? 今度試してみるか……」

「え……うち、1番前にされるの? つい最近初めてモンスターと戦ったばかりなのに……しかも弓使いなのに、1番前なんて怖い……」

 ジョージの言葉で上機嫌から一転、エリンは困り顔で今にも泣きそうになってしまう。

「いや、慣れるまでは動きの遅いモンスターでやるし、いざとなったら俺が守るから問題な──」

「──3万3千歳のか弱い乙女をモンスターはびこる最前線に捨てるなんて! 血も涙もない……ジョージって実はオーガかなにかなのじゃろ! 悪鬼退散、悪鬼たいさーん!」

 エリンは大きな声でジョージの言葉をさえぎる。勢い任せに騒いで無かったことにする作戦だ。

「オーガじゃねえ!! 俺はジョージ・ハレムンティアだぁっ!! それに、か弱いって言っても弓のスキルは(当てられないことをのぞけば)剣聖ならぬ、弓聖といっても過言じゃねえだろ!
 敵のいない練習では目にも止まらねえ早さで矢をさばいて、数km先のリンゴを射抜いて、3mの岩にヒビを入れずに穴を開けて、撃った矢を飛んでいる間に狙って射抜く離れ業をしてたのも知ってんだぞ!」

「え、見られないようにわざわざ遠くで朝練してたのに、全部見ちゃったの!? ジョージのすけべ!」

 エリンは恥ずかしくなったのか、顔をリンゴのように赤くしてワーっと叫びながら家を出て行ってしまった。

「すけべって! おい、ちょ! 待っ…………行っちまった」

 ジョージはエリンを追いかけようとしたが、何か引っかかったのか首をかしげて立ち止まり、小さく『うーん』と唸った後とある事実に気が付いた。

「あ……前衛の話忘れてた。…………しゃーねえ、しばらくは(矢を)受け止めてやるかぁ」

 まんまとエリンの作戦にはまってしまったジョージであった。

「あ、回復と守備力アップは任せてください。…………こんな流れで言うのもなんですが、これからよろしくお願いします」

「ん、えっ? ……ああ、そうか。そうだな。こちらこそよろしくアメリア。世話になるぜ」

 こうして新たにアメリアを迎え、ジョージたちは改めて共同生活の(ちょっと騒がしい)スタートを切ったのだった。

「──ただいま~! 喜べジョージ、アメリアさん。おとなりさんがね、野菜をくれたぞ!」

「って、早えーなおい! おかえり!」

「おかえりなさい! じゃあせっかくですし、その野菜を使って今日は私が腕をふるいますよ~!」

「「やったー!!」」
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