虹かけるメーシャ

大魔王たか〜し

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職業 《 勇者 》

53話 知らなければ悪魔の魚

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 とある魚屋にて、赤色のウニョウニョした吸盤のついた触手のようなものが卸された。
 一応海の生き物の一部であるのは確かだが、普段市場に出ないのと今回手に入ったのが一部分、しかも血の様に赤く不気味に骨が無い3mもの触手というのも相まって、まっっっったく売れなかった。

「どうしましょう……?」

 従業員のひとりが困り顔でため息をつく。
 いつもはお昼までには魚も貝もエビも売り切れるのだが、現在お昼の13時。触手だけがお店の中央に鎮座して冷蔵ケースを我が物顔で占領していた。

 補足だが、今回この触手はセリで落とされたのではない。
 元々は近海のボスをしているバイキングが採ったらしいのだが、面白いもの好きの漁師さんが嬉々として貰ってここに持ってきたのだった。

「どうって言ってもな……。誰か食べたい人がいれば安く……いや、タダで良いぞ。…………どうだ?」

 店長が従業員5人ひとりひとりに目配せでお願いする。

「「「「「…………」」」」」

「…………」

 重苦しい沈黙が流れる。

「いや、にゅるにゅるで不気味だしなあ……」

 従業員がぼやく。
 お得意さんも基本的にもうこの時間は来店しないし、お店もどちらかと言う料理店向けなため観光客も見込めない。
 みんなが途方に暮れていた時……。

「チ~っす! ガーゴイルみたいな怖い顔してるのが外から見えたけど、どったの?」

 金髪ツンツン頭のチャラい青年が楽しそうにお店に入ってきた。

「ワルターさん!」

 このチャラい褐色の肌の青年はワルター。アレッサンドリーテギルドマスターの友人で魔法戦士をしている冒険者だ。
 メーシャの研修でロックタートル捕獲を手伝ってくれた人である。

「え!? ワルターさんアレッサンドリーテに行ったんじゃ?」

 そう、ワルターは元々トゥルケーゼ冒険者のシタデルに所属しているが、わけあってアレッサンドリーテでしばらく過ごしていたのだ。
 理由はいくつかあるのだが、ひとつはデイビッド伝いに騎士の頼みとしてメーシャの研修。もうひとつは対オークの話をまとめるため。

「だから今日帰ってきたんじゃん? つか、こっちもメンツも恋しくなってきたし、仲間も増えたし、野暮用も終わったし、ちょっち修業しときたいからさっ」

 ワルターは数十人規模のギルドのリーダーなのだ。

「野暮用ですか?」

 店長が訊き返す。

「そそ! まあ聞いても面白くないと思うけど……コンドリーネからの賓客ひんきゃくを国境まで送っていったんだよね~」

 ワルターが苦笑いを浮かべる。

「ああ、ワルターさんトゥルケーゼの次期ギルドマスターですもんね。そういった仕事も増えるか」

 従業員のひとりがうなずく。
 騎士と衛兵、大臣や貴族諸侯とギルドは組織は別なのだが、ギルドマスターやシタデルの役員とそれを束ねるシタデルマスターなどは一種の公務員のように国事に関わることも多いのだ。

「おっと、忘れてたけど二日酔いみたいな顔してたのってなんだったの?」

 ワルターが話を戻す。

「そうだ。ワルターさん、これです。この赤い触手みたいな……一応食べても問題ない海産物らしいんですが、なかなか売れてなくてですね。そもそもどういった生き物かも分からないですし……」

 店長がバツの悪そうな顔をする。

「……吸盤があって赤い触手。うん、モンスターではないか。これは──」

 ワルターが正体を言おうとしたその時。

「──タコじゃん!!」

 店内にパァっと明るい声が響いた。

「ほえ?」

 驚いたワルターが振り向くとそこには。

「あ、俺ちゃん先輩じゃん! 研修の時に会ったいろはメーシャだけど覚えてる? 久しぶりだし~」

 メーシャたちだった。

「お久しぶりです」

 ヒデヨシがメーシャの肩の上でペコリと頭を下げる。

「覚えてるに決まってんじゃん! 俺ちゃんは一度会ったプリティーベイベーは忘れないっての! ロックタートル捕獲の時のメーシャちゃんとヒデヨシちゃんでしょ。そう言えば聞いたよん、キマイラ倒したんだって? もう生けるで伝説みたいなもんじゃん?」

「情報はやっ!」

 どうやらワルターの所にもキマイラ討伐の話は届いていたようだ。

「これでも世界規模のギルドを作ろうとしてるからね、情報は命ってことよ。……あ、そっちのハムオブザスターの子は初めましてだね。俺ちゃんはワルター、よろしくちゃん」

 メーシャの足元にいた灼熱さんにワルターが気付いた。

「あっしは灼熱。よろしくお願いもうすぜぃ~!」

 灼熱さんが仰々しく見得をきった。

「灼熱ちゃんね! 一緒にクエストでもする事になったら仲良くしようぜ」

「……でさ、そのタコだけど売り物?」

 メーシャがお店の人やワルターに尋ねる。

「そう、売れなくて困ってるんだってさ」

 ワルターの言葉に続いて従業員たちが頷いた。

「そうなの? ……ああ、地球でもタコを食べる国と食べない国あるもんね。じゃあ、それあーしが買っちゃってもいいワケだ」

「え、買ってくれるんですか? こちらとしては嬉しい限りですけど、こんな珍妙なしろものどうやって食べるんですか?」

 店長が恐る恐るメーシャに訊く。

「ん? たこ焼きでしょ、タコ飯でしょ、寿司に刺身に、煮付け、カルパッチョ、茹でて酢味噌も良いし、唐揚げも外せないな。タンパクなカンジだから色々な料理に合うよ。まあ、見てみないと分かんないか。……どぞ」

 メーシャはスマホをささっと操作して、タコ自体とその料理の写真をみんなに見せた。


「……見た目は美味しそう、ですね。抵抗感がないと言えば嘘になりますが」

 すぐに受け入れるのは難しいようだが、料理の写真を見せたことで従業員のタコへの拒否感は減っている。

「すぐに見つかって良かったな、お嬢」

 灼熱さんがメーシャに声をかける。

「ね」

「そう言えば、タコはあんまり流通してなさそうな雰囲気ですけど、どうやって卸されたんでしょう? サンディーのご飯とかたこ焼きを作るなら定期的に入手したいですよね」

「それもそうだ。この足一本だと、たこ焼きするならある程度確保できるけど、サンディーならひと口で終わりそう」

 サンディーはこれより大きいラードロのタコ足を一瞬でペロっと食べてしまったので、目の前のタコ足くらいなら小腹も満たせないかもしれない。

「ん? メーシャちゃんたちタコが欲しいの?」

 ワルターにもメーシャたちの話がきこえたようで、そんな言葉を言いつつ店長に話を通す。

「これ以外にもタコが欲しいんでしたら、とってきた方を紹介しましょうか? それと、タコの触手はタダでお譲りします。そもそも売れなくて従業員の誰かにタダで譲ろうとしていたところですから」

 タコ足にもう悩まされなくて済むのが嬉しいのか、店長はどこか晴れやかな顔をしている。

「おぉ~! ありがとう! いたれりつくせりだ! 予定合わせたいんだけど、いつになりそうかな?」

「今日は忙しいはずですから最短で明日です」

「おけ」

「時間もあるしメーシャちゃんは観光でもしておいで。もし道が分からなかったりオススメが気になる様だったら、俺ちゃんの仲間を呼ぶけど」

 ワルターがスマホ型魔法機械パルトネルを出しながらメーシャに言った。

「探し物もあるし……じゃあ、それもお願いしようかな」

「よし、俺ちゃんが1番信頼してる子呼ぶね。ちょい待ってて」

「はーい」

 メーシャはそう返事をすると、お店の人にタコを包んでもらい、タコをとった人の情報をもらって、ワルターの仲間が来てくれるのを待つのだった。

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