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第30章 恋心
恋心Ⅳ
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――――――――
小鳥のさえずりで目を覚ます。枕の横には、深夜にようやく縫い上げたハンカチが落ちていた。
「ミエラ様、おはようございます」
「ルーナ、おはよう……」
重たい瞼を擦り、欠伸をしながら窓の外を見た。今日は一段と寒そうだ。太陽に当てられた空気の中に光る極小の粒が見える。ダイヤモンドダストだ。
「眠くはありませんか?」
「ちょっと眠いよ~。でも、ハンカチ仕上がって良かった」
暖炉の薪が小さな音を立ててカタリと動く。若干の火の粉が舞った。
ルーナに出してもらった、余所行きの可愛らしい水色のドレスに着替え、何となく鏡を見た。うん、レースも控えめで主役にはならず、それでいて祝いの場には相応しいドレスだと思う。
髪もルーナに結ってもらい、準備は――万端ではない。
「ハンカチのラッピングしなきゃ。ルーナ、何か可愛いラッピング袋ないかなぁ」
「こちらにご用意していますよ」
流石はルーナだ、抜かりは無いらしい。テーブルの上には無地のものから柄物まで、ハンカチを包むには程良い大きさのラッピング袋が並べられていた。とは言え、その数は八種類だ。決めるには迷い悩む程の種類の豊富さではなかった。
優柔不断な所がある私を思っての事だろう。
それらを見比べ、「う~ん」と唸る。ハンカチを引き立てるのなら、無地の方が良いだろう。
ハンカチに施したアーガイルと同じ色のラッピング袋を手に取った。
「これにする」
「かしこまりました。リボンはどうなさいますか?」
「う~ん……」
広げられたルーナの手の上には、白、青、緑、茶、四色のリボンが乗せられていた。
この中ならば、やはりあの色だろう。
「白にする~」
「白ですね」
そう、カサブランカと同じ純白の色を選んだ。喜んでくれるだろうか。リリーがあどけなく笑う姿を想像しながら、ハンカチを丁寧にラッピングしていった。
――――――――
アイリンドル別邸の扉がゆっくりと開く。その扉の向こうには、二十代くらいの執事が佇んでいた。
「ようこそお越しくださいました」
クラウと微笑み合い、お辞儀をする執事を気にしながら扉を潜る。蝶番の音を響かせて、外気は完全に遮断された。
この屋敷に来るのはいつ振りだろう。そうだ、苦い思いをしたお茶会以来だ。
思い出すとちょっぴり辛くなってしまうけれど、今日はリリーの為にも楽しい一日にしよう。
小さく息を吐くと、リビングから二つの人影が覗いた。
「ミエラ!」
「リリー!」
駆ける懸命なリリーの姿に、転ばないか心配になってしまう。
その心配は杞憂だったようで、リリーは満面の笑みでその勢いのまま私に飛び付いた。
「来てくれてありがとう~!」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
「マーガレットとヒルダも到着してるよ」
「俺たちが最後になっちゃったね」
クラウとスチュアートの会話を聞きながら、そっとリリーから身体を離す。
リリーは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、来た道を引き返す。
「此処じゃ身体冷えちゃうから、部屋に行こう~」
「うん」
コートをメイドに預け、私を先頭にしてリリーの後に三人で続いた。
待ちきれなかったのか、ヒルダとマーガレットもリビングから顔をひょこりと出した。
「やっと来たよー」
「待ちくたびれた」
二人とも、何処か不満げな表情だ。
「ヒルダもマーガレットも、ルーゼンベルクは遠いから」
「アイリンドル本邸も遠いよ」
「まあまあ」
膨れるマーガレットを、スチュアートが宥める。
「二人とも、ごめんね」
何だか申し訳無くなってしまい、小さく謝ってみる。マーガレットは目を横に流し、若干俯いた。
「まあ、今日はちゃんと来てくれたから良いんだけどね」
「そういう事」
ヒルダもうんうんと頷き、にっこりと微笑む。
「廊下じゃ寒いから、リビング行こう~?」
リリーはヒルダとマーガレットを押し退け、リビングの中へと進む。それぞれが笑い、その後に続いた。
リビングの中はお祝いムードそのもので、天井は黄色の星の吊るし飾りが無数にぶら下がっている。壁には百合の花のイラストが所狭しと飾られ、テーブルには六人分のナフキンがピンク色の花のように置かれている。
リリーは窓側で中央の席の前に立ち、私たちに向かって両手で手招きをした。
「早く早く~!」
リリーはまるで子供のようにはしゃぐ。その拍子に、手の甲をテーブルにぶつけてしまったらしい。
「あいたっ」
「リリー!」
小さく声を上げたリリーに、スチュアートとメイドが慌てて駆け寄る。その表情は心配そのもので、私が声を掛ける隙は無かった。
スチュアートはリリーの手を取り、そっと撫でる。
「指とか折れたりしてない?」
「大丈夫だと思う~。そんなに痛くないから。皆、心配しないで~」
リリーは小さく舌を出し、苦笑いをする。
怪我が無くて良かった。私もほっと一安心し、四人で笑い合う。
マーガレットは一足早くリリーの元へと近寄り、その隣に腰掛けた。スチュアートもリリーの隣で首を横に傾げる。
ヒルダの顔を見てみると、頬がほんのりと桜色に染まっているようだ。
「お姉様、お兄様は?」
「私が居てはリリーが緊張してしまうから、ヒルダだけ行っておいで、だって」
という事は、セドリックは此処に来ないらしい。
クラウの顔も見上げてみると、何処か安心したような表情に変わったように見える。
小鳥のさえずりで目を覚ます。枕の横には、深夜にようやく縫い上げたハンカチが落ちていた。
「ミエラ様、おはようございます」
「ルーナ、おはよう……」
重たい瞼を擦り、欠伸をしながら窓の外を見た。今日は一段と寒そうだ。太陽に当てられた空気の中に光る極小の粒が見える。ダイヤモンドダストだ。
「眠くはありませんか?」
「ちょっと眠いよ~。でも、ハンカチ仕上がって良かった」
暖炉の薪が小さな音を立ててカタリと動く。若干の火の粉が舞った。
ルーナに出してもらった、余所行きの可愛らしい水色のドレスに着替え、何となく鏡を見た。うん、レースも控えめで主役にはならず、それでいて祝いの場には相応しいドレスだと思う。
髪もルーナに結ってもらい、準備は――万端ではない。
「ハンカチのラッピングしなきゃ。ルーナ、何か可愛いラッピング袋ないかなぁ」
「こちらにご用意していますよ」
流石はルーナだ、抜かりは無いらしい。テーブルの上には無地のものから柄物まで、ハンカチを包むには程良い大きさのラッピング袋が並べられていた。とは言え、その数は八種類だ。決めるには迷い悩む程の種類の豊富さではなかった。
優柔不断な所がある私を思っての事だろう。
それらを見比べ、「う~ん」と唸る。ハンカチを引き立てるのなら、無地の方が良いだろう。
ハンカチに施したアーガイルと同じ色のラッピング袋を手に取った。
「これにする」
「かしこまりました。リボンはどうなさいますか?」
「う~ん……」
広げられたルーナの手の上には、白、青、緑、茶、四色のリボンが乗せられていた。
この中ならば、やはりあの色だろう。
「白にする~」
「白ですね」
そう、カサブランカと同じ純白の色を選んだ。喜んでくれるだろうか。リリーがあどけなく笑う姿を想像しながら、ハンカチを丁寧にラッピングしていった。
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アイリンドル別邸の扉がゆっくりと開く。その扉の向こうには、二十代くらいの執事が佇んでいた。
「ようこそお越しくださいました」
クラウと微笑み合い、お辞儀をする執事を気にしながら扉を潜る。蝶番の音を響かせて、外気は完全に遮断された。
この屋敷に来るのはいつ振りだろう。そうだ、苦い思いをしたお茶会以来だ。
思い出すとちょっぴり辛くなってしまうけれど、今日はリリーの為にも楽しい一日にしよう。
小さく息を吐くと、リビングから二つの人影が覗いた。
「ミエラ!」
「リリー!」
駆ける懸命なリリーの姿に、転ばないか心配になってしまう。
その心配は杞憂だったようで、リリーは満面の笑みでその勢いのまま私に飛び付いた。
「来てくれてありがとう~!」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
「マーガレットとヒルダも到着してるよ」
「俺たちが最後になっちゃったね」
クラウとスチュアートの会話を聞きながら、そっとリリーから身体を離す。
リリーは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、来た道を引き返す。
「此処じゃ身体冷えちゃうから、部屋に行こう~」
「うん」
コートをメイドに預け、私を先頭にしてリリーの後に三人で続いた。
待ちきれなかったのか、ヒルダとマーガレットもリビングから顔をひょこりと出した。
「やっと来たよー」
「待ちくたびれた」
二人とも、何処か不満げな表情だ。
「ヒルダもマーガレットも、ルーゼンベルクは遠いから」
「アイリンドル本邸も遠いよ」
「まあまあ」
膨れるマーガレットを、スチュアートが宥める。
「二人とも、ごめんね」
何だか申し訳無くなってしまい、小さく謝ってみる。マーガレットは目を横に流し、若干俯いた。
「まあ、今日はちゃんと来てくれたから良いんだけどね」
「そういう事」
ヒルダもうんうんと頷き、にっこりと微笑む。
「廊下じゃ寒いから、リビング行こう~?」
リリーはヒルダとマーガレットを押し退け、リビングの中へと進む。それぞれが笑い、その後に続いた。
リビングの中はお祝いムードそのもので、天井は黄色の星の吊るし飾りが無数にぶら下がっている。壁には百合の花のイラストが所狭しと飾られ、テーブルには六人分のナフキンがピンク色の花のように置かれている。
リリーは窓側で中央の席の前に立ち、私たちに向かって両手で手招きをした。
「早く早く~!」
リリーはまるで子供のようにはしゃぐ。その拍子に、手の甲をテーブルにぶつけてしまったらしい。
「あいたっ」
「リリー!」
小さく声を上げたリリーに、スチュアートとメイドが慌てて駆け寄る。その表情は心配そのもので、私が声を掛ける隙は無かった。
スチュアートはリリーの手を取り、そっと撫でる。
「指とか折れたりしてない?」
「大丈夫だと思う~。そんなに痛くないから。皆、心配しないで~」
リリーは小さく舌を出し、苦笑いをする。
怪我が無くて良かった。私もほっと一安心し、四人で笑い合う。
マーガレットは一足早くリリーの元へと近寄り、その隣に腰掛けた。スチュアートもリリーの隣で首を横に傾げる。
ヒルダの顔を見てみると、頬がほんのりと桜色に染まっているようだ。
「お姉様、お兄様は?」
「私が居てはリリーが緊張してしまうから、ヒルダだけ行っておいで、だって」
という事は、セドリックは此処に来ないらしい。
クラウの顔も見上げてみると、何処か安心したような表情に変わったように見える。
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