135 / 171
第30章 恋心
恋心Ⅲ
しおりを挟む
そうだ、縁にアーガイル模様を入れよう。それならば間に合う筈だ。色はリリーの瞳と同じ、碧色にしよう。
よし、決まりだ。
パタリと本を閉じ、本を抱えたまま想像を膨らませる。
「ミエラ、決まったの?」
「うん。今回はアーガイルにしてみる」
「良いですね」
キャサリンとヒルダにもお墨付きを貰えたし、後は自分の腕次第だ。
一度、自分自身を落ち着かせる為にも、テーブルの上に置いてあるミントティーを口に含んだ。スッとしたミント独特の爽やかな味わいが口いっぱいに広がる。
「ミエラ、刺繍しておいでよ」
「でも、折角お姉様が来てくれてるのに」
「じゃあ、私も一緒に行くよ」
「お母様は?」
それではキャサリンが除け者になってしまう。
ヒルダと揃ってキャサリンの方へ振り向くと、当の本人はニコニコと笑っていた。
「大丈夫ですよ。私にはカイルが居ますから。ね?」
キャサリンが手を差し伸べると、なんと、足元に居たカイルはその手に齧り付いたのだ。
「痛っ……!」
「奥様!」
小さな悲鳴が部屋に木霊した。
控えていた二人のメイドが、眉間に皴を寄せるお母様の元へと駆け寄る。その手には何か白色の小さなボトルが握られていた。
「お怪我はございませんか?」
「大丈夫ですよ。いつもの事でしょう?」
「念の為に、塗り薬を」
大きな怪我にならなくて良かった。ほっと胸を撫で下ろし、てきぱきと薬を塗るメイドとキャサリンを眺めていた。
それにしても、『いつもの事』とは、キャサリンはいつもカイルに噛まれているのだろうか。私たちが留守の時に大変な思いをさせてしまった。
と同時に思う。貴重なカイルの子犬時代を一か月も失ってしまったのだと。
「カイルはじゃれて、嬉しくて嚙んじゃったんだもんね?」
メイドに驚いて、テーブルの下に隠れてしまったカイルに、ヒルダはにこりと微笑み掛ける。
「おいで? 私とも遊ぼう」
ヒルダは立ち上がると、トコトコとボールに駆け寄り、赤色のそれを片手で拾い上げた。それに応えるように、カイルも腰を上げて目を輝かせながら尻尾を振る。この可愛すぎる瞬間から、一時も目を離したくはなかった。
「やっぱり皆でカイルと遊ぼう? 多分、刺繍は夜からやっても間に合うから」
「だね」
三人で「ふふっ」と笑い合う。
ヒルダに負けまいと、私も傍らに落ちていた短めのロープを手にし、カイルを誘う。
「どっちで遊ぶー?」
キョロキョロと二つを見比べるカイルに、ヒルダは意地悪気に口角を上げた。
そこへ、タイミングが悪く、蝶番の軋む音を立てながら扉が開いたのだ。
冷たいとさえ思わせる廊下の空気が入り込み、カイルの興味もそちらへ向いてしまった。
「もう、何で今なのー」
「えっ?」
口をへの字に曲げるヒルダに、両肩にタオルを掛けたクラウが首を傾げる。
先程までの不満が、心の中でむくむくと膨らんでくるのが分かる。
「む~」
唸り声までもが漏れてしまった。
「どうかした?」
「どうかしたじゃないの~」
「ん?」
戸惑っている様子のクラウに、頬も膨らませてみる。
「黙ってお姉様を呼び出す事無いでしょ? お姉様にだって予定があるのに」
「そうやって、ミユは遠慮しちゃうじゃん。急ぎの用事なのに。だから黙ってた」
「む~」
言い返す事が出来ない。急ぎの用事があったのは確かだから。
どう言葉を続けて良いか分からず、ただロープを握ったままクラウを見詰めてみる。
そんな時に、ロープが引っ張られる感覚があったのだ。
「ん~?」
そちらを見てみると、自分に寄越せと言わんばかりに、前足を踏ん張り、口でロープを引っ張っているカイルの姿があった。
私も負けまいと右手でロープを引っ張り返す。自然と笑みが零れる。
「ミエラに負けたー」
「当たり前でしょう? 主人はミエラですよ?」
ガクリと項垂れるヒルダに、キャサリンは小さく笑う。
「何の勝負?」
「カイルが好きなのはどっちだ勝負」
勝手にヒルダに名付けられた勝負はこれで終わらなかった。
片手ではカイルの力に耐えられなかったらしく、瞬く間に右腕は前方に持っていかれ、ロープは私の手から離れていった。
遊び相手が居なくなってしまったカイルは、次の新しい遊び相手にしようとクラウの方へロープを持っていった。
「カイルは賢いなぁ」
「クローディオにも負けたぁ」
クラウはにやりと笑うとしゃがみ込み、カイルが離してしまわない程度の力加減で、ロープで遊び始めた。
遊びに夢中になっているのか、カイルから時折短い唸り声が聞こえる。
「賢いって言うか……クローディオは自分と同類って思ってるのかもしれないですね」
「言えてるかもしれない」
頷き合う二人に、クラウは不満げに振り向いた。それと同時に、カイルの口からロープが離れる。
「ミユ」
「何~?」
「何とか言ってやってよ」
「え~? 言いたい事は自分で言わなきゃ」
遊び相手の居なくなったカイルは青色のボールを目掛けて駆け出し、途中で電池が切れたようにパタリと倒れてしまった。そのまま寝息を立て始める。
「可愛い……」
この寝姿、カイルは成犬になっても天使だと思う。
撫でてしまいたい欲求を抑え、クラウと二人でクスクスと笑った。
よし、決まりだ。
パタリと本を閉じ、本を抱えたまま想像を膨らませる。
「ミエラ、決まったの?」
「うん。今回はアーガイルにしてみる」
「良いですね」
キャサリンとヒルダにもお墨付きを貰えたし、後は自分の腕次第だ。
一度、自分自身を落ち着かせる為にも、テーブルの上に置いてあるミントティーを口に含んだ。スッとしたミント独特の爽やかな味わいが口いっぱいに広がる。
「ミエラ、刺繍しておいでよ」
「でも、折角お姉様が来てくれてるのに」
「じゃあ、私も一緒に行くよ」
「お母様は?」
それではキャサリンが除け者になってしまう。
ヒルダと揃ってキャサリンの方へ振り向くと、当の本人はニコニコと笑っていた。
「大丈夫ですよ。私にはカイルが居ますから。ね?」
キャサリンが手を差し伸べると、なんと、足元に居たカイルはその手に齧り付いたのだ。
「痛っ……!」
「奥様!」
小さな悲鳴が部屋に木霊した。
控えていた二人のメイドが、眉間に皴を寄せるお母様の元へと駆け寄る。その手には何か白色の小さなボトルが握られていた。
「お怪我はございませんか?」
「大丈夫ですよ。いつもの事でしょう?」
「念の為に、塗り薬を」
大きな怪我にならなくて良かった。ほっと胸を撫で下ろし、てきぱきと薬を塗るメイドとキャサリンを眺めていた。
それにしても、『いつもの事』とは、キャサリンはいつもカイルに噛まれているのだろうか。私たちが留守の時に大変な思いをさせてしまった。
と同時に思う。貴重なカイルの子犬時代を一か月も失ってしまったのだと。
「カイルはじゃれて、嬉しくて嚙んじゃったんだもんね?」
メイドに驚いて、テーブルの下に隠れてしまったカイルに、ヒルダはにこりと微笑み掛ける。
「おいで? 私とも遊ぼう」
ヒルダは立ち上がると、トコトコとボールに駆け寄り、赤色のそれを片手で拾い上げた。それに応えるように、カイルも腰を上げて目を輝かせながら尻尾を振る。この可愛すぎる瞬間から、一時も目を離したくはなかった。
「やっぱり皆でカイルと遊ぼう? 多分、刺繍は夜からやっても間に合うから」
「だね」
三人で「ふふっ」と笑い合う。
ヒルダに負けまいと、私も傍らに落ちていた短めのロープを手にし、カイルを誘う。
「どっちで遊ぶー?」
キョロキョロと二つを見比べるカイルに、ヒルダは意地悪気に口角を上げた。
そこへ、タイミングが悪く、蝶番の軋む音を立てながら扉が開いたのだ。
冷たいとさえ思わせる廊下の空気が入り込み、カイルの興味もそちらへ向いてしまった。
「もう、何で今なのー」
「えっ?」
口をへの字に曲げるヒルダに、両肩にタオルを掛けたクラウが首を傾げる。
先程までの不満が、心の中でむくむくと膨らんでくるのが分かる。
「む~」
唸り声までもが漏れてしまった。
「どうかした?」
「どうかしたじゃないの~」
「ん?」
戸惑っている様子のクラウに、頬も膨らませてみる。
「黙ってお姉様を呼び出す事無いでしょ? お姉様にだって予定があるのに」
「そうやって、ミユは遠慮しちゃうじゃん。急ぎの用事なのに。だから黙ってた」
「む~」
言い返す事が出来ない。急ぎの用事があったのは確かだから。
どう言葉を続けて良いか分からず、ただロープを握ったままクラウを見詰めてみる。
そんな時に、ロープが引っ張られる感覚があったのだ。
「ん~?」
そちらを見てみると、自分に寄越せと言わんばかりに、前足を踏ん張り、口でロープを引っ張っているカイルの姿があった。
私も負けまいと右手でロープを引っ張り返す。自然と笑みが零れる。
「ミエラに負けたー」
「当たり前でしょう? 主人はミエラですよ?」
ガクリと項垂れるヒルダに、キャサリンは小さく笑う。
「何の勝負?」
「カイルが好きなのはどっちだ勝負」
勝手にヒルダに名付けられた勝負はこれで終わらなかった。
片手ではカイルの力に耐えられなかったらしく、瞬く間に右腕は前方に持っていかれ、ロープは私の手から離れていった。
遊び相手が居なくなってしまったカイルは、次の新しい遊び相手にしようとクラウの方へロープを持っていった。
「カイルは賢いなぁ」
「クローディオにも負けたぁ」
クラウはにやりと笑うとしゃがみ込み、カイルが離してしまわない程度の力加減で、ロープで遊び始めた。
遊びに夢中になっているのか、カイルから時折短い唸り声が聞こえる。
「賢いって言うか……クローディオは自分と同類って思ってるのかもしれないですね」
「言えてるかもしれない」
頷き合う二人に、クラウは不満げに振り向いた。それと同時に、カイルの口からロープが離れる。
「ミユ」
「何~?」
「何とか言ってやってよ」
「え~? 言いたい事は自分で言わなきゃ」
遊び相手の居なくなったカイルは青色のボールを目掛けて駆け出し、途中で電池が切れたようにパタリと倒れてしまった。そのまま寝息を立て始める。
「可愛い……」
この寝姿、カイルは成犬になっても天使だと思う。
撫でてしまいたい欲求を抑え、クラウと二人でクスクスと笑った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる