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第27章 秘密の時間
秘密の時間Ⅳ
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ライアンは握った右手を口に当て、小さく笑う。
「相変わらず、仲睦まじいご様子で安心しました。僕はそろそろ退散致します」
そう言うなりライアンはぺこりと頭を下げ、扉へと向かう。
「ライアン、フィーアとは上手くやってる?」
「絶賛喧嘩中です」
クラウの質問でその笑顔が引きつって見えたのは、恐らく見間違いではない。
しまったと顔を顰めるクラウと私にもう一度お辞儀をし、スタスタと部屋から出ていくライアンを見送った。
恐らく、フィーアとはライアンの恋人だろう。
「やっちゃったねぇ」
「やっちゃった……」
二人で扉を見詰めたまま、揃って溜め息を吐いてみる。
すると、その扉は轟音を立てて開け放たれた。
驚きすぎて肩が震える。
「やっほー!」
その場で仁王立ちしているのはヒルダだった。後ろにはメイドが一人控えているようにも見える。
私たちが返事を出来ずにいると、ヒルダはぷぅっと膨れた。
「二人で何そんな冴えない顔してるの? 折角、連れてきたのに」
ヒルダは後を向くと、メイドと何かやり取りをしている。
連れてきたとは誰だろう。素朴な疑問を浮かべていると、振り返ったヒルダの手にはなんと。
「カイル!」
見覚えのある茶色のハチワレの子犬が抱かれていたのだ。
私たちを見て暴れ出すカイルを落とさないように、ヒルダはゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「カイル! 駄目、暴れないでー!」
止めたところで、我を忘れた子犬の気を逸らせる筈も無い。
やっとの事でベッドに辿り着くと、カイルはヒルダの腕から零れ落ちた。楽譜も鍵盤が書かれた厚紙もペンも除けて待ち受ける私たちの胸を目掛けて、目を爛々と輝かせたカイルが飛び込んでくる。
「カイル~! 寂しくなかった~?」
「くーん!」
「また少し大きくなったね」
「くーんくーん!」
撫で回すだけでは足りない。顔を近付け、カイルのふわふわとした毛の感触を頬で感じ取る。
可愛い。可愛過ぎる。この日をどんなに待ち侘びていただろう。
興奮冷めやらない私たちを見て、ヒルダはふっと笑う。
「連れてきた甲斐があるなぁ。やっと医者から許可が下りたからさ」
「お姉様、ありがとう~!」
「私はカイルを連れて来ただけだよ。お礼言われるような事してないって」
照れ笑いするヒルダに笑顔を返す。
その視界の隅で、メイドたちが忙しなく動いている。カイルのトイレシートを敷いたり、ベッドに緩やかな階段を設置したりしているのだ。
「でさ、お父様から聞いたよ。今年は二人でピアノ弾くんだって?」
「うん。姉さんは楽譜貰った?」
「勿論」
カイルを撫でながら二人の話を聞いていると、ヒルダが私を見て「ふふっ」と笑う。
「大変だろうけど、頑張るんだよ。お母様に感謝を伝えなくちゃ」
「うん!」
元よりそのつもりだ。大きく頷いてみせると、ヒルダはぱあっと微笑む。
「お姉様は何の楽器を?」
「私? 私はハープだよ」
「ほえ~……」
ハープは、お淑やかなお嬢様が弾いていそうな勝手なイメージがある。
ヒルダは元々お嬢様だから、間違いではない、か。
思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまった。
「そんなに難しい楽器じゃないんだよ。ピアノが弾ければハープは弾けるから」
「う~ん……」
まだピアノが弾けない私には随分と難しく感じる。
唸っている間にカイルは私たちの手を摺り抜け、設置してもらった階段を駆け下りた。その勢いのまま部屋の中を駆け回る。
「カイルは元気だなぁ」
「まだ子犬だしね」
遠くから眺める私たちの視線を感じたのかカイルはぴたりと足を止め、此方を向いた。それも束の間、へっへっと息をしながら水飲み場へと向かう。
「五日後に初合奏だからね。お父様もセドリックも休み取ったみたいだし」
「五日後? ピアノ、間に合うかな」
「お父様ったらもうピアノの発注掛けたみたいだよ。明後日には屋敷に来るんじゃない?」
「早っ!」
流石はルーカスだ。決断力が高いらしい。
口をぽかんと開けるクラウに、ヒルダはびしっと指を差す。
「だから、クローディオもぼーっとしてる場合じゃないの。さっさと譜読みしないと」
「姉さん、俺のベッドに置いてある楽譜取って」
「しょうがないなぁ」
ヒルダは頼まれた通りに楽譜をスッと手に取り、クラウに手渡す。
「ってか、姉さんも練習しなきゃじゃん」
「それは大丈夫。隣の部屋にハープ運んであるし」
そういう所にも抜かりは無いらしい。ヒルダも流石の行動力だ。
「じゃあ、私も練習してくるから。二人とも、怪我人だからって手加減しないからねー」
ヒルダは手をひらひらと振り、部屋から出ていってしまった。
そう言われてしまうと、だんだん焦ってくる。本当にぼんやりしている場合ではない。
再び鍵盤と楽譜を膝の上に広げ、譜面にドレミを書いていく。
それからは食事の時間を抜いて、休憩する間を惜しんで楽譜とにらめっこした。睡眠時間ですら勿体無く感じる。
途中でヒルダが一度だけ来たのだけれど、それは私に渡しそびれた基礎練習の楽譜だった。ヘ音記号の部分には、同じように音階を書いて練習をしてみた。音が出ないのが悔やまれる。
夜になっても集中力は途切れる事は無い。カイルが足元で寝息を立てる中、蠟燭の明かりを頼りに練習に勤しんだ。隣のベッドからも寝息は聞こえてこなかったので、きっとクラウも練習をしていたのだろう。
「相変わらず、仲睦まじいご様子で安心しました。僕はそろそろ退散致します」
そう言うなりライアンはぺこりと頭を下げ、扉へと向かう。
「ライアン、フィーアとは上手くやってる?」
「絶賛喧嘩中です」
クラウの質問でその笑顔が引きつって見えたのは、恐らく見間違いではない。
しまったと顔を顰めるクラウと私にもう一度お辞儀をし、スタスタと部屋から出ていくライアンを見送った。
恐らく、フィーアとはライアンの恋人だろう。
「やっちゃったねぇ」
「やっちゃった……」
二人で扉を見詰めたまま、揃って溜め息を吐いてみる。
すると、その扉は轟音を立てて開け放たれた。
驚きすぎて肩が震える。
「やっほー!」
その場で仁王立ちしているのはヒルダだった。後ろにはメイドが一人控えているようにも見える。
私たちが返事を出来ずにいると、ヒルダはぷぅっと膨れた。
「二人で何そんな冴えない顔してるの? 折角、連れてきたのに」
ヒルダは後を向くと、メイドと何かやり取りをしている。
連れてきたとは誰だろう。素朴な疑問を浮かべていると、振り返ったヒルダの手にはなんと。
「カイル!」
見覚えのある茶色のハチワレの子犬が抱かれていたのだ。
私たちを見て暴れ出すカイルを落とさないように、ヒルダはゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「カイル! 駄目、暴れないでー!」
止めたところで、我を忘れた子犬の気を逸らせる筈も無い。
やっとの事でベッドに辿り着くと、カイルはヒルダの腕から零れ落ちた。楽譜も鍵盤が書かれた厚紙もペンも除けて待ち受ける私たちの胸を目掛けて、目を爛々と輝かせたカイルが飛び込んでくる。
「カイル~! 寂しくなかった~?」
「くーん!」
「また少し大きくなったね」
「くーんくーん!」
撫で回すだけでは足りない。顔を近付け、カイルのふわふわとした毛の感触を頬で感じ取る。
可愛い。可愛過ぎる。この日をどんなに待ち侘びていただろう。
興奮冷めやらない私たちを見て、ヒルダはふっと笑う。
「連れてきた甲斐があるなぁ。やっと医者から許可が下りたからさ」
「お姉様、ありがとう~!」
「私はカイルを連れて来ただけだよ。お礼言われるような事してないって」
照れ笑いするヒルダに笑顔を返す。
その視界の隅で、メイドたちが忙しなく動いている。カイルのトイレシートを敷いたり、ベッドに緩やかな階段を設置したりしているのだ。
「でさ、お父様から聞いたよ。今年は二人でピアノ弾くんだって?」
「うん。姉さんは楽譜貰った?」
「勿論」
カイルを撫でながら二人の話を聞いていると、ヒルダが私を見て「ふふっ」と笑う。
「大変だろうけど、頑張るんだよ。お母様に感謝を伝えなくちゃ」
「うん!」
元よりそのつもりだ。大きく頷いてみせると、ヒルダはぱあっと微笑む。
「お姉様は何の楽器を?」
「私? 私はハープだよ」
「ほえ~……」
ハープは、お淑やかなお嬢様が弾いていそうな勝手なイメージがある。
ヒルダは元々お嬢様だから、間違いではない、か。
思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまった。
「そんなに難しい楽器じゃないんだよ。ピアノが弾ければハープは弾けるから」
「う~ん……」
まだピアノが弾けない私には随分と難しく感じる。
唸っている間にカイルは私たちの手を摺り抜け、設置してもらった階段を駆け下りた。その勢いのまま部屋の中を駆け回る。
「カイルは元気だなぁ」
「まだ子犬だしね」
遠くから眺める私たちの視線を感じたのかカイルはぴたりと足を止め、此方を向いた。それも束の間、へっへっと息をしながら水飲み場へと向かう。
「五日後に初合奏だからね。お父様もセドリックも休み取ったみたいだし」
「五日後? ピアノ、間に合うかな」
「お父様ったらもうピアノの発注掛けたみたいだよ。明後日には屋敷に来るんじゃない?」
「早っ!」
流石はルーカスだ。決断力が高いらしい。
口をぽかんと開けるクラウに、ヒルダはびしっと指を差す。
「だから、クローディオもぼーっとしてる場合じゃないの。さっさと譜読みしないと」
「姉さん、俺のベッドに置いてある楽譜取って」
「しょうがないなぁ」
ヒルダは頼まれた通りに楽譜をスッと手に取り、クラウに手渡す。
「ってか、姉さんも練習しなきゃじゃん」
「それは大丈夫。隣の部屋にハープ運んであるし」
そういう所にも抜かりは無いらしい。ヒルダも流石の行動力だ。
「じゃあ、私も練習してくるから。二人とも、怪我人だからって手加減しないからねー」
ヒルダは手をひらひらと振り、部屋から出ていってしまった。
そう言われてしまうと、だんだん焦ってくる。本当にぼんやりしている場合ではない。
再び鍵盤と楽譜を膝の上に広げ、譜面にドレミを書いていく。
それからは食事の時間を抜いて、休憩する間を惜しんで楽譜とにらめっこした。睡眠時間ですら勿体無く感じる。
途中でヒルダが一度だけ来たのだけれど、それは私に渡しそびれた基礎練習の楽譜だった。ヘ音記号の部分には、同じように音階を書いて練習をしてみた。音が出ないのが悔やまれる。
夜になっても集中力は途切れる事は無い。カイルが足元で寝息を立てる中、蠟燭の明かりを頼りに練習に勤しんだ。隣のベッドからも寝息は聞こえてこなかったので、きっとクラウも練習をしていたのだろう。
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