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第26章 生きるという事

生きるという事Ⅳ

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「ミユ、教えて」

「言ったら絶対、クラウが傷付くもん」

「黙ったままでも傷付くよ。どうせ傷付くなら、知ってた方が気が楽だから」

 元日から二日に跨る深夜、明かりの無い真っ暗闇の中でクラウと二人きりで言葉を交わす。

「知らない方が良い事だってあるのに」

「言ったじゃん。俺が知らない所でミユが傷付いてるのが一番嫌だって」

「それは……そうだけど……」

 言いにくい。私が貴方を置いて死んでしまうなんて。
 まだ二十年も先の話だけれど、絶対に傷付くに決まっている。

「約束したじゃん。つい最近の事なのに、それ破るの?」

「そうじゃないの! 破るつもりなんてない!」

「じゃあ、教えてくれる?」

 答えられない。どうしても教えなければいけないのだろうか。
 一度クラウに背を向け、窓の外を眺めてみる。星は見えない。ただ暗闇が存在しているだけだ。
 流れ星が流れてくれるのなら、クラウの心が穏やかであるように祈ろうと思ったのに。
 吐息を吐き、そっと瞼を閉じる。
 もう、なるようにしかならない。

「私の寿命の事。削れた寿命の長さを教えてくれたの」

「えっ?」

「二年……だって」

 言った瞬間、昨日のように両目から涙が零れる。
 息を呑む音が聞こえた以外には、クラウの感情を窺い知る事は出来ない。
 それでも怒りに震えるような殺気は伝わってきた。
 数十秒経ち、遂にクラウの怒りは爆発する。

「何で、ミユにだけそんな事……!」

「きっと神様なりに気を遣ってくれたんだよ」

「それなら、他にだってやり方があるじゃん!」

 私は他の方法なんて思い付かない。
 一度冷静になってもらおうと、身体をクラウの方へと向ける。

「私は大丈夫だから」

「大丈夫じゃない! 大丈夫なら、朝食も昼食も夕食も半分以上残したりなんかしない!」

 どうすれば怒りを鎮めてくれるだろう。回らない頭をフル回転させてみる。

「話も上の空だったし、表情だって暗かった!」

「それは……クラウが心配だったから。神様のせいじゃないよ」

「えっ?」

「たった一人遺されたクラウがどうなっちゃうのか……怖いの」

 カノンに先立たれたリエルは嘆き、無茶をし続けて、たった一か月で死んでしまった。クラウまでもがそうなってしまうのではないかと、怖くて堪らないのだ。耐え切れず、身体に掛かっている毛布を右手でぎゅっと握り締める。

「……確かに、死ぬ程辛いと思う」

 クラウは細い息を吐き、数秒間を置く。

「魔法が使えたなら……リエルみたいになってないとは言い切れない」

「でしょ?」

「でも、やっぱりそれは違う。リエルはカノンの弔い方を間違えたんだ。俺ならそんな事はしない。カノンの分まで生きようとすると思う。だから、ミユ」

 静まり返った部屋に時計の秒針の音だけが響く。

「俺は大丈夫。心配しないで」

「信じて良い?」

「うん」

 そのあまりにも優しい声に、又しても涙が溢れる。
 言って良かったのだろうか。
 多分、これで良かったのだ。信じよう。
 鼻を啜りながら、枕で顔を拭う。

「明日、目、腫れちゃうよ?」

「今日くらい泣かせてよ~……」

 「あはは」と小さく笑うクラウに、見えもしないのに頬を膨らませてみる。
 誰のせいでこんなに胸が苦しいのか考えてみて欲しいものだ。辛くて、苦しくて、温かい。幸せを噛み締められる。

「ミユ」

「何~?」

「世界の誰にも負けない、温かい家庭を築こう」

 その言葉の真意が何処にあるのかは分からない。それでも「うん」と小さく頷いた。
 安心したのか眠気には抗えず、それから三十分も経たずに眠ってしまった。

――――――――

 瞼が熱を持っている。やはり、泣いたせいで、瞼は腫れてしまったらしい。
 朝日を感じながら瞼を抉じ開けると、キャサリンの顔が視界に覗いた。

「あら? ミエラもなの?」

「えっ?」

「瞼、腫れてるから」

 そうではない。私『も』とはどういう意味だろう。
 少し心配そうに様子を窺うキャサリンに、首を傾げてみる。

「クローディオもなの」

「へっ?」

 若干驚いて隣を見ると、上半身を起こしたクラウがそこには居た。瞼がパンパンに腫れている。
 キャサリンに手伝ってもらいながら、自身の上半身も起こし、顔だけクラウと向き合う。

「夜中は私の事、笑ったくせに~!」

「そうだったかな」

「そうなの~!」

 膨れる私に、クラウは笑いながら頭を掻く。何を言っても無駄だろう。
 その様子を見兼ねたのか、キャサリンはベッドとベッドの間に割って入る。

「二人とも喧嘩しないの。誰か!」

 お母様が声を張り上げると、一人のメイドが部屋にそろそろと入ってきた。

「クローディオとミエラの水嚢と飲み物を持ってきて頂戴」

「かしこまりました」

 いつも通りメイドが丁寧に部屋の外に戻ると、クラウは扉の方を見詰めたまま、小さく呟いたのだ。

「あんな事があったら……泣くなって言う方が無理だよ……」

 まるで空気に吸い込まれるように、儚く萎んでいった。
 キャサリンにも聞こえていた筈だ。それでも何も言わない。きっと、聞いても私たちは何も言わない事を分かっているのだろう。
 確かに、泣くなと言うのは無理がある。私がクラウの立場だったなら、涙が枯れ果てていてもおかしくはない。
 抱き着いてしまいたいのに思い通りにならないこの身体が恨めしくて堪らない。
 初春の便りが届いたのはその日の午後だった。
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