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第24章 逃れられない現実
逃れられない現実Ⅳ
しおりを挟むそうしている間に、本当に眠ってしまったらしい。次に目を開けた時にはまだ明るかったから、夜にはなっていないだろう。
視界ははっきりとしていて、霞は晴れていた。
それにしても良く眠っていた気がする。
小さな欠伸をして、近くに居たヒルダに視線を送ってみる。
「ミエラ、おはよう」
「お姉様」
「どうかした?」
「ううん、今日の夜ご飯は何かなぁって」
薬草リゾット以外ならば、何でも嬉しい。
何故かヒルダは苦笑いをする。
「それよりも昼食でしょ? ミエラ、昨日の朝食から何も食べてないから、お腹空いてるでしょ」
「えっ?」
「昨日の夕食前に、お母様が起こしても起きないから、皆心配したんだから」
という事は、私が考えているよりも一日多く過ぎてしまっているのだろうか。
あんな事が起きたのだから、無理もない話だった。
「クローディオは?」
「今は眠ってる。泣き疲れちゃったみたい」
ヒルダは枕元の方まで移動すると、私とクラウの天蓋の布を捲ってくれた。お陰で見る事が出来たクラウの寝顔は、泣き疲れて眠っているとは思えない程穏やかなものだった。
「この天蓋、ちょっと邪魔だよねー」
ヒルダは結んであったカーテンロープを持ち、ベッドの後ろ側へ回ると、そこで天蓋の布をお互いの顔が見えるように結び直してくれた。
「これで良し……っと」
意気揚々と戻ってくるヒルダに、思わず笑みが零れる。胸がずきりと痛む。
「この傷、いつ治るかな……」
「毒飲まされた時に、暴れちゃったからね。一か月はかかるんじゃないかってお医者様は言ってた」
「そっかぁ」
まさか、そんなにかかるとは。ずっとベッド生活だと考えると、気が滅入ってきそうだ。
「カイルともまだ会っちゃ駄目?」
「駄目だよ。カイルがじゃれてきて傷に触ったら、大変だもん」
「む~……」
安静期間の話し相手兼、癒し要員になるであろうカイルとも会わせてくれないなんて。
「傷が治ったら、いっぱい遊んであげれば良いじゃん」
「そうなんだけど……」
カイルもきっと寂しい思いをしていると思う。カイル、急に会えなくなってしまってごめんねと、心の中で謝ってみる。
そこへ扉が開き、キャサリンが部屋へと入ってきた。私の顔を見ると、にっこりと微笑む。
「ミエラ、おはよう」
「おはようございます」
「ヒルダ、昼食食べてらっしゃい」
「うん。行ってくるね」
ヒルダは身を翻し、私たちに向かってひらひらと手を振りながら廊下へ出ていってしまった。
キャサリンは此方に歩み寄り、私の髪をさらりと撫でる。
「ミエラ、お腹空いたでしょう? ちょっと待ってね」
頷くと、キャサリンはクラウの枕元に立つ。
「クローディオ、起きなさい? 昼食の時間ですよ」
クラウの顔はキャサリンの陰になって見えない。それでも、「ふわぁ……」と欠伸をするクラウの声は聞こえてきた。
「ミエラ、起きた?」
「ええ。目もしっかり見えているようですよ」
キャサリンは一歩身を引いて、クラウの顔が見えるようにしてくれた。私の顔を見た途端に、クラウは目を潤ませる。
「良かった……。ミエラ……」
そして、左手をこちらに伸ばしてきた。私も右手を伸ばし、クラウの左手をぎゅっと握る。
「もう大丈夫だよ。私は大丈夫」
「うん」
微笑み掛けるとにっこりと笑い、手をきつく握り返してくれた。
「さあ、貴方たちも昼食にしましょうか。お腹空いてるでしょう?」
「うん。ミエラの目が覚めたら、一気にお腹空いてきちゃった」
三人で「ふふっ」と笑い合う。
ライアンの手で上半身を起こされると、手際良くルーナが食事を運んできてくれた。シェフが気を使ってくれたのか、今日はリゾットではなかった。トマトソースがかかったペンネだ。その横には薬草の天麩羅のようなものがある。
これなら美味しく食べられそうだ。
「やった! ペンネだ! 薬草リゾットじゃない!」
隣のベッドから歓声が上がった。まるで子供のようなはしゃぎように、思わず笑いが漏れる。
「そんなにリゾットは嫌だったの?」
「うん、苦いし飽きた。ね、ミエラ」
「うん。しばらくは食べたくないよ~」
食事の筈なのに、まるで薬を食べているような感覚なのだ。出来る事なら、もう口にはしたくない。
私たちの反応にキャサリンは小さく笑うと、ソファーに腰掛ける。
「私はこちらでお茶でも飲ませてもらいますね」
「うん」
久し振りの食事らしい食事に心が躍る。フォークをしっかりと持ち、ルーナに支えてもらっているお皿の中身を食べ進めていく。
先にペンネを食べてしまい、薬草の天麩羅が残った。恐る恐る塩を付けて頬張ってみると、リゾットの時よりも苦みは感じなかった。ほうれん草を天麩羅にした感じ、と言えば伝わるだろうか。
ぺろりと料理を食べ終えてしまい、お腹を擦ってみる。少し食べ足りないけれど、美味しかったので満足だ。
「そう言えば、お父様とお兄様とリリーとスチュアートは?」
辺りを見回してみても、気配すら感じない。
キャサリンはカップをソーサーの上に置くと、此方に振り向いた。
「ルーカスとセドリックとスチュアートは、これ以上お仕事を休む訳にはいかないらしくて。リリーは後でお見舞いに来てくれると思いますよ」
そうか、仕事の事まで配慮が行かなかった。一週間以上、毎日顔を見に来てくれたというだけでも、相当心配してくれていた証拠だろう。
キャサリンの言葉通り、午後二時過ぎにはリリーも見舞いに来てくれた。久し振りに、クラウと共に和やかな昼下がりを過ごしていた。
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