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第24章 逃れられない現実

逃れられない現実Ⅱ

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「お昼まで我慢させるのは可哀想ね……。ルーナ」

「はい」

「胃薬があるかどうか聞いてきてくれる?」

「かしこまりました」

 そんな会話が聞こえると、扉が閉まる音と共にルーナの気配が消えた。

「ミエラ、大丈夫?」

「何とか……」

 何故、こんなにも急に胃痛に襲われたのだろう。考えてみたものの、やはりストレスが重なった事以外には考えられない。
 早く良くならないだろうか。唸りながら、酷くなっていく痛みに耐える。

「胃潰瘍、とかじゃないですよね」

「こんなに急に胃痛から胃潰瘍になるなんて……聞いた事が無いわ」

 大変な病気でなければ何でも良い。早く良くなって。早く――

「奥様」

「胃薬はあった?」

「それが、丁度切らしているようで……。今、薬師に調合して頂いています」

 そんな、まだ薬無しで耐えなくてはいけないなんて。このままでは、本当に胃潰瘍になってしまいそうだ。
 永遠に思えるような時を過ごしながら、遂に呻き声を上げてしまった。

「お母様が亡くなった心労が祟ったんでしょうか」

「多分、そうでしょうね……」

「医者も呼んだ方が良いでしょう。俺が行ってきます」

「待って。私が行ってきます。何かあった時には、男手が必要かもしれませんから」

 スチュアートが小さく「お願いします」と言った声が聞こえたかと思うと、私の背中を撫ぜる手が離れていった。次いでキャサリンの気配も消える。

「俺だけじゃ頼りないかもしれないけど、叔母様が戻ってくるまでの辛抱だから」

「うん……」

 今度は、代わってスチュアートが背中を撫で始めてくれた。人の温もりのお陰で、少しだけ痛みが和らいでくれているのかもしれない。
 ありがとうと伝えるのも難しく、ただ痛みに耐えていると、扉の開閉音が聞こえた。

「ミエラ様、お薬が出来ました!」

 やっとルーナが薬を持ってきてくれたのだ。スチュアートの手を借りながら身体を起こすと、ルーナはティーカップを手渡してくれた。中には焦茶色の液体がなみなみと注がれている。

「これをお飲みください。きっと痛みが和らぐ筈です」

 無言で頷き、一気にその薬を飲み干した。渋い味が口いっぱいに広がる。
 以前、キャサリンも『良薬口に苦し』と言っていたし、渋みは我慢しよう。そう思った時だった。
 何だか口内が痺れている感覚がする。それに、喉に違和感があるような――
 何度か咳払いをしてみる。それでもその感覚は無くならない。

「ミエラ?」

「喉が……変なの……」

 声も掠れてしまっている。
 更に咳払いをしていると、段々と喉が詰まってくるというか――気道が塞がってきている気がする。息苦しい。
 口をパクパクと動かして、何とか空気を取り込もうと必死にもがく。
 この異常事態に、スチュアートが黙っている訳もない。
 スチュアートは膝の上に転がったティーカップを手にすると、僅かに残った薬を指で掬ってひと舐めした。

「これは……薬なんかじゃない! 毒だ!」

「えっ!?」

「ルーナは早く叔母様の所に!」

「はっ……はい!」

 悲鳴にも似た二人の声が籠って聞こえる。
 一体、誰が私に毒を――
 既に僅かな空気さえも取り込む事が出来ず、スチュアートの腕を血が滲む程に握り締めていた。

「ミエラ! ミエラ……!」

 叫び声が微かに聞こえる。意識はどんどん遠のいていく。
 皆、私の身を案じてくれたのに。心遣いも無駄に終わってしまった。
 クラウ、ごめんね。お母さん、そっちにいったらよろしくね。口にする事も出来ず、意識は闇へと沈んだ。

――――――――

 温かな風が私の身体を、頬を撫ぜる。
 横たわりながら瞼を開けると、視界いっぱいに青空が広がった。
 此処は何処だろう。
 胸の痛みも、胃の痛みも、息苦しさも何処かへ行ってしまった。
 「はぁ~……」と大きく息を吐き、ゆっくりと体を起こす。
 何処までも広がる草原の先には、女性が一人佇んでいた。
 茶色の長い髪に、赤褐色の瞳、緑色のロングワンピースよう間違いない。あれは母だ。
 さっと立ち上がり、母目掛けて大地を蹴っていた。直ぐに母の元へと辿り着き、その胸へと飛び込んだ。

「お母さん……!」

「ミエラ! どうして此処に!?」

「分かんない。私、気付いたら此処に居て……」

 極寒の地であるサファイアに居た筈なのに。まるで此処はエメラルドのようだ。
 兎に角、会えて本当に良かった。詫びる事が出来るから。

「お母さん、ごめんね」

「どうして?」

「お母さんを助けられなかった……!」

 遂に感情が溢れ、涙が頬を伝う。
 わんわんと泣き始めてしまった私を、母はそっと抱き寄せる。

「そんな事無いわよ。ミエラは私の元に来てくれたから」

「行けてない……! 地震の時、私はサファイアに……!」

「そうじゃないの」

「えっ?」

 言葉の意図が分からず、首を傾げてみせる。

「本当の娘を亡くした私たちの元に、貴女は来てくれた」

 一瞬、頭が真っ白になった。
 母は、私が本当の娘ではない事に気付いていたのだろうか。

「貴女は私たちの心の隙間を埋めてくれた。幸せだった時を思い出させてくれた」

 母の顔は見えないけれど、声は僅かに震えている。
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