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第22章 リピート

リピートⅣ

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「ミエラ、忘れ物は無い?」

「うん。大丈夫……な筈」

 自室で一度、ボストンバッグの中は確認してある。抜かりは無い筈だ。
 エントランスで外へ出る支度を整え、クラウと向き合う。

「じゃあ、行こっか」

「うん」

 プレゼントの入ったボストンバッグはクラウに持ってもらい、送り出しに来てくれたルーカス、キャサリン、それにルーナとライアンに手を振ってみせる。

「行ってきます」

「楽しんできてね」

「はい」

 クラウと笑い合い、手を握る。
 開け放たれた扉の先は粉雪が舞っている。まるで花弁のようにゆっくりと大地に降り注ぐ。空の向こうには天使の梯子まで現れている。
 きっと今日は良い日になるだろう。
 前方を見てみれば、既に馬車は停泊していた。そのすぐ傍で御者が片手で頭を抱え、俯いているのが気になる。

「大丈夫?」

 声を掛けると御者ははっと顔を上げ、頭を軽く振った。

「ちょっと頭痛がしただけです。直ぐに治るでしょう」

「そっかぁ。でも、あんまり無理しないでね?」

「はい。ありがとうございます」

 今一度、御者は頭を振り、てきぱきと馬車用の小さな階段を出した。
 クラウにエスコートされ、いつも通り馬車に乗り込む。
 手綱が馬をはやし立てると、馬車は軽やかに進み始めた。

「折角リリーの誕生日なんだから、晴れてくれても良かったのになぁ……」

「天気ばっかりはしょうがないよ。その分、俺たちが盛大に祝ってあげよう?」

「うん、そうだね」

 今日はリリーの屋敷では何をするのだろう。お茶とお菓子を楽しみ、カードゲームやボードゲームをしたり、外に出てかまくらを作ったり――まるで子供が思い付くような事しか頭に浮かんでこない。
 物思いに耽りながら、窓の外をぼんやりと眺めてみる。
 いつもよりも人通りが多く感じるのは気のせいだろうか。商店街に続く道を、大小のバッグを持った人々が往来している。

「今日、人多いね~」

「もうそろそろ年の瀬だからね。年越しも兼ねて、皆、買い物を楽しんでるんだよ」

「もうそんな時期なんだぁ……」

 サファイアは街の風景も気候も変わらないので、季節感が無い。もう今年が終わってしまうという事に驚きを隠せなかった。
 地球では、皆がクリスマスだとはしゃいでいる時期なのだろうか。

「また、クラウと一緒に買い物行きたいな~」

「明日、一緒に行く?」

「良いの?」

「うん、勿論だよ」

 次から次へと楽しいイベントが舞い込んでくる。ワクワクしっぱなしだ。
 その一方で、エメラルドの人々は地震のせいで今も苦しんでいる。
 私ばかりが楽しい思いをしても良いのだろうか。ルーカスとキャサリンには良いと言われたけれど、どうしても考えてしまう。

「エメラルドの事考えてた?」

「うん」

「無事を確認出来たら、一緒に喜び合えば良い。それまではいつも通りで良いんだよ」

「うん」

 地震が起きてからというもの、不安が取り除けない日々が続き、体調を崩してしまっただろうか。何だか身体がふらふらとする。

「今日、何だか変なの。身体がふらふらする……」

「俺もなんだよ。ふらふらって言うか、ふわふわって言うか、なんか変な感じ」

 二人とも眩暈のような症状に襲われるなんて。まさか、私たちの身体が揺れているのではなく、馬車が揺れているのだろうか。
 前方の小さな覗き窓から前方を確認してみる。
 ――居るべき人がそこに居ない。

「御者、何処に行ったの!?」

「えっ!?」

 クラウも一緒になって前屈みになり、覗き窓を穴が開く程見てみる。何度見ても同じ、そこに御者の姿は無かった。
 私たちが動いたせいなのか、馬が何かに躓いたのか。馬車は突如として暴走を始めた。右に左に揺さぶられた拍子に、座席から転がり落ちてしまった。

「きゃあっ!」

「ミユ!」

 床に突いた掌と膝がじんじんと痛む。
 それよりもどうしようもない程の恐怖に襲われる。馬車が止まらなければ、私たちはどうなってしまうのだろう。
 私の前にしゃがみ込んだクラウに必死にしがみ付いた。

「馬車を止めなきゃ!」

「どうやって……!?」

「馬車の扉から伝って馬に飛び移る!」

 そんな事が出来るのだろうか。どうか、危ない事をしないで欲しい。下手をすれば、馬車から落ちて怪我をするどころか、車輪に巻き込まれて死んでしまう。
 「行かないで!」と言う代わりにクラウのコートを掴む手に思い切り力を込める。

「ミユ!」

 思い切り首を振り、尚も抵抗を試みる。
 とその時。

「……う……ッ……!」

 クラウが苦しそうな、くぐもった声を発したのだ。

「クラウ!?」

 声を掛けても、何も答えてはくれない。

「クラウ! どうしたの!?」

 もう呼び声は怒鳴り声に近い。それでも駄目だ。
 私の身体を抱き締めるクラウの腕から力が抜けていく。

「ミユ……。愛……して……る……」

 そう囁いたと思ったら、クラウの身体は重たい音を立てて床に崩れ落ちた。

「クラウ……?」

 クラウの身に何が起きたのだろう。訳が分からず、クラウの身体を右手で揺さぶっていた。

「ねえ、クラウ……!」

 いくら揺さぶっても返事どころか反応もしてくれない。
 ふと、クラウの胸の方に視線は移動していた。そこには赤い染みが出来ていて、周りの床を徐々に赤く染め上げていく。

「い……いや……!」

 何故、胸から血が出ているのだろう。
 咄嗟に横向きになっていたクラウの身体を仰向けにし、懐からハンカチを出してクラウの胸に押し当てた。数秒も経たず、ハンカチは真っ赤に染まってしまった。

「何で……!? 誰か……誰か、助けて……!」

 このままではクラウが死んでしまう。でも、私の叫びは馬車に掻き消され、誰にも届いてはいないのだろう。
 涙が両頬を濡らす。
 その叫び声は突然聞こえた。

“死ね!”

 頭の中に響き渡り、はっと顔を上げる。
 その時、右胸に百年前にも感じた激痛が襲ってきたのだ。

「……あ……ッ……!」

 焼けた金属が胸を貫いているようだ。熱い。苦しい。目が霞む――
 耐え切れず、クラウの身体の上に崩れ落ちた。
 このまま私も死ぬのだろうか。そんなの、絶対に嫌だ。

「クラ……ウ……」

 死にたくない。死なせたくない。何とか意識だけは保とうとしたけれど、無理なようだ。意思とは真逆に視界は狭まっていく――
 意識が最後を迎えようとした時、床がぐらりと傾く感覚がした。
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