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第22章 リピート

リピートⅢ

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 二人は直ぐににっこりと微笑む。

「婚約発表でのストールを縫い上げた時にも思ったが、腕前も相当のものだ」

「本当にお店でも開けそう」

「それ、ホントにしちゃう?」

 最初は冗談だと思った。私が店を開くなんて、出来る筈が無いと。
 しかし、クラウの瞳はやる気に満ちていて冗談とは思えなくなった。

「ミエラが良いなら、ね。商店街の一部は父さんの土地じゃん? やろうと思えばいくらでも出来る。勿論、今直ぐに結論出せなんて言わないけどね」

「でも、私、接客なんて……」

「接客なら店員を雇えば良い。あくまでも、ミエラは作品の制作だけだよ」

 私には余る程の時間があるし、それなら出来るかもしれない。

「ちょっと考えてみるね」

「うん」

 クラウたちの感性を信じない訳では無い。ただ、身内だけではなく、他者の反応も見てみたい。
 兎も角、今はリリーのプレゼント作りに集中しよう。「ふぅ……」と息を吐き出し、再び針を手に取った。ひと針ひと針慎重に縫い進めていく。
 私以外の三人は地震の事は一切口にはせず、楽しそうに世間話をしていた。それだけで、私の気を地震から遠ざけてくれる。
 部屋に閉じ籠らず、リビングに居て良かった。
 少し肩が凝り始めてしまったので、一度針を置き、肩をぐるぐると回してみる。

「ミエラ、また明日から勉強は再開するからな。明日は侯爵家の勉強だ。予習しておくように」

「ダンスもですよ。ワルツの次はカドリールを覚えてもらわなくちゃ」

「馬にもそろそろ会わせてあげたいな。乗馬は無理だけど、餌やりなら出来るし」

 どうやら刺繍以外にもやらなければいけない事は山ほどあるようだ。私に全てこなせるだろうか。段々と心配になってきてしまった。

「私、大丈夫かなぁ……」

 心の声が現実にも漏れてしまって。「う~ん……」と唸り声を上げてみる。

「大丈夫だよ、今まで全部出来てたんだから――」

「クローディオ様、ミエラ様」

 突然の声に振り向いていた。開け放たれた扉の前には険しい顔をしたライアンが居た。
 ライアンはお辞儀をすると、此方に近付いてくる。開けっ放しになっていた扉はメイドたちが閉めた。

「ご報告が。今はまだ、ハウランダー子爵家の皆様の安否は不明だそうです。王都の被害もまだ把握出来ていないようで……。今も救助作業は夜を徹して行われていて、生存者も沢山居るそうです」

「分かった。引き続き調査を」

「はい」

 急ぎお辞儀をすると、ライアンは部屋の外へと消えていった。
 地震の翌日に王都から離れた地域の被災情報など、此方に届く筈が無い。分かってはいたけれど、心に重たい何かが圧し掛かる感覚がした。
 どうか全員無事でいて。胸の前で手を組んでみる。願いが途切れる事は無い。

「ミエラ」

 クラウに呼ばれ、隣を見上げてみる。憂いに満ちた瞳がそこにはあった。言葉にはせず、互いに温もりを求め合う。クラウも私の家族とは顔を合わせている。きっと他人事ではない筈だ。
 この重苦しい空気のまま夕食の時間を迎えてしまった。四人でダイニングに移動し、ペンネグラタンを頬張る。何時もより料理の品数は少ないけれど、食欲が無い今夜は丁度良い量だ。
 早々に夕食を終え、クラウとお母様と三人でリビングへと戻った。ルーカスは残った仕事がある為、部屋で片付けてしまうと言っていた。
 三人でローズヒップティーを飲みながら、一息つく。
 その言葉はキャサリンの口から唐突に発せられた。

「お父様が居ないから聞くけれど……エメラルドの地震に何も心当たりは無いの?」

「えっ……?」

 心当たりが無いと言えば嘘になる。無かった事になっている史実と同じ事が起きたのだから。
 でも、それをお母様に話してしまって良いのだろうか。

「何も無いよ。俺たちも混乱してる」

「そう……」

 クラウも同じ結論に達したのか、それとも無かった事になっている史実とは関係無いと割り切ったのか。きっぱりと断言してみせる。

「話したくない事は無理には聞かない。でも、私はお父様よりも知識はあるから……頼りたくなったら頼って良いのよ?」

「……うん」

 キャサリンがそう言っても、クラウは頼るような事はしないのだろう。元々そういう人だから。
 私も自ら頼る気にはなれず、返事をする事が出来なかった。
 僅かな間、沈黙が流れる。

「母さん」

「何?」

 クラウは意を決したように、真っ直ぐにキャサリンを見る。

「母さんは俺たちが怖くないの? こんな不気味な左目を持った俺たちの事」

 キャサリンは一瞬きょとんとした表情になった。しかし、直ぐに微笑んで首を横に振る。

「何言ってるの? 貴方は私の息子よ? 怖い事なんて何もありません。私には疚しい事だって何も無いし」

「そっか……」

 何か思うところがあったのだろう。クラウは瞼を閉じ、軽く首を横に振る。

「ごめん、変な事聞いちゃった。今のは忘れて」

「そうしますね」

 言いながら、キャサリンは「ふふっ」と笑う。
 私もカップを手に取り、お茶を口に運んだ。
 ほんわりと優しい時間はあっという間に過ぎ去り、私たちは午後十時には各部屋へと戻った。眠れないかと思いきや、昨夜殆ど眠れなかったせいもあってかベッドに入ると数分も経たずに夢の世界へと訪れていた。
 それから三日間、私の家族の情報に進展は無く、無駄に時間だけが流れていった。
 気持ちが晴れ晴れとしないままリリーへのプレゼントを縫い上げ、誕生日会当日を迎える事となる。
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