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第21章 オーロラ

オーロラⅠ

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「ミエラ、やっぱり変だ」

 昼食の最中に、突然クラウが声を上げた。

「昨日、何があったの?」

 言われ、昨日のお茶会での出来事を思い返してみる。
 どうしても気分が落ち込んでしまう。食事の手を止め、俯いてしまった。

「ずっとこんな調子じゃ、心配だよ」

「クローディオ、今言う事じゃないでしょう? 食事の後にしたら?」

「でもさ」

 右側から視線を感じるものの、振り向く事が出来ずにいた。
 仕方が無く口を開く。

「ご飯の後で部屋に行っても良い?」

「うん。じゃあ、待ってるから」

 きっと、今は納得してくれていないのだろう。それでもクラウが食事を再開したのを気配で察知する事が出来た。
 私も食べられる分は食べておこう。カルボナーラスパゲッティに再び手を伸ばし、味気ない食事を口にする。半分ほど食べたところで手が進まなくなってしまった。小さく息を吐き、シルバーをテーブルの上に戻した。

「ご馳走様でした」

 小さく呟くと、そろそろと立ち上がる。

「ミエラ、もう良いの?」

「はい……」

 キャサリンの問いにも何となく答えてみる。そのまま挨拶もせずにダイニングを出た。
 いつまでも落ち込んでいては駄目なのに。覚悟は出来ていた筈なのに。
 ふらつく頭を右手で抑え、何とか自室へと辿り着いた。そのままその場にへたり込む。
 茨の道を行くと決めたのは私だ。しっかりしなくては。
 大きく息を吐き出すと、先程から私に飛び付いて顔を舐めようとするカイルの頭を撫でた。

「カイル~、私、駄目だね。しっかりした主人じゃなくてごめんね」

 中学生の頃、嫌がらせを受けていたからだろうか。その頃の記憶も相まって、余計に心を抉る。

「くーん……」

「カイルは優しいね~」

 カイルを撫でていると胸がほんわりと温かくなってくる。犬の癒し効果は絶大だ。
 私を元気付けようとしてくれているのか、カイルは私の手を離れてボールに駆け寄ると、パクリと咥えてそれを持ってきた。尻尾を振って私を遊びに誘う。

「そうだね、遊ぼっか~」

 こうしていると、大分気が紛れる。ボールを右手で持つと、軽く投げてみる。それはソファーの壁面にぶつかって、角度を変えた。
 急な進路変更にも対応し、カイルは楽しそうにボールを追い掛けて咥えると、再び私の所へ戻ってきた。円らな瞳がどうしようもなく愛おしい。

「今度はこっちで投げてみるね~。上手くいくかなぁ」

 医者には怒られるかもしれないけど、今度は左手でボールを掴もうと試みる。ボールの大きさはテニスボールの大きさと然程変わらないので、掴むのはやはり難しそうだ。
 ボールが変な所へ転がっていってしまう前に、右手に変更してボールを投げた。先程とは違って真っ直ぐに転がっていくボールを、カイルはあっという間に咥えてしまった。
 へっへっと息を少し荒くしながらも、カイルはボールを咥えて戻ってきて、私の右手の傍にポトリと落とす。

「クラウ、戻ってきたかなぁ。カイル~、どう思う~?」

「わん!」

「そっか~、戻ってきてるよね~」

 勝手にカイルの返事を解釈し、首を傾げるカイルの頭を撫でた。
 話すのには少し勇気が要るものの、このままにしていても解決はしないだろう。
 ゆっくりと立ち上がり、三回深呼吸をした。

「カイル~、一緒に行こう~」

 返事をする代わりに目を輝かせるカイルに、何とか微笑み掛けてみる。二人揃って部屋を出て、クラウの部屋を目指した。
 先ず、何から話せば良いのだろう。最初から陰口を言われて傷付いた事を伝えてしまっては、これからはお茶会どころか、遊びに行く事すら反対されてしまうかもしれない。
 リネットとアンジェラという新しい友達が出来た事を先に伝えよう。
 少し頭の中が纏まった所でクラウの部屋の前に辿り着いた。右手で拳を作り、三回扉を叩く。気乗りはしないまま、扉を開けて中を覗き込んでみる。

「ミユ」

 そこには微笑んではいるものの、少し心配そうな表情をしたクラウが居た。こちらにやってくると、私の頭を優しく撫でる。

「取り敢えず、中に入って。話すのはゆっくりでいいからさ」

「うん……」

 クラウがソファーに座った為、私も隣にちょこんと腰を下ろしてみる。
 カイルは私の塞いだ心を知ってか知らずか、部屋の中を駆け回り始めた。

「昨日、良い事もあったんだよ? リネットとアンジェラっていう子なんだけどね? 私に話し掛けに来てくれて、友達になれたの」

「ファルク侯爵とベイシル子爵のご令嬢か」

「そこまでは知らなかったけど……凄く感じの良い子たちだった。ルーゼンベルクに招待する約束もしたんだ~」

「そっか、良かった」

 クラウはにっこりと微笑むと、私の右手を握る。
 それなのに、その次の出来事が言葉として口から出てきてくれない。

「大丈夫。ゆっくりで良いよ」

「うん……」

 私の旦那様になる人がこの人で本当に良かった。焦らせる事無く、私が話せるようになるのをいつまででも待ってくれる。

「でも、やっぱりね? 嫌な事もあったんだ~」

 思い出すと、やはり言いづらくなってしまう。私のたった一言で、メイベルとルイーザに対するクラウの評価ががらりと変わってしまいそうだからだ。
 「ふぅ……」と息を吐き出し、言葉を選んでいく。

「そんな事を言う人が、あの中に居るとは思ってなかった。言われるとしても、イライザたちなんだろうなって思ってた」

「……うん」

「……ごめんね、言葉が纏まらなくて」

「大丈夫だよ」

 繋いでいる手に少しだけ力を籠める。
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