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第19章 サファイア観光

サファイア観光Ⅲ

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 外着をそろそろと脱ぎ、クラウに手渡した。それを彼は、丁寧に壁に掛けてあったハンガーに掛ける。
 窓の外では子供たちが雪合戦をして遊んでいる。

「俺にもあんな頃があったんだな……」

 クラウも窓の外を見てほうっと耽っている。

「クラウも雪合戦したの?」

「うん、したよ。姉さんとリリーとマーガレットと、四人でね。俺だけ男で狡いって言われたよ」

 如何にも子供らしい会話だ。想像するだけで可愛らしい。
 二人で「ふふっ」と笑い合う。

「ミユは雪合戦したの?」

「うん。学校に行ってたから、校庭で、クラスの皆で」

「学校、か。行ってみたかったな……」

 クラウは小さな吐息を吐く。その瞳は懐かしさからか、優しいものになっている。
 少しだけクラウの過去に触れられた気がする。嬉しくて私も微笑んでいた。
 そんなささやかな幸せな時間も、直ぐに搔き消えてしまう。

「ねえ、あの方たち魔導師様じゃない?」

「えっ? 確かにオッドアイだけど――」

「サイン、貰いに行こう?」

「えっ!?」

 喫茶店にもう一組居た女性二人組の声が聞こえたかと思えば、そのうちの一人が此方に向かって走ってきていたのだ。自身のノートと喫茶店に置いてあった羽根ペンを持ち、此方に差し出す。

「あの……サイン下さい!」

 瞼を閉じていて、必死な表情だ。
 私たちのサインにそんなに価値があるのだろうか。

「でも、私たち、サインする程大した者じゃ――」

「良いよ。サインくらい」

「本当ですか!?」

 クラウはその女性からぶっきらぼうにノートとペンを受け取ると、開かれていたページにスラスラと自身の名前を書いてしまったようだ。
 嬉しそうにノートを受け取ると、女性は驚愕の表情へと変わった。

「ヴァルターって……あの、公爵家の……?」

「そうだけど」

 クラウが返事をすると、途端に女性の顔は青ざめる。

「申し訳ございません! この子、世間知らずで……! 本当に申し訳ございません!」

 いつの間にか女性の隣に来ていたもう一人の女性が、思い切り頭を下げた。
 一緒にサインをねだった女性も、深々と頭を下げる。

「服装で貴族の方だって分かるでしょ!? 何で急に行っちゃうかなぁ」

 友人の愚痴に答える事も出来ないらしい。

「私もサイン、書きましょうか……?」

 何だか女性二人が気の毒になってきてしまい、自ら申し出ていた。
 二人ははっと顔を上げる。

「良いんですか……?」

「うん」

 今にも泣きだしそうな目を私に向け、女性はおずおずとノートを渡してくれた。

「ねえ、苗字、どっちが良いかなぁ」

「俺と一緒にして」

「分かった~」

 その場のノリで返事をしてしまったものの、サインとは普通に自分の名前を書いて良い物なのだろうか。
 クラウの筆跡を見て、少しだけ達筆さを出してみた。ミエラ・ヴァルターと書きなぐる。クラウと同じ苗字なのが少し照れてしまう。

「あの、同じ苗字って……?」

「俺たち、昨日婚約発表したんだ」

「えっ!?」

「だから、地の魔導師様がサファイアに……」

 ノートを返すと、女性はそれをぎゅっと抱き締める。

「私、これ一生大事にします! ありがとうございます……!」

 頭を下げてそそくさと立ち去る女性たちに、手を振ってみた。
 席に戻っても嬉しそうに話す女性たちの声が僅かに此方まで聞こえてくる。

「私たち、すっかり有名人みたい」

 何だか不思議な気分だ。
 魔導師の頃は殆ど仲間たちとだけの生活を送っていたから、実感が沸かない。

「俺も不思議な気分だよ。貴族として見られる事はあっても、魔導師として見られる事は無かったから。もう魔導師は辞めたのに」

「だよね~……」

 旅行する度に、こんな風に好奇な目で見られる事があるのだろうか。
 これからは少し覚悟がいるのかもしれない。

「お待たせ致しました。ココアと本日のお勧めのオレンジタルトです」

 そんな時、不意に店の女性がデザートを持ってきてくれた。先に私、次にクラウの席にココアとオレンジタルトが並べられる。
 ココアは湯気を立てて甘い香りを放っているし、オレンジタルトは瑞々しい橙色に輝いているしで、美味しそうで仕方が無い。

「あの、申し訳ありませんが……」

 女性は遠慮気味に私たちへ話し掛ける。

「よろしければ、この店にもサインをお願い致します。お客様の話を聞いていたら、どうしても飾っておきたくなってしまって……」

 これには私もクラウも思わず吹き出してしまった。「あはは」と苦笑いが漏れる。

「分かりました。お会計の時に」

「ありがとうございます……!」

 クラウの返事を聞くと、女性は目を輝かせた。その純粋な反応に、今度は微笑みが漏れる。

「サイン頼まれるのは面倒臭いけど、悪い事じゃないのかもね」

「うん」

 サインを書いた相手が喜んでくれるなら、まあ良いか、という気持ちに段々と変わっていた。
 これから行く湖のパンフレットを見ながら、クラウとデザートを楽しむ。どうやらその湖はサファイアで一番小さな湖らしい。
 そう、観光はこれからなのだ。今を楽しまなくてどうするのだろう。
 話に夢中になって、ココアで火傷をしそうになってしまったのは秘密だ。
 デザートを食べて出発の身支度を整える。左手が不自由な私の為に、クラウが身支度を手伝ってくれた。
 店を出ようとすると、店の女性がメモと色紙を二枚持って此方へとやってきた。

「会計は後でルーゼンベルクに請求して」

「かしこまりました。それと……」

 女性はメモを取ると、今度は色紙を近くにあったテーブルに並べる。

「お願い致します」

 そして、差し出された羽根ペンを条件反射で受け取った。
 ノートよりも色紙の方が書きにくい。文字の幅が分からないのだ。
 横目でクラウの色紙に目を遣り、又しても真似てみる。緑のインクでさらさらと書き上げられたサインは見事に中央へと収まった。

「ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる店の女性に微笑み、喫茶店を後にした。
 
「時間があれば、まだ町の中見たかったんだけど……また今度にしよう」

「うん」

 ちょっとだけ残念そうなクラウに頷いてみる。
 そう、二人でこの町に来る機会はまだある筈だ。その時にこの町を堪能すれば良い。
 来た道を引き返し、待ってくれていた馬車に乗り込んだ。
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