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第17章 猛勉強
猛勉強Ⅲ
しおりを挟む「いつもとドレスが違うだけなのに……やはり女性は凄いな」
「でしょでしょ?」
「このドレス、ミエラが選んだんですよ」
「ほう……」
ルーカスがあまりにも優しく微笑むので、思わず「えへへ……」と照れ笑いしてしまった。
「当日が楽しみだ」
言い切ると、ルーカスは満足そうに腕を組む。
「ところでミエラ」
「はい」
「三つの公爵家の名前は?」
突然の質問に一瞬きょとんとしてしまった。でも、直ぐに思い直す。
これは、きっとルーカスの最終試験だ。間違える訳にはいかない。
「ルーゼンベルク、アイリンドル、ハインツベルンです」
「正解! じゃあ、三人の公爵夫人の名前は?」
成程、そう来たか。質問をする順番をいつもと変えてくるとは。
「ルーゼンベルクがキャサリン様、アイリンドルがレイラ様、ハインツベルンがグレンダ様」
「正解! 次に、ハインツベルンの次期公爵の子供の名前は?」
「……ギルバート様とエルトン様です」
「正解! よく覚えていたね」
はっきり『二人』と明言しなかったのも、ルーカスのひっかけだろう。何とか絞り出せた。
ルーカスの隣でヒルダがガッツポーズをする。公爵家の人物を覚えるうえで、一番ややこしいのはこの二人だからだろう。
あとは簡単に思い出すことが出来る。
「アイリンドルとハインツベルンの次期公爵夫人の名前は?」
「アイリンドルがリリー、ハインツベルンがケイリー様」
「じゃあ、公爵の名前は?」
「ルーゼンベルクがルーカス様、アイリンドルがサイラス様、ハインツベルンがエリオット様」
「正解!」
キャサリンは嬉しそうに手を合わせる。これはもう、全問正解したも同然だ。
「最後に、次期公爵の名前は?」
「ルーゼンベルクがクローディオ、アイリンドルがスチュアート、ハインツベルンがグラントリー様」
「ミエラ、良くやったね」
「やったー!」
私よりもヒルダの方が喜んでくれたようだ。嬉しそうに目を細めて私に飛び付いてきた。キャサリンも満面の笑みで拍手をしてくれる。
「本当は侯爵家と伯爵家も教えたかったが……仕方無いだろう。当日、本人に教えてもらいなさい」
「はい!」
ルーカスのお墨付きを貰えたようで、本当に嬉しい。
ヒルダは身体を離すと、私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「ダンスも上手くなったし、刺繡も上手だしさ。ミエラ、自信持ちなね!」
「うん!」
「でさ、このドレス、ウエストぶかぶかでしょ」
言われて、忘れていた事に気付いた。このままでは何の為に衣装合わせをしたのか分からない。
コクリと頷くと、控えていた仕立て屋がメジャーを持って直ぐに採寸してくれた。
仕立て屋はドレスに待ち針を留めながら口を開く。
「ミエラ嬢、本当に何もご存知無いのですね」
「えっ?」
「エメラルドのご令嬢はこんな方ばかりなんでしょうか」
これには流石に困惑と焦りを隠せなかった。
どう答えれば良いのだろう。回らない頭を働かせていると、横から助け舟が出された。
「無駄な詮索はしないで。手だけを動かして」
「……申し訳ございません」
キャサリンがピシャリと言って退けると、仕立て屋はそれ以上口を開こうとはしなかった。
無事に採寸も終わり、ようやくコルセットから解き放たれた。解放感からか、身体に力が入らずにその場にへたり込む。
そんな私を横目に、仕立て屋とメイドたちはドレスを持って部屋から引き揚げていった。
ヒルダは何かを閃いたようで、「ん!」と一声上げると、ルーカスに向き直る。
「お父様も手伝ってよ! ミエラの『えっと』『あの』の禁止処置!」
「ん? 何だそれは」
「一週間、ミエラが『えっと』と『あの』って言ったら罰ゲームするんだよ! 一回言う度に、一分間くすぐりの刑!」
「え~っ!?」
そんなものは今、初めて聞いた。いつの間にキャサリンと取り決めたのだろう。
素っ頓狂な声を上げると、ヒルダはクリクリな目を一生懸命に吊り上げる。
「だって、これくらいしないと、絶対ミエラの癖抜けないじゃん」
「む~……」
だからと言って、この罰ゲームは厳し過ぎではないだろうか。
不服さを露にすると、キャサリンはクスリと笑う。
「可愛らしいじゃない。くすぐりの刑なんて」
「でも……」
「私も協力しよう。勿論、クローディオにも協力させる」
「え~っ!? そんなぁ……」
ルーカスまで敵に回してしまった。言葉通りならクラウまでも。
一週間耐えられるだろうか。先行きが不安過ぎてガクリと肩を落とす。
そんな時、ヒルダが「あっ!」と声を上げた。
「もうこんな時間!? セドリック待たせちゃう! 私、帰るね!」
時計を見てみれば、針は午後四時半を指している。通りで部屋の明かりが点けられる訳だ。
「ヒルダ、気を付けてね」
「うん。また明日来るね!」
ヒルダは手を振り、颯爽と去っていった。
残されたルーカスとキャサリンは「ふぅ……」と吐息をつく。
「ミエラの成長も見届けたし、私はゆっくりさせてもらうよ。また何かあったら呼んでくれ」
「はい。何も無い事を祈りましょう」
「うん、じゃあ、また夕食の時に」
優しい微笑みを残し、ルーカスも部屋から去っていった。
お母様は振っていた手を下ろし、私に向き直る。
「ミエラ、お腹は空いてる?」
「いいえ、そんなに」
「じゃあ、お腹が空くまでダンスしましょうか」
何だか真面に答えた方が損をした気分だ。
膨れる私を余所に、キャサリンはスタスタと蓄音機の方へ行くと、ワルツの音楽を流した。
「膨れてないで踊りましょう。ほら」
「は、はい……!」
有無を言わさず、夕食に呼ばれるまで休み無しで踊り続けた。
――――――――
「……クラウ?」
散歩で話してから、真面に二人きりで話せなかったので、部屋まで来てしまった。
夕食後の静まり返った廊下に私の声が響く。
「ミユ?」
中から声が聞こえ、程無くして扉は開かれた。その場で抱擁を交わす。足元にはカイルも纏わりついてくる。
「何してたの?」
「ちょっとね」
微笑みながら曖昧に答えられてしまった為、部屋の中を覗き見てみた。
テーブルの上に紙が乱雑に置いてある。
「まだ仕事してたの?」
「ううん、爵位授与式と婚約発表の招待状書いてた」
そういう事も自分でしなくてはいけないのか。納得し、クラウとカイルと三人で部屋の中へと足を踏み入れる。
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