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第16章 お散歩デビュー

お散歩デビューⅣ

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 再びカイルのリードを預かり、散歩を再開させる。

「それにしてもさ」

「何~?」

「ペンだけで良かったの? ノートとかインクだって買っても良かったのに」

 言われてはっと気付く。買い物はしても良いとは言われていたけれど、どれか一つとは言われていない事に。

「私、一つだけって思い込んじゃってた~」

 「えへへ……」と苦笑いすると、クラウは「ぷっ」と吹き出した。

「なんかミユっぽいっていうかさ。可愛い」

 言われ、一気に頬が熱くなる。

「……良いの。屋敷にある物頂くから」

「また一緒に来よう」

「うん」

 絶対に顔の色が変わったのはバレている。それより、また買い物に来る口実が出来たのが嬉しかった。勿論、その時はカイルは屋敷に置いて。
 顔の火照りを気にしながら三人組の令嬢とすれ違う。その時に聞いてしまった。

「ホントだ、イライザ様の言った通り」

「この前見たご令嬢とそっくり……」

 私の事だろうか。後でこの事はルーカスにも相談しよう。そう思った時だった。

「ひゃっ!」

 後頭部と首の辺りに軽い衝撃を受け、帽子が脱げてしまった。首筋がひんやりと冷たい。
 街路樹の雪でも落ちてきたのだろうか。
 私がしゃがむのよりも早く、クラウが帽子を拾い上げて私の頭に被せた。

「ありがとう」

 見上げた顔は険しい。

「……クラウ?」

 クラウは返事をする事も、私を見る事も無く、後方へとずんずんと歩いていった。その先には先程の令嬢たちが――

「えっ!? クローディオ様、何を!?」

 驚きを隠せずにいる令嬢たちを気にする事も無く、クラウは一人の令嬢の手首を引っ掴む。何かを確認すると、それを荒々しく放した。
 令嬢たちは悲鳴を上げ、クラウから逃げていった。

「さっきミユに当たった雪、令嬢たちの仕業だよ。手袋に雪が付いてた」

「えっ?」

「背中に雪は入ってない?」

「ちょっとだけ……」

 首筋に当たった雪は解け、ほんの少しだけ背中に流れていた。

「急いで屋敷に帰ろう。ミユ、風邪引いちゃうよ」

 クラウはカイルを抱き上げ、馬車を呼び止めた。御者はクラウから事情を聴くと、快く私を馬車に乗せてくれた。
 私たちを乗せて、馬車は軽快に進みだした。

「ごめん、ミユ」

 馬車に乗ってからというもの、クラウはカイルを抱いたまま俯きっぱなしだ。

「何でクラウが謝るの?」

「あれだけミユが危ない目に遭いそうになったら俺が止めるって言ったのに、全然役に立てなかった」

「そんな事無いよ。クラウが居なかったら、私、ただ街路樹の雪が落ちてきただけだと思ってたもん」

「でも……」

 言い淀むと、クラウは唇を噛む。

「ありがとう」

 感謝の気持ちしかない。それなのに、クラウは首を横に振るばかりだ。
 重苦しい空気のまま、大して時間はかからずにルーゼンベルクの屋敷へ到着した。
 馬車が入ってきた事に屋敷の皆が驚いていたけれど、雪が背中に入ったことを伝えると、有無を言わさぬ気迫でお風呂に入れられた。

「ふぅ……」

 大理石の大き過ぎる浴槽に身を沈め、溜め息を吐く。
 これから私はどうなるのだろう。最悪の場合は、魔導師の頃と同じように幽閉生活だろうか。
 嫌だな。せっかく自由の身になれたのに。
 身体は息が出来る擦れ擦れまで沈んでいく。
 スチュアートのせいだ。一瞬、嫌な考えが脳裏を掠める。
 駄目だ、他人のせいにしてはと、頭を横に振った。その拍子にお湯が鼻の中に入ってしまった。

「わふっ!」

 慌てて体勢を立て直す。ついでにお湯を吐き続けるライオンを睨み付けてみる。

「む~……」

 計画とはなかなか思い通りにはいかないみたいだ。
 一人で考えていても頭の中が纏まる訳が無い。身体も温まったし、もう良いだろう。
 そっと浴槽を抜け出し、タオルで丁寧に髪と身体を拭う。
 リビングへ入った頃には、もう私以外の三人で話が纏まっていたようだ。私がクラウの隣に腰を下ろすなり、ルーカスは口を開いた。

「ミエラ、良いかい? 婚約発表の時期を早める」

「いつですか?」

「一週間後だ」

「……えっ!?」

 いくら何でも急過ぎる。何より、貴族としての勉強が何一つ終わっていない。
 おろおろする私に、ルーカスは表情を一切変えない。

「ミエラが言いたい事も分かる。でもな、サファイヤでの身分が何も無いミエラをこのまま屋敷に置いておく事は出来ないんだ。婚約発表さえしてしまえば、私たちも屋敷の外に目を光らせられるだろう?」

 それはそうだけれど、うんとは言えない状態だ。ルーゼンベルクの人たちの足手纏いになりかねない。
 無言を貫く私に、ルーカスは言い放つ。

「これは決定事項だ。もう覆せない」

「そんな……」

 いくら何でも強引過ぎる。首を横に振ると、今度はキャサリンが厳しい声色で言葉を紡いでいく。

「これから一週間は、寝る間も惜しんで勉強してもらいます。良いですね?」

「はい……」

 小さな声で肯定する事しか出来ない。ドレスをぎゅっと握り締める。

「そうと決まったら、行きますよ」

「えっ?」

「ヒルダが待っています」

 いつの間にヒルダを呼んだのだろう。疑問を口にする事も出来ず、キャサリンに連れられて二階の音楽室へと誘われた。
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