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第15章 取り残された四人
取り残された四人Ⅴ
しおりを挟むまだ食事は出来ていないのだ。お礼を言うなら作ってからで良いのに。
首を振り、にっこりと笑ってみせた。
「じゃあ私、作ってきます」
「ええ、お願いね。キッチンは自由に使って良いし、後片付けも使用人に放り投げて良いから」
「分かりました。クローディオ、行ってくるね」
「うん……」
扉の前で手を振り、後ろ髪を引かれながら部屋を後にした。
パスタは消化に悪そうだし、パンだと腹持ちが悪いし、洋風のミルク粥にしてみよう。廊下を進みながら思考を巡らせる。
冷凍のご飯があればそれを牛乳で煮詰め、コンソメを入れて――
リビングもダイニングも通り過ぎ、キッチンの扉を開けたは良いものの、広すぎて何処に何があるのか分からない。手当たり次第に引き出しや棚を開けていく。
「う~ん……?」
中には何に使うか分からない調理器具も散乱している。その中から小ぶりの鍋と木べらを何とか見付け出した。
調味料も白だけではなく赤や黄色の粉もあり、見た目では何が何だか分からない。
容器であるガラス瓶に調味料の名前が書かれたタグが貼ってあったので、塩とコンソメも難無く探し出すことが出来た。
残すは重要なご飯と牛乳だ。
先程おキャサリンと一緒に来た時に、彼女が開けていた奥の扉を開けてみる。
「……さっむ~い!」
広さは家にあるような物置二つ分、といったところだろうか。窓は無く、薄暗い。換気口から外の空気がもろに入ってきていて、室温は外気温と変わらないだろう。天然の冷凍庫だ。
棚に収められた、ビニール袋に詰められた四角く整った食材たちを凍える身体を気にしながら確かめていく。
「これかな?」
呟くと、息が白くなる。
急いでご飯らしきものを一つ掴むと、慌てて冷凍庫の中から飛び出した。
次はその右隣の扉を開けてみる。冷凍庫程ではないものの、ひんやりとした空気が足元から流れてくる。
こちらは恐らく冷蔵庫だろう。
正面には野菜、右側には肉や魚介類、左側には――
「あった!」
牛乳と書かれた白いボトルを発見した。
コンロに置いた鍋と木べら、台の上にはご飯と牛乳と調味料、これで準備は整った。
ご飯と水、牛乳を一緒に鍋に入れて煮詰めていく。沸騰したところで、スプーンで掬ったコンソメと一つまみの塩で味を調える。
味見をしてみると、多少薄味で抵抗力の弱った人になら丁度良いだろう。
お粥をお玉で皿に移し、先に廊下に繋がる扉を先に開け、皿を乗せたトレイを右手に持って部屋を出た。行儀が悪いのは分かりながらも、お尻を使って扉を閉めた。
冷めてしまう前にクラウに届けたい。それ一心で部屋を目指す。
そしてクラウの部屋の扉の前で気が付いた。右手が塞がったままでは扉を開けられない。
「すみません! お母様、扉を開けてください!」
扉の向こうに居るであろうキャサリンに向かって声を張り上げていた。
直ぐに足音が近付いてきて、扉は開けられた。
「ミユ、ありがとう」
「いえ」
申し訳なさそうに微笑むキャサリンに首を振ってみせる。
早速、クラウの元に急ぐ。一旦椅子の上にお粥を置き、クラウの上体を起こした。
「自分で食べれそう?」
「うん……」
ぼうっとした顔で俯くクラウに、そっとお粥を手渡してみる。しっかりと両手で受け取ってくれたので、スプーンも渡した。
お粥をひと掬いすると、クラウはゆっくりとそれを口に運んだ。
「美味しい……。ありがとう……」
言いながら、優しく微笑む。
「良かった。これ食べて元気になってね」
「うん……」
ゆっくりと、しかし着実に減っていくお粥にほっと胸を撫で下ろした。
お粥を食べ終わると、クラウは再び身体を横たえる。
「ミユ、私たちもご飯食べましょうか。私が先に行ってきても良い?」
「はい、大丈夫です」
「ついでにお皿も下げちゃいますね」
キャサリンはお粥が入っていた皿を手にし、笑みを残して部屋から立ち去って行った。
カイルは暖炉の前で寝息を立てている。
「クラウも眠った方が良いよ。早く熱下げなくちゃ」
「うん……」
クラウは大きな欠伸を一つすると、眠そうに何度か瞬きをした。
いつもはクラウがしてくれるように、熱を持った頭をそっと撫ぜてみる。
クラウは私を見て微笑むと、数分で夢の中へ旅立っていったようだ。
窓の外を見てみれば、雲の割合は青の半分を占める程度まで少なくなっていた。太陽も雲の隙間から覗いている。
「ふぅ……」と小さな息を吐き出した。
使用人が居ないだけで、こんなにも大変だとは思わなかった。疲れが一気に押し寄せてくる。
私も横になってしまいたい衝動を何とか抑える。
クラウの方へ再び目を向けていれば、何やら口を小さく動かしていた。
「駄目だ……いかないで……。ミユ……ミユ……」
夢の中で私を呼んでいるのだろうか。
大丈夫、私は此処に居るよ。布団の中をまさぐり、クラウの手を握り締めた。僅かに握り返してくれる。
クラウの左目から、ほろりと涙が溢れ落ちる。
夢の中でまで苦しむ必要なんて無いのに。もっと幸せで、温かな夢を――
「ミユ」
聞き慣れた女性の声が後ろから聞こえた。キャサリンだ。
「ご飯食べてらっしゃい?」
振り返ってみると、その手にはシルバーのカイルのご飯入れが。いつの間にか起きたカイルはキャサリンの足元で尻尾を振っている。
キャサリンはお皿を床に置くと、カリカリと良い音を立ててカイルはご飯にがっついた。
此処で手を離してしまえば、またクラウは悪夢に引き摺り込まれそうな気がする。
微笑むキャサリンに、首を横に振った。
「でも、何か食べなくちゃ。朝も食べてないでしょう?」
「そうなんですけど、離れられなくて……」
私の後ろにやってきたキャサリンは、ようやく状況を理解したようだ。
「パンしか用意出来ないけど、それでも良い?」
「はい」
「分かった、持ってきますね」
キャサリンは踵を返し、部屋から出ていった。
カイルもご飯を食べ終わっていたのか、部屋がしんと静まりかえる。
カイルの居場所を探してみれば、再び暖炉の前に陣取って欠伸をしていた。微笑み掛け、お母様の帰りを待つ。
直ぐに戻ってきたキャサリンが持ってきてくれたのは、メロンパンとカスタードクリームパンだった。
パンを手渡してくれると、キャサリンは直ぐに退散してしまう。
また、クラウと二人きりだ。とはいっても、クラウは眠っているし、起こしたくもないので話し相手は居ない。
そっと握っていた手を離し、パンを噛じる。ほんのりとした控えめの甘さが身体に染み渡る。
パンが無くなる頃には、私のお腹も満たされていた。それと同時に眠気が襲ってくる。
我慢できないのか。と問われれば、我慢出来る程度だったと思う。しかし、気付いた時にはクラウが眠っているベッドに突っ伏していた。
今日だけではなく、昨日の疲れも出てしまったのかもしれない。
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