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第14章 サファイアの花

サファイアの花Ⅵ

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「もうそろそろかな」

「えっ……?」

 リリーも日の暮れかけた紫色の空を見上げるので、私も一緒に見上げてみる。
 すると、突然爆発音が鳴り響き、光の大輪の花が開いた。

「花火……。綺麗……」

 まさか、サファイアでも花火が見られるなんて思っていなかった。
 赤、青、白、黄色――様々な花火が打ちあがる。雲一つない夜空は光で溢れ返った。まるでこのリンクで戦った人たちの勇士を称えるかのようだ。

「年に二回、今日と明日、年越しの時にだけ見れるんだ」

「明日も?」

「うん、明日は平民の大会だからね」

 私の方を見る訳でも無く、スチュアートとリリーは微笑む。
 最後の花火の大連発が終わると、辺りが一瞬静まり返る。そして拍手と歓声が会場を包み込んだ。

 帰りの馬車の中、スチュアートとリリーは疲れからか、寄り添いながらスヤスヤと寝息を立てている。
 ぽうっと今日の出来事を振り返る。
 クラウと会えたのに言葉を交わす事が出来ない。こんな体験は初めてだ。きゅっと胸が締め付けられる。
 それでも、あのリンクを駆けるキリっとした横顔は忘れられないだろう。
 右手をぎゅっと握り、街の夜景を眺めていた。

「スチュアート、リリー、着いたよ」

「ん……?」

「う~ん……」

 氷のユリが咲き誇る庭に差し掛かり、スチュアートとリリーの身体を軽く揺さぶってみる。
 二人は目を覚ますと、互いの額をぶつけてしまった。

「あいたっ……!」

「いった~い……!」

 二人は揃って額を手で擦り、涙で目を潤ませる。とても微笑ましい光景だ。
 自然に「ふふふ」と声が出る。私が笑うと、スチュアートとリリーも頬をほんのりと染めて照れ笑いをした。
 一緒に到着した馬車から使用人たちが下車し、この馬車の扉も開けてくれた。開け放たれたエントランスに入り、リリーは瞼を擦りながら自室へと先導する。階段を上がり、廊下を進んで辿り着くと、休む事無くメイド服へと着替えた。早くルーゼンベルクに帰りたい。ただ、それだけを思いながら。

「お世話になりました」

 エントランスで眼帯とコートを身に着け、スチュアートとリリーにぺこりとお辞儀をする。

「ミエラ、また来てね~!」

「うん、絶対来る!」

 その時は手土産でも持って、リリーと楽しい話をしよう。頷き、ガッツポースをする。

「ルーゼンベルクの皆によろしく言っといて」

「うん」

 スチュアートにも微笑み掛ける。

「それじゃ、またね」

「うん、また」

 手を振り、笑顔で二人に別れを告げた。
 そして、夜道を馬車でひた走り、ルーゼンベルクの屋敷へと向かう。

「ただいま戻りました」

 エントランスの扉を開けてもらい、ルーカス、キャサリン、クラウと再会を果たした。

「ミエラ、おかえりなさい」

「無事に着いて良かった」

 キャサリン、次いでルーカスが私に駆け寄って、肩や頭を撫でてくれた。それなのに、クラウは思い詰めた顔でこちらを見詰めるばかりだ。

「クローディオ?」

 小首を傾げると、クラウは両手で握り拳を作る。

「俺、ミエラとの約束……守れなかった」

「えっ?」

「優勝……出来なかった」

 更に唇を噛み締める。
 余程悔しかったのだろう。

「全然気にしてないよ」

「でも……」

「凄く格好良かった」

 クラウは口を開け、ゆでだこのように真っ赤になってしまった。顔だけではなく、耳や首までも。

「それよりも……」

 私が気にしていたのはそんな事ではない。

「話し掛けられなくて、笑ってくれなくて……辛かった」

 クラウは視線を僅かに逸らした後、少し俯く。

「ごめん……」

「ううん、謝らないで。クローディオが悪い訳じゃないから」

「さあ、リビングに行こう。此処だと冷えてしまうから」

「はい」

 ルーカスに促され、リビングへと入った。
 ケージの中では、カイルが尻尾を振りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

「きゃうん! きゃうん!」

「カイル~。ただいま~」

 頭を撫でてから、ケージの入り口を開ける。カイルは途端に飛び出し、私へ飛び付いたと思ったら頬を舐め始めた。

「あはっ! くすぐったい!」

 立ち上がり、カイルの興奮が収まるのを待ち、三人が居るソファーへと移動した。カイルは私の傍で伏せをする。

「ミエラ、夕食は食べた?」

「いえ、まだです」

 首を横に振ると、キャサリンはメイドを呼んで夕食を用意してくれた。眠る時間が近いからか、スライスしたバゲットとオニオンスープ、一口サイズのハンバーグ三つがテーブルに並んだ。
 カイルが鼻で匂いを嗅ぎまわっても無視を決め込む。
 オニオンスープにバゲットを浸し、頬張った。

「ミエラ、スケート大会は楽しめたか?」

「はい! 見てるだけでも凄く楽しかったです!」

 応援したい人が居ると、余計にそう思える。
 「ふふっ」と笑うと、三人にも笑顔が広がった。

「来年はミエラも参加してね」

「はい、頑張ります」

 ガッツポーズを決め込むと、キャサリンまでもが同じ仕草をする。

「よし。キャシー、クローディオとミエラを二人きりにしてあげよう」

「そうですね、私ももうクタクタです」

 キャサリンが肩を竦めると、ルーカスは朗らかに笑う。

「二人ともおやすみ」

「おやすみなさい」

 クラウと二人で手を振り、ルーカスとキャサリンを見送る。
 扉が閉まると静寂に包まれた。
 クラウは何も話そうとしない。きっと、エントランスで私が言った事を気にしているのだろう。 

「私、分かってるよ。私を特別扱い出来なかったんでしょ?」

「うん、だけど……」

「もう、何時までもしょげてないでよ~。そんな顔されたら私までへこんじゃう」

 急に横から抱き締められた。持っていたバゲットが宙を舞う。

「やっと触れられた。やっと話せた。俺も辛かった……」

「たった丸一日、真面に会えなかっただけで大袈裟だなぁ」

「それをミエラが言う?」

 それもそうかと吹き出すと、クラウも「あはは」と笑う。

「……でも、今回の事で改めて思ったんだ。一生、ミエラの事を大事にしようって」

「ありがとう」

 本当に、本当にそう思ってくれて嬉しい。そっと瞼を閉じる。
 と、左足に鈍い痛みが走る。

「痛っ……!」

 痛みのした方を見てみると、カイルが骨の形をした玩具をかじっている。ドレスを捲ってみると、左の脛には小さな歯型が――
 もしかして、カイルに嚙まれたのだろうか。
 じっとカイルを見ていると、玩具を噛み損ねて私の左足をかじる。

「カイル、痛いよ~!」

「……もしかして、歯の生え変わりで甘噛み始まったかな」

「え~!」

 キャサリンから甘噛みの話は聞いている。成長過程の問題だから一時的なものらしいけれど、痛いのには変わりない。
 嚙んだ都度、痛みを伝えるしかないだろう。

「申し訳ございません、リビングはそろそろ消灯しませんと……」

「あっ……。もうそんな時間……」

 メイドに話し掛けられ、時計の方に目を向けた。時計の針は十一時を指している。

「今日はしょうがないよ。明日、また沢山話そう」

「うん」

 消灯の準備を始めるメイドたちを余所に、私たちはリビングから退散した。残った食事は部屋まで持ってきてくれ、クラウと別れてから胃に詰め込んだ。
 すっかり馴染んだ温かな部屋の中で、夜は静かに更けていった。
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