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第10章 記憶
記憶Ⅱ
しおりを挟む百年前、クラウを置いて先に逝ってしまったからだろうか。それとも──
ううん、それともなんて無い。きっとそうだ。
クラウは手を離すと、その手で私の頭に触れる。
「もし、またミユが犯人の言葉で傷付けられそうになったら、ミユは父さんと一緒に離れて。俺が何とかするから」
この人は百年前から何も変わらない。自分の事は後回しで、私の心配ばかりだ。
だから、クラウの心配は私がしなければ。
「やだ。私、 クラウにも傷付いて欲しくない。お父様には任せられないの?」
「うーん……」
「全部、自分で背負う必要なんて無いんだよ。誰かに頼って良いの」
願いを託して、じっとその瞳を見詰めてみる。
クラウは苦笑すると、右腕を私の肩に回す。その力に任せ、左半身をクラウの身体に預けた。
「ありがとう」
暖炉の蒔が一本崩れる。
「俺さ……」
「……ん?」
「思い返してみたら……誰かに頼るって事、してこなかったのかもしれない。子供の頃から自分で何とかしなきゃ、って。前世でカノンの生まれ変わりを探してた時だって、アレクにも、フレアにも、カイルにも助けを求めた事なんて無かった」
「……うん」
想像の付く話だった。
何故か一瞬、部屋が静まり返る。
「俺……もう、頑張らなくても、自由に生きても、良いのかな」
声が震えている。
驚いて顔を見上げてみると、銀の瞳からは涙が零れていた。
「そんなになるまで我慢する事なんて……。私みたいに、怖い、苦しいって言って良かったんだよ」
「ミユを……カノンを見殺しにした罪悪感が消えないんだ」
「見殺しなんかじゃない! あれは仕方無かったの!」
「でも……」
あれは完全に黒の魔導師が悪い。クラウが罪悪感を抱く必要なんて無いのに。
「クラウ。周りから何て思われてるか知ってる?」
「えっ?」
「完璧人間。お姉様が言ってた」
クラウは何も答えない。
「完璧な人なんて居ないのに。そんな人が居るなら神様だよ」
「ミユ。それ、フォローになってない」
それもそうか。苦笑いしてみるものの、自分たちが神様の分身だという実感は無い。
クラウもつられて苦笑する。
「でも……でもね? そんなイメージ変えていこう? 完璧な人についてくる人なんて滅多に居ないんだから。将来、公爵になる人なら、余計に。ちょっとドジな方が愛嬌だってあるし」
「それさ。俺に愛嬌無いって言ってる?」
「私から見たら、クラウって愛嬌いっぱいなんだけどね~」
こんなに素直で純粋な人はなかなか居ないと思う。それが理解されていないなんて、勿体なさ過ぎる。
そう、少しずつ変わっていければ良いのだ。
口を開きかけた時、扉がノックされた。
「朝食のご用意が出来ました」
「ありがとう」
お辞儀をするルーナに微笑みかけ、去っていく姿を見送る。その間、クラウはルーナを見る事すらしない。
きっと泣いている姿を見られたくないのだ。
「もう、涙拭いて?」
傍らに置いてあった、レースの付いたハンカチをクラウに手渡した。それを受け取ると、大きな左手でゴシゴシと顔を拭く。
しわくちゃになったハンカチは無言で返ってきた。
「クラウは自由だよ。私が保証する」
「……うん」
「自分の事、大事にしてあげて?」
「……うん」
またクラウが瞳を潤ませるので、勢いでその頬にキスをしてみた。
顔を離すと、私の身体は力強く抱き締められた。
「ミユ、ありがとう」
「うん」
その日の朝食は、珍しく会話は殆ど無かった。それなのに、空気は温かい。目が合う度に笑顔になる。
たまにはこんな日があっても良いだろう。
食事が終わるとそれぞれ部屋へ戻り、帰り支度を始めた。外行きのドレスに着替え、髪を一つに纏め、リボンを結ぶ。
廊下に出ると、クラウが先に待っていた。ルーナとライアンに先導されてエントランスに行くと、グレーのムートンコートを受け取って羽織り、粉雪舞い散る極寒の世界へと足を踏み出した。
馬車に乗り込むと、御者は中を確認して馬を走らせる。重たい車輪が雪を踏み締めて回り始める。
「ライアン、犯人は何か吐いた?」
「いえ、何も」
「やっぱり、か」
一瞬にして空気が重くなる。クラウは「うーん……」と唸り声を上げ、何かを考え始めた。
そこへその空気を打ち破る発言をする人物が現れた。
「クローディオ様」
「……ん?」
「その……」
ライアンは口篭ると、私の顔をじっと見る。
「僕が魔導師様の秘密を知っている事を……ミエラ様に話してしまいました」
「そっか」
あっけらかんと返すクラウに、ライアンは拍子抜けしてしまったようだ。口を開けたまま、クラウを見詰める。
「そっか、って……! 拙い事をしでかしましたよね、僕!」
「うーん、ミエラは当事者だし、別に良いんじゃないかな」
「えぇ……」
今まで悩み抜いて話し出したライアンが不憫に思えてくる。肩までガックリと落としてしまって。
その横に、話に全く付いていけない人物が居た。
「魔導師様の秘密……?」
ルーナだ。小首を傾げ、ライアンを不思議そうに見ている。
「い、いや、僕がクローディオ様から無理矢理聞き出しただけだから、ルーナは──」
「ミエラ、話してあげたら良いと思う」
「えぇ!?」
クラウの提案に、ライアンは素っ頓狂な声を上げた。
「俺、ライアンに話して大分気が楽になったんだ。だから」
「私が聞いてしまっても……良いんでしょうか?」
ルーナは不安そうに口に手を当てる。
「今回の事で、ルーナがミエラの事を大事にしてくれてるのは充分伝わったよ。信用して良いと思う。ミエラだって、俺以外の近くに居る誰かが知ってくれる方が気持ちの負担は少ないと思うんだ」
「そう……だね」
ルーナがどう思うかは分からない。話を聞いて、ルーゼンベルクを去る可能性だって捨て切れない。
それでも、ルーナは私たちの味方になってくれる。その可能性に賭ける事にした。
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