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第10章 記憶

記憶Ⅰ

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 結局、一睡も出来なかった。部屋が明るくなるのを待って目を開けてみる。
 丁度、メイドが蒔に火を付けようとしている。あの後ろ姿はルーナ──

「ルーナ!」

 ベッドから飛び起きて走り寄る私に、ルーナは目を丸くする。
 そんなのも気にせずにルーナに飛び付き、体温を感じると、身体を少し離して表情を確認した。

「もう良いの?」

「はい!」

「良かった……!」

 本当に良かった。もう一度、笑顔のルーナに抱き着く。また泣いてしまいそうだ。

「ミエラ様……! 苦しいです……!」

「あっ、ごめんね!」

 慌てて身体を引くと、ルーナは申し訳なさそうにお辞儀をした。

「暖炉に火を付けてしまいますね」

 頷いてみせるとルーナは振り返り、マッチを擦り合わせた。マッチに火が付くと、それを暖炉へ放り込む。

「ミエラ様、そのような格好では風邪を引いてしまいますよ。これを」

 言うなり、ルーナはクローゼットからボアのストールを取り出すと、私の肩に掛けてくれた。
 一気に身体が暖かくなる。
 いつも通りテキパキと動くルーナに感心してしまう。

「休み取っても良いんだよ? あんな事があった後だもん。皆、許してくれるから」

 素直に身体と心を休めて欲しかった。無理をさせてはいけない。
 それなのに、ルーナは首を振る。

「私が休む訳にいきません。ミエラ様付きのメイド長ですし、本日は本邸に戻る準備もあります」

「今日、本邸に?」

「はい」

 もう少しゆっくりする時間をくれても良いのに。目を伏せ、唇を尖らせる。
 そんな私の心が伝わったのだろうか。

「早く犯人を尋問して、事件を解決しなくてはいけませんから。仕方の無い事なんです」

 ルーナは私の手を取り、真剣な眼差しで頷いてみせる。
 そう言えば、その『犯人』はどうなったのだろう。昨日、ライアンに引き摺られて部屋からいなくなって以来、その姿を見てはいない。

「犯人は?」

「多分、ですが、今頃はサファイア城の地下牢に捕らえられている筈です」

「……そっか」

 その人をお父様やクラウが尋問するのだろう。私が行った方が話を引き出せる気もするけれど──
 取り敢えず、それは後に置いておこう。
 今日の何時、別邸を出発するのだろう。それを聞こうと口を開きかけた。
 ところが、ルーナの方が行動は早かった。徐にベッドへと近付き、そこにあった短剣を恐る恐る指差す。

「これは?」

「あっ、昨日、クローディオに貰ったの。何があっても、いつも身に着けててって──」

「いけません! こんな所に転がしておいては……!」

 みるみるうちに、ルーナの顔が青ざめていく。何かやらかしてしまっただろうか。

「ルーナ?」

 慌てたルーナは返事もせず、一目散に再びクローゼットへと向かった。中をゴソゴソと探ると、長い布のようなものを取り出した。ベッドに駆け戻り、その布を短剣に着いていた丸いカンに通すと、こちらへと戻ってきた。何も言わず、それを私の腰に巻き付ける。短剣は私の左脇腹の下辺りに収まった。

「寝首を掻かれなくて本当に良かった……。婚約者様に短剣をお贈りになられるなんて、クローディオ様も相当なご決断だったと思います。これからはこうして身に着けていて下さい。短剣は上着で隠して見られないようにしますので」

「うん、ありがとう……」

 冷や汗を掻きながら目を潤ませるルーナの気迫に押されて、それ以外の言葉が見付からなかった。
 「ふぅ……」と吐息を吐くと、ルーナに笑顔が戻っていく。

「紅茶を持って参りますので、温まって下さい。朝食はもう少しお待ち下さい」

「分かった」

 私がソファーに座るのを見届けると、ルーナはお辞儀をして部屋から出ていってしまった。
 結局、何時本邸に戻るのか聞けなかった。
 窓の方を見遣ると、外はハラハラと粉雪が降っている。晴れている方が気温は下がるから、ダイヤモンドダストは見れないだろう。
 程なく紅茶が運ばれてきた。陶器の器から角砂糖を取り出し、お茶の入っているカップに落とす。掻き混ぜると、はらりと角砂糖は砕けて溶けていった。その間に、部屋の中を紅茶の香りが満たしていく。
 カップに口を付けると、紅茶の芳醇な香りと渋味に砂糖の甘さが合わさって、私の身体をリラックスさせる。
 とその時、扉をノックする音が部屋に響いた。

「ミユ、おはよう」

「クラウ……!」

 いつもと変わらない、穏やかな表情のクラウが部屋の前に佇んでいたので、カップを置き、腰を上げようと前屈みになる。

「そのままで大丈夫だよ。俺がそっち行く」

 その言葉通り、クラウはこちらにやって来ると、私の隣に腰を下ろした。

「ミユ、もう起きてるって聞いたからさ。……やっぱり、眠れなかった?」

「うん……」

「だよね」

 クラウは「はぁ……」と大きな溜め息を吐くと、そのまま私の左手を握る。しっかりと握り返せないのが歯痒い。

「ルーナから聞いたかもしれないけど、朝食を食べたら本邸に戻るから。午後からは、俺は父さんとサファイア城に犯人を尋問しに行く。ミユはどうする? 一緒に城に行きたい? それとも、屋敷に居たい?」

「私も……お城に行く」

「分かった」

 犯人に会うのだ。また、何を言われるか分からないのも事実だ。
 心の準備が出来ている訳では無い。それでも、出来る限りクラウと一緒に居たいと思ってしまうのだ。
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