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第8章 作戦

作戦Ⅴ

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 一人のメイドが厨房に置かれた椅子を此方へ持ってきた。

「ルーナは此処に座ってて」

「えっ? でも、私も何か手伝い──」

「良いから」

 仕事の足手纏いになってしまうと思われたのだろうか。仕方無い事だけれど、何だかショックだ。
 落ち込みながら椅子にちょこんと座り、使用人達の仕事ぶりを眺めていた。二十人程居る使用人の半数とは目が合ったのではないだろうか。その度に金属音がなったり、使用人が躓いたりしていた。

「皆、仕事に集中!」

 この場を取り仕切っているのか、ライアンの声が部屋に響く。
 それでも着々と食事の準備は進み、ダイニングの振り子時計の音が厨房まで届いた。
 夕食の時間になったらしい。
 クラウとルーナを呼びに行ったライアンともう一人のメイドを見送ると、使用人達は次々に椅子へ腰掛け、コソコソと談笑し始めた。
 一方で、私の心はソワソワしている。クラウとルーナは二人でどんな会話をするのだろう。一人、白いエプロンを握り締める。

「気になりますか?」

 耳元で女の人の声が囁く。顔を上げると、同年代くらいの黒髪のメイドが居た。
 気になるに決まっている。頷いてみせると、メイドは「こっちに」と言って一つの部屋の奥の扉へと案内してくれた。どうやらダイニングに繋がっているらしい。
 そっと耳を扉にくっつける。
 静かだ。シルバーの動く音しかしない。会話という会話が無い。
 安心したのか、何なのか。ほっと一息吐いたのが悪かった。

「ひゃっ!?」

 バランスを崩して扉に身体を預けてしまった。
 そのまま扉は開き、私の身体はダイニングへと放り投げられる。崩れ落ちた先にはクラウとルーナの顔があった。

「あ」

 私とクラウの声が重なる。
 聞き耳を立てていたのがバレてしまった。顔の温度が一気に上昇する。

「も……申し訳ございませんでした~!」

 謝った所で後の祭りだ。急いで厨房へと引き返し、その場にしゃがみ込んだ。

「あはははは!」

 クラウの笑い声がこちらまで聞こえてくる。
 そんなに笑わなくても良いでは無いか。私は恥ずかしさで泣きそうになっているというのに。
 後で怒ってやろうと心に決める。

「そ、そんなに笑わなくても……」

「そうなんだけど、メイドが可愛過ぎて。新人かな?」

 サラリと『可愛い』と言って退けるクラウに、益々顔が熱くなっていく。
 何故、この扉は鍵が掛けられていなかったのだろう。今度は怒りを使用人にまで向けてしまって。恥ずかし過ぎる。
 時々クラウとルーナの話し声が聞こえて来たけれど、所々聴き逃してしまった。私の中ではそれどころでは無くなっていたから。
 それでも、

「犯人、今日現れるでしょうか……」

「現れてくれなきゃ困る。こんな茶番、何時までもやってられない」

 こんな会話はしっかりと聞こえて来た。

 二人の夕食が終わり、ライアン達が戻ってきた。やっと私達の夕食の時間だ。
 目の前にはシーフードパスタ、クロワッサン、野菜サラダが並んでいる。

「今夜は貴女様の特別扱いを許して頂けなかった。質素で申し訳無い」

「ううん、気にしないで」

 しょんぼりとするコックに笑って見せた。質素とは言うものの、いつも通り美味しそうだ。
 パスタを口に運ぶと、トマトのさっぱりとした味わいとシーフードの濃厚さが絡まり合い、絶妙なバランスを保っている。

「美味しい~!」

 各々食事を摂る使用人達に混じり、コックにグッドサインを送る。

「良かった。嬉しい限りだ」

 直ぐに不器用な笑顔が返ってきた。
 食事を終えると、二階の衣服を着替えた部屋へと一人で戻った。ライアンはクラウと作戦会議を行うらしいからだ。
 暖炉の薪とほんの僅かにルーナが部屋を出入りする音以外、何も聞こえない。そんな中、灯りも付けずに息を殺す。何時、何処に私を襲った犯人が現れるか分からないのだ。手は汗ばみ、鼓動は速まる。
 ざわめく心を抱えたまま、ソファーで時が過ぎていくのをやり過ごす。
 どうか、無事に終わって。
 願いを掛けた頃、不意に扉が開いた。まさか犯人──

「ルーナ」

 この囁き声はクラウだ。
 良かった。張り詰めた緊張の糸が切れ、身体の力が抜けていく。

「どうかなさいましたか?」

「ううん、何も無いんだけど、ルーナの顔が見たくなった」

 大きな手が頭へと伸び掛けた。しかし、手は途中で握られ、私の頭に触れる事は無かった。薪の灯りで、クラウの辛そうな表情が僅かに分かる。

「こんな事、ホントはやりたくないのに。父さんの読みが失敗したらと思ったら……」

「クラウ様、お父様を信じましょう?」

「……ぷっ」

 クラウは吹き出したと思ったら、「あはは!」と声を殺しながら笑い始めた。夕食の時から笑い過ぎだ。

「何でそこで笑うんです?」

「だって、ミユの口から『クラウ様』なんて聞いた事無かったから、可笑しくてさ。……あ」

「『ミユ』って言いましたね?」

 何だかこちらまで可笑しくなってきて、二人で声を殺したまま笑い合った。
 一頻り笑うと息を整え、何とか冷静さを取り戻す。

「兎に角、何も無さ過ぎるんだ。犯人の動きが、何も」

「それはそれで良いのでは?」

「良くないよ。犯人を捕まえられないし、ミユが安心して暮らせる保証が無くなっちゃうから」

 無事に終わって欲しい。犯人を捕まえる。その願いも虚しく、この日は犯人が現れる事は無かった。
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