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第8章 作戦

作戦Ⅳ

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 そう言えば、アリアにもそんな事を言われたな、などと考えながら、そっとルーナの手を取ってみる。

「危なくなったら、絶対に逃げてね」

「はい。ありがとうございます」

 二人で目を交し、頷き合う。
 これ以上、私のせいで誰かが傷付いて欲しくなんかない。無かった事になっている未来で散々色々な人を傷付けてしまったから余計に、だ。
 部屋を出ようとルーナが足を一歩踏み出すと、こちらが扉を開ける前に誰かの手でそれは開かれた。

「ルーナ、準備は出来た?」

 ライアンだ。ひょこっと顔だけを出すと、おずおずと部屋の中を見回す。その後ろにはクラウも居る。

「出来たよ。お嬢様も」

 返事を聞くと、ほっとした表情のライアンの脇を通り、クラウが部屋の中へ入ってきた。いつもとは違う凛とした目でルーナを見る。

「ルーナ、今から君がミエラだ。いつも通りの仕草で構わないけど、ミエラを呼んだら君が答える事。良い?」

「……はい」

「ミエラ。ミエラはルーナ、此処の使用人だ。俺とミエラには敬語で話す事。出来る?」

「うん」

 真剣な瞳に真剣に答えると、溜め息を吐かれてしまった。

「そこは敬語」

「あっ……はい!」

 慌てて訂正すると、クラウは苦笑いをする。

「それと、ライアン」

「はい」

「ミエラ扮するルーナには、いつもルーナに接するみたいに敬語は使わない事」

「えっ、ですが、クローディオ様──」

「これも作戦だから。敵を欺くなら、先ずは味方から変わらなきゃ」

 ライアンは何かを口にしかけたものの言い渋り、頷くとそのまま俯いてしまった。

「ルーナ、ごめんね」

 慈しみに満ちたクラウの視線が私に注がれる。
 ルーナとは私の事を言っているのだ。慌てて勢い良く首を振ってみせる。

「ミエラは自室に戻って。俺も自室に居るから」

「分かりました」

 緊張した面持ちでルーナが答えると、二人は私たちの顔を見る事無く、部屋を出ていってしまった。何とも形容のしがたい、物凄く複雑な気持ちだ。

「ルーナ」

「……ん~?」

 気持ちが纏まる前にライアンに呼び掛けられ、少しだけ素っ頓狂な声を出した。

「ちょっとソファーに座って。友達口調に慣れる為にも、僕の独り言を聞いて欲しい」

「う、うん」

 独り言とは何だろう。使用人とは言え、差程話した事の無い男の人と二人きりになるのは気が引けてしまう。
 訝りながらも、ライアンに言われるがままソファーに腰を下ろした。一方で、ライアンは暖炉の傍に置いてあるロッキングチェアに腰掛けた。
 ライアンは細い息を吐くと、意を決したように口を開く。

「僕は……クローディオ様の──いや、魔導師様の秘密を知ってる」

「えっ?」

「ルーナが知ってる通り、一年前にあの方はご自身のお誕生日、成人を祝ったあの夜、お屋敷内で失踪された。お戻りになったのは一週間後。合ってる?」

 はっきり言って、クラウが魔導師になった当時の事は何も知らない。
 少しでも聞いておけば良かったと、若干後悔しながら、小首を傾げてみる。

「そうなんだね。……いや、知らなくても良いんだ。そう、あの方は一週間しか魔導師であった期間は無い。それなのに、体験されたのは一年八ヶ月。全て無かった事にされている、と。再び世界が破壊の危機に直面して、世界の真実を知り、愛する人を命を賭して守ったその未来が無かった事に。……何か間違ってる?」

 真っ直ぐなネイビーの瞳が私を見詰める。
 ライアンは知っていたのだ。歪なこの世界を、私たちの経験を。ライアンを直視する事が出来ない。
 視線を落とし、小さく首を振った。

「僕が無理矢理聞き出した事だから、あの方を責めないで欲しい。他言無用を誓わされたし、ルーナ以外破ってもいないから。ただ、僕からも言わせて欲しい」

 言うと、ライアンは儚く微笑む。

「クローディオ様を救ってくれて、ありがとう」

「えっと……その……」

 私はあの時、無我夢中で走っていただけだ。まさか、そんな風に思われるとは。頬が軽く熱を持つ。

「あの方は一年前、お屋敷に戻ってきて、やっと現実に目を向けられた気がする。それまでは無かった光がやっと瞳に灯った気がするんだ。もし、あの経験が無ければ、一生生きた屍だったかも」

 そこまでクラウの過去は酷かったのだろうか。
 考え込む私に、ライアンは苦笑いをする。

「喋りすぎちゃったね、そろそろ仕事に戻らないと」

「仕事? でも、私、何をしたら……」

「他のメイドが何とかしてくれるから大丈夫」

 立ち上がりながら困惑する私に、ライアンはグッドサインを送る。
 使用人の仕事を全く知らない私でも、何か役立てるのだろうか。きちんと仕事が出来るのだろうか。
 不安を隠しきれずに両手で拳を作り、廊下を歩くライアンに続いた。
 階段を降り、居間を通り抜け、今まで立ち入った事の無い使用人の空間へと踏み入れる。

「今の時間は、皆、夕食の準備をしてる。僕も厨房に立つから、何かあったら近くのメイドに聞いて」

「うん」

 返事を聞くや否や、ライアンは目の前の扉を押し開けた。

「ただいま! ルーナも帰ったよ!」

 ライアンの一言で、ダイニングと差程変わらない大きさの部屋の時が止まった。シルバーを落としたメイドも居る程だ。

「……皆?」

「ああ、おかえり!」

 一足早く我に返ったコック服を着た中年の男の人が声を上げると、時が再び動き始めた。
 ライアンは私に手を振ると、部屋の奥へと消えていった。
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