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第8章 作戦
作戦Ⅲ
しおりを挟む「私、ミユの前で泣き散らかしちゃったからさ。一番泣きたいのはミユなのに。それに、話し相手だってまだ居ないし」
ヒルダが苦笑いをすると、クラウは私の元へゆっくりと近付いてきた。そのままそっと私の身体を包み込む。
今度はキャサリンの苦笑いが聞こえてきた。
「私たち、邪魔みたいですね。ヒルダ、行きましょう」
「うん」
クラウの身体に隠れて、キャサリンとヒルダの表情は見えなかった。二人は私たちの横を通り過ぎ、小さな笑い声を残して部屋から出ていってしまった。
クラウは視線を扉の方から私に移すと、そっと身体を離す。
「俺も此処でご飯食べて良い?」
「うん、勿論」
微笑みかけると、クラウはルーナを呼び付けた。二人分の食事をこの部屋に持ってくるように指示すると、ルーナはぺこりとお辞儀をして丁寧に部屋から離れていった。
二人でソファーに座り、手を握る。
「お城、どうだった?」
「うーん、普通だったよ」
普通とは何だろう。さっぱり状況が分からない。
「女王様と会ったの?」
「あっ。うん、会った。向こうも、無かった事になってる未来の事を覚えてるみたいでさ、俺の顔見て最初ビックリしてたよ。でも、直ぐ冷静になったんじゃないかな。何事も無かったみたいに、淡々と話してたから」
「そうなんだ……」
そうだとすると、今回の事件で女王も相当焦っているだろう。前代未聞の出来事があったのだから。しかも、それがこれから多発するかもしれないのだから。
そのまま物思いに耽っていると、食事が運ばれてきた。私の為を思ってだろう。片手で食べられる、一口サイズのバゲットのサンドイッチだ。レタスと薄切りステーキが挟まれている。
今日、これからの事を考えると、あまり食が進まない。犯人と対峙したクラウはどうなるのだろう。
「クラウ」
「ん?」
サンドイッチを頬張りながら、クラウは小首を傾げる。
「絶対、無茶しないでね」
言っても無駄だろうけれど、言わずにはいられなかった。
クラウの眉間に少しだけ皺が寄る。正面を見据え、サンドイッチにも手を付けず、何も言わなくなってしまった。
「お願い、『うん』って言って?」
クラウは無言で首を振る。
「クラウ……!」
「ミユをこんな目に遭わせたんだ。それ相応の仇は打つ」
口をへの字に曲げて必死にクラウを見詰めてみた。それでもクラウの決意は揺るがないらしい。
「ミユは自分の身の安全だけ考えて」
そう、言われてしまった。
このまま悶々としていても、気まずい空気だけが流れてしまう。そう思ったのかもしれない。
「ミユは結婚したら、何がしたい?」
「えっ?」
「旅行とかさ、色々あるじゃん」
微笑みながら、クラウは話題を変えた。
「う~ん、新婚旅行は行きたいかなぁ。サファイアの観光名所とか」
「観光名所……か。うーん……」
天を見上げながら、クラウは何かを考え始める。何度か「うーん」と繰り返し、最終的に「あっ!」と声を上げた。
「此処よりもっと寒いけど、オーロラ見れる所あるよ」
「オーロラ!?」
「うん。ミユ、寒いの大丈夫?」
「オーロラが見れるなら我慢する!」
地球に居たなら、オーロラなんて一生に一度見れるかどうかだ。しかも海外で。魅惑的過ぎる。
「他にも透明な氷の湖もあるし、氷の花が咲く珍しい丘もあるんだ」
「えっ!? 行きたい~!」
目を輝かせる私に、クラウは「あはは」と笑う。
「私、その為に花嫁修業頑張る!」
「別に俺は今のままのミユでも良いのに」
「それは駄目。ルーゼンベルクの人達に恥はかかせられないもん」
両手でガッツポーズをする私を見て、クラウはそっと手を伸ばす。そのまま私の髪をひと撫でした。
そんな優しい時間はあっという間に過ぎていき、二時間後、別邸へと出発する事になった。馬車には私、クラウ、ルーナ、ライアンが乗り込んだ。
馬車の中は再び重たい空気が流れ、堪らずにクラウの左半身に身体を預けた。
「大丈夫です、お嬢様は私が守ります」
「僕も、ミエラ様とクローディオ様の身は守ります」
「ルーナ、ライアン……」
ルーナとライアンは両手で握り拳を作り、「うん!」と頷き合う。
「大丈夫だよ、俺たちを信じて」
上から囁かれた声に、小さく頷いてみる。
車窓の景色が流れ、別邸が近付いていく度に心臓の鼓動は少しずつ速まっていく。
どうか、誰も怪我をしませんように。
別邸に着くと、二階の一つの部屋へ向かった。恐らくルーナの部屋だろう。ルーナはクローゼットからメイド服を取り出すと、それを私に渡した。
「お嬢様、これを身に着けて下さい。お嬢様がミエラ様だとバレないようにする為なんです。申し訳ありません」
小さく頷き、ルーナの手を借りながら黒色のメイド服を身に纏った。今度は今まで着ていた私のドレスをルーナが身に着ける。その後、ルーナは持ってきたボストンバッグを開け、中から焦茶で長髪のウイッグを取り出した。鏡を見ながらぎこちない手付きで被るので、少しだけ手伝ってみた。
「ルーナ、ごめんね」
ウイッグを櫛で梳かしながら、口から漏れていた。
鏡の中のルーナの表情が少し険しくなる。
「お嬢様が謝らないで下さい! 賊の侵入を許した私の使命ですから!」
「それでも謝りたいの。ごめんね」
「お嬢様……」
ルーナは僅かに両目に涙を浮かべる。
「お嬢様は優し過ぎます」
優しいのかどうかは自分では分からない。ただ、危険な目に遭う必要の無い人を危険に晒して、申し訳なくなっているだけだ。
俯きながら、小さく首を横に振った。
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