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第8章 作戦
作戦Ⅱ
しおりを挟むどうか、誰も怪我をする事無く終わって欲しい。祈るような気持ちでソファーへ戻った。
何かするでもなく、メイドが用意をしてくれたハーブティーに口を付ける。爽やかでほんのり酸味の効いた味が口の中を満たす。その間も心が休まる事は無かった。
少し暖炉の熱にあたって心を落ち着けよう。そっと立ち上がった時、扉がノックされた。
「ミユ?」
「あっ」
ヒルダだ。部屋に入ってくるなり、歳に似合わない可愛らしい顔を歪めて私に抱き着いてきた。
「ミユ、ごめんね。昨日ちゃんとした挨拶もしないで別れちゃって。ミユの方が辛いのに、私、泣き散らかしちゃったし」
ヒルダは何も悪い事はしていない。私の事を思って、してくれた行動だろう。
首を横にブンブンと振ってみせる。
ヒルダはすっと身体を離す。
「ミユ、暇じゃないかと思って来てみたんだ。刺繍なんて左手が使えないと出来ないし、本だって読む気分じゃないだろうからさ。同性の話し相手だってまだ居ないし」
そうか。心配して来てくれたのか。ほんわりと胸が温かくなり、お礼を言う代わりに微笑んでみせた。
二人揃ってソファーに腰を下ろす。
「クローディオ、今お城でしょ? お父様から聞いた。で、今夜、囮使うんだって?」
「うん。私、クローディオとルーナが心配で……」
出来るなら、この作戦を使わずに犯人を捕まえて欲しいと思った程だ。
「クローディオの事も心配してくれるんだ」
「当たりだよ」
答えると、ヒルダは小さく苦笑いをする。
「ミユがどう思ってるかは知らないんだけどさ。クローディオ、周りから、冷静に何でも出来る完璧人間って勘違いされてるみたいなんだよね」
「えっ?」
そう言えば、ルーナもそんな雰囲気のような事を言っていたなと、思い返す。
「あんな情熱家、なかなか居ないのにさ。仕事でも、社交界でも自分を出さないって言うか……何考えてるか分からないみたいな所があってさ、そのせいで、ね。お父様でさえ、自慢の息子を過信してる部分があると思うんだ。この家では、お父様の決定が絶対だから。もし、ミユから見てクローディオがしんどそうだったら……」
言いながら、お姉様は私の手に自身の手を重ねる。
「ミユがクローディオを支えてあげて欲しい」
アイスブルーの瞳が真っ直ぐに私を貫く。
「えっと……」
言い淀みながらも、自分の意見を纏める。
「婚約とか、結婚とか、そういうのってお互いに支え合うのが当然って思ってるから。それに、クローディオが情熱家なのは元から知ってるから……覚悟はしてる」
「そっか。……良かった」
ヒルダは「ふぅ……」と息を吐き出すと、小さな伸びをした。
「弟があんなだと、結構苦労するんだよねー。ミユも苦労したでしょ」
否定出来ない。肯定を示す代わりに無言を貫いた。
「やっぱりね。苦労しない訳ないよね」
ヒルダがクスクスと笑う向こうで、扉をノックする音が聞こえた。
ひょっこり覗いた顔は。
「お母様」
私とヒルダの声が重なる。
キャサリンの手には、何やらペンと便箋らしきものが乗せられたトレイがあった。
「ミユ、ちゃんとエメラルドのご両親にはお手紙書いた?」
「あっ……」
色々あり過ぎて、完全に忘れていた。渋い顔をしていると、キャサリンは私の前にそのトレイを置く。
「駄目ですよ。嘘偽り無く、ありのままを書きなさい。直にエメラルドにも事件の事が噂となって伝わる筈です。ルーゼンベルクは責められるべきなの。落ち度は私たちにあるから」
「そんな……悪いのは犯人なのに──」
「親とはそういうものなの。今は分からなくても良いの、直に分かる時が来るから」
納得は出来ないけれど、仕方が無い。
言われるがまま、筆を取った。考えは書き、考えは書きを繰り返していく。
────────
アークライトの皆へ
無事にサファイアのルーゼンベルク公爵の屋敷に着きました。
八ヶ月後に、クローディオとの婚約発表をしてくれるそうです。
だけど、皆知ってるよね? 私、別邸で事件に巻き込まれちゃって……。
左腕に大怪我を負って、左手に力が入らなくなってしまいました。
頑張ってリハビリするから。元の生活に戻れるようにするから。だから、クローディオやルーゼンベルクの人たちを責めないで下さい。
悪いのは犯人です。
次に手紙書く時は明るい内容にしてみせるね!
ミエラ・アークライト
────────
このような感じで良いだろう。
手紙をキャサリンに渡し、三つ折りにしてもらった。封筒に入れ、封蝋を押す所も見届けた。
キャサリンはメイドを呼び、手紙を渡す。筆記用具もメイドの手によって片付けられた。
これでエメラルドの家族の元には届くだろう。
運ばれてきた紅茶をそれぞれ嗜み、一息着く。
そこへ又しても扉がノックされた。
「ただいま」
サファイア城から帰ってきて、直行してくれたのだろう。キャサリンとヒルダの姿もあるのを見て、クラウは少し驚いたような表情をした。それも束の間、笑顔に変わる。
「ミユ、良かった。一人で暇だったり、思い詰めたりしてないか心配だったんだ」
「大丈夫だよ。お父様と話した後、ずっとお姉様が一緒に居てくれたから」
私もクラウに笑いかけると、ヒルダは自身の頭を掻いてみせる。
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