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第6章 陰り

陰りⅢ

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 そうだ。今、あの事を伝えなければ。クラウと二人きりになれる機会はなかなか無いだろう。

「あのね。お姉様が、私たちが神様の分身だって事……知ってた」

「……えっ!? 姉さんが?」

「お姉様だけじゃなくて、お母様もだって」

「王位継承権を持ってるから、か……」

 クラウは複雑そうな面持ちで頭を搔く。

「でも、大丈夫だった。『あなたたちはちゃんと人間だよ』って言ってくれたの」

「……流石、姉さんだ」

 敵わないとでも言いたげに、苦笑いをする。そのままクラウは何かを話そうと口を開きかけたのだけれど、言葉として発せられる事は無かった。
 扉がノックされたのだ。

「ミエラ、クローディオ、ただいま!」

 蝶番の音が響き、直ぐにヒルダとセドリックが姿を現した。

「クローディオ、ご飯食べといで」

「うん、行ってくる。直ぐに戻って来るから」

 クラウはサラッと私の頭を撫でると、名残惜しそうに部屋から出ていってしまった。心が少しだけしゅんとしてしまう。

「ミエラもご飯食べちゃおう? もう直ぐルーナが持ってきてくれるから」

「うん」

 返事をし、少しだけ左手に力を入れてしまった。瞬間的にズキリとした重い痛みが走る。

「無理はいけないよ」

 顔を顰める私に、セドリックが手を差し伸べてくれた。背中に力強い腕が回り、私の上半身を起き上がらせる。
 何故かセドリックはそのまま部屋の中心に移動すると、此方を向いて口を開いた。

「食事の前に少しだけ。クローディオが居ると怒られてしまうから、今話してしまいますね。貴女の身の安全の為に、メイドの話と部屋の状況を纏めます。辛くなったら言って下さい」

 その言葉に、無言で頷く。
 セドリックは壁際のクローゼットの前で足を止め、その扉を開ける。

「犯人はこの中に潜んでいたらしい。私たちが到着した時も、この扉は開いていました。此処から……」

 今度はベットのすぐ横──ヒルダの後ろに立った。

「此処に移動し、ミエラと揉み合いになった。犯人はミエラを傷付けて……」

 セドリックはスタスタと歩き、中央の窓に手を掛ける。

「途中で凶器を投げ捨てて、この窓を開けた。下に積もっている雪をクッションにして飛び降り、更に雪を掻き分け、左側……西の森に逃げ込んだ。雪が降り積もっていたから、何処まで逃げたかは不明。……何かおかしな所はありましたか?」

 差し当っておかしいと思う所は無い。首をブンブンと横に振ってみせる。
 セドリックは溜め息を吐くと、此方に戻って来た。そのまま椅子に腰掛ける。

「こんな事が出来るなんて人とは思えない。サファイア人としてお詫びします。申し訳ない」

「お兄様、やめてください! お兄様は悪くありませんから」

 深々と頭を下げるセドリックに、思わず手が伸びる。

「ミエラ、私からも謝るよ。焦って事情聞こうとして、ミエラの事まで考えられなかった。ごめんね」

「お姉様まで! 謝る事なんて無いのに……」

 何故、謝るのだろう。謝って欲しいのは犯人だけなのに。
 目に涙が溜まる。そんな時、部屋の扉が開いた。

「ミエラ嬢……!」

 部屋の入口にキッチンワゴンを置きっぱなしにし、ルーナが駆け寄ってきた。そのまま私の膝に飛び付く。

「私が居ながら申し訳ありません! お嬢様ではなくて、私が傷を受ければ良かったのに! 本当に申し訳ありません……!」

「もう、皆~……!」

 声を上げて泣き始めたルーナの頭を右手で撫でてみる。それでもルーナの涙は止まらない。

「ルーナ、ミエラにご飯食べさせてあげて? ご飯が冷めちゃうよ?」

「あっ! 申し訳ありません……!」

 ヒルダが助け舟を出してくれた。ルーナは慌てて私から離れ、腕で顔を拭う。俯きながら引き返したせいで、部屋に戻って来たクラウに体当たりしてしまった。よろめくクラウに、ルーナの顔は青ざめていく。

「クローディオ卿……!? 申し訳ありません! ミエラ嬢の事も……どのようにお詫びを申し上げたら良いのか……!」

「さっきも言ったけど、君の監督不行き届きじゃないから。今回の事は誰も予測出来なかった。違う?」

「は、はい……。申し訳ございません……」

 ペコペコと頭を下げるルーナに、クラウは苦笑いをする。

「落ち着いて。これは俺が持ってくよ」

「で、ですが──」

「良いから」

 何やら二人で少し揉めているようだ。ルーナは何度も頭を下げているし、クラウは困り顔で頭を搔くしで収集がつかない。

「ルーナ、下がって良いよ。後は私に任せて」

「は、はい……。失礼致します……」

 ヒルダの一声で、ようやく諦めたようだ。ルーナは深々と一礼すると、部屋から去っていった。
 クラウは溜め息を吐きながらルーナを見遣り、キッチンワゴンの上の大皿を手にする。シルバーも持つと、不機嫌そうな顔で此方にやって来た。それをヒルダに手渡すと、ドカリと椅子に腰掛けた。

「ルーナの事、ホントは少し怒ってるでしょ」

「……うん、ほんの少しだけ、ね」

 やはり思った通りか。少し不機嫌そうなクラウに、私も少し頬を膨らませてみる。

「今回の事は、ルーゼンベルクの人は誰も悪くないんだからね」

「分かってるよ」

 分かっていないから言っているのに。八つ当たりは絶対に駄目だ。
 口を尖らせるクラウに、眉毛を吊り上げてみる。
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