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第6章 灼熱の地

灼熱の地Ⅱ

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 気まずくなったに決まっている。俺への気持ちが無い事は分かっているが、やはりショックだ。
 ミユとアレクの会話を聞き流し、一人、席に着いた。
 このまま落ち込んでいても仕方が無い。元より自分自身の気持ちが分からないのに。
 ミユも腰を落ち着けるのを待ち、口を開いた。

「あのさ、火の塔に行くのは予定通り三日後?」

「あ? あぁ、そのつもりだ」

「そっか」

 ミユの体調を考えて、遅らせた方が良いのではないか。いや、影からの接触があった後では遅い。
 やむを得ないか。

「どうかしたのか?」

「ううん、なんでもない」

 アレクに向かって、表情も変えずに首を横に振ってみせる。
 ミユの身の安全が第一だ。判断を間違ってはいけない。

「お待たせ」

 突如としてフレアの声が聞こえ、はっと振り向いた。
 彼女は朗らかに微笑み、首を少し傾ける。両手にはオレンジ色の液体が注がれたグラスが二つあった。

「クラウもオレンジジュースで良い?」

「うん、ありがとう」

 一つは俺の分らしい。気を利かせてくれたのだろう。
 グラスを俺たちの前にそろっと置くと、フレアは自分の席に戻る。

「何の話してたの?」

「いや、三日後に火の塔に行くぞって話くらいだ」

「そう……」

 フレアは窓の外へ目を向けて呆ける。

「今は、外はコスモスでも咲いてるのかな」

「えっ?」

「ほら、ダイヤは秋だから」

 ミユの声にもぼんやり返しているように聞こえた。

「エメラルドは? 秋じゃないの?」

 そうか。ミユはこの世界の人間ではないから、此処の常識が通用しないのだ。

「エメラルドは春の大陸だから。あたしの故郷のガーネットは夏だし」

「トパーズは秋だな」

「サファイアは冬」

「ほえ~……」

 一応、それぞれの大陸に四季はあるが、ダイヤのように気候や気温が変わる事は無い。その変化は穏やかだ。気温の変化と言っても、最高気温を比べても夏と冬で十度の差があるかどうかである。

「気候も違うし、咲いてる花も違うし」

「っていうか、サファイアは花は基本咲かないよ。寒すぎるから」

「オレはコスモスとか、ダリアとか、サルビアとか咲いてるとこなら見たことあるな」

「アレクって意外と花の名前知ってるんだね」

 フレアが小さく笑うと、アレクは照れ隠しのように頭を掻く。

「オレだって花の名前くらい分かるぞ」

「そう」

 フレアは満足げに笑う。
 アレクもやれやれといった表情をする。満更でもないらしい。
 俺も思わず笑うと、視界の右上部に白い何かが現れたのだ。
 じっくり見るまでもなく、この花弁の形はコスモスだ。
 まさか、ミユの魔法――

「えっ?」

 ミユが声を上げる。
 どうやら彼女にも自覚は無いらしい。
 ミユが両手を差し出すと、コスモスはくるりくるりと回転しながら其処に収まった。

「何でコスモスが?」

 ミユは不思議そうに小首を傾げる。
 数秒間を置き、焦るアレクと目が合った。

「オマエだろ? コスモス摘んできたの」

「お、俺? いや……うん、そう」

 思わずアレクの無茶振りも肯定してしまった。
 考えるまでもなく、魔法の力を取り戻しつつある事をミユに悟られてはならない。話が違うと言われれば、俺たちの立つ瀬がない。
 不審そうに俺、アレク、フレアと見比べるミユに、苦笑いを返すしかなかった。

―――――――――

 今日は幸せな一日だった。
 日頃の感謝の証に、カノンにラナンキュラスのイヤリングを渡せたのだ。
 明日もダイヤで会議という名目の親睦会が行われる。
 さて、次はどうやってカノンにアプローチしようか。
 頭の中で唸り声を上げながら、瞼の裏の暗がりを見る。

「おい」

 この声はヴィクト――いや、アレクだ。
 重い瞼をこじ開け、左側を顧みる。

「交代の時間だぞ」

「……ん? もうそんな時間?」

「あぁ」

 そうだ、今は真夜中で、俺はミユの部屋の見張りをしていたのだった。
 此方に歩み寄る、明りに照らされたアレクの姿を確認し、一気に目が覚めていった。
 この切迫した時期に、肝心な所で居眠りしてしまうなんて、どうかしている。頭を振り、自分の髪をくしゃりと握り潰した。

「オマエ、ちゃんと休めてるのか?」

「うーん……。休めてるって言ったら、嘘になる」

 身体は休めていても、気持ちが休まる事は無い。
 アレクは大袈裟に溜め息を吐くと、俺の隣に立ち、目を細める。

「まぁ、素直なのは良いけどよー。このままじゃ、この先身が持たねーぞ?」

「分かってる」

 視線を落とし、細い息を吐いた。
 言われなくとも分かっている。ミユが魔法を使えるようになれば、影は今まで以上のアクションを起こすだろう。殺気がそのまま攻撃となって襲い来るかもしれない。

「オレとフレアが見張ってる間くらいは、何も考えるな。オレらが代わりに考えといてやるからよー」

「うん」

 素直に厚意に甘えよう。
 ゆっくりと足を動かし、アレクの前を通り過ぎる。

「ありがとう」

「あぁ」

 振り返った時に見たアレクは腕を組んで遠くを見遣り、蝋燭の灯が反射する瞳は力強さを感じさせた。
 本当にミユの事を、この先の事を考えてくれているのだろう。
 俺の冴えない頭で、いくら考えを巡らせたとしても、先の見通しが立つとも思えない。
 重たい身体を引き摺り、何とか部屋へ辿り着くと、そのままベッドへと直行した。

―――――――――
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