19 / 21
第6章 灼熱の地
灼熱の地Ⅰ
しおりを挟む
廊下の壁に備えられた蝋燭の僅かな明かりがけが灯る中、ミユの部屋の前へと向かう。
今はアレクが見張りをしている筈だ。
会議室へ向かう分かれ道を通り過ぎ、フレアの部屋の前まで来ると、もうミユの部屋の前に居るアレクの姿が見えていた。腕を組み、壁に寄り掛かり、今にも眠ってしまいそうだ。
「アレク、交代の時間」
「……あ?」
彼は瞼を開け、ちらりと此方を見る。体勢を立て直すと伸びをし、肩をぐるぐると回し始めた。
「変な事は起きなかった?」
「あぁ。ミユもぐっすり眠ってるみてーだし、異常はねーだろ」
良かった。ほっと息を吐き出した。笑みも漏れる。
アレクは頭を掻き、長い前髪を靡かせる。
「オマエもあんま思い詰めんなよ。いざって時に動けなくなるからな」
通り掛けに俺の肩を叩き、アレクは欠伸をしながら去っていった。気怠そうな足音と、蝋燭に照らされる束ねられた薄茶の長い髪が鮮明に残る。
影は今、何を考え、どう行動しているのだろう。考え始めれば不安だけが膨らんでいく。
窓の外は白み始め、太陽が顔を出す。それと共に、計り知れない心の闇も取り払われるようだ。
アレクとフレアが朝食を持って現れたのは、その三時間ほど後だった。
朝食も終わり、またミユの部屋の前で警備に勤しむ。腕を組み、壁に背中を預け――未明に見たアレクの姿とそう変わらないだろう。
ミユの頭痛はようやく治まったようだ。朝食の時も笑顔が絶えなかったし、安心して良いだろう。
そのせいか、段々と眠くなってきてしまった。コクリコクリと居眠りをしては、はっと目を覚ます。
「クラウ、ちょっと休んだ方が良いよ」
突然の声に驚き、振り向いてみると、苦笑いをするフレアが居た。
「そんなに心配なら、あたしが見てるから」
「うん、そうさせてもらう」
体勢を直し、小さな欠伸をする。僅かに溢れた涙を左手で擦り、自室へと向かった。
それから休息し、目を覚ますまではあまり覚えていない。ベッドから体を起こすと、テーブルの上には湯気の立ち上るペスカトーレと海藻サラダが置かれていたのだった。
一息つき、再びミユの部屋へと向かう。その途中で、何やら笛の音が聞こえてきたのだ。聞き慣れない笛の音――
それはどうやらミユの部屋から鳴っているらしい。
ドーレーミーファーソー――と、俺でも分かる音階の音――恐らくロングトーン練習だろう。一瞬、家族の顔が過ったが、もう会えはしないと首を横に振った。
ミユの顔が早く見たい。自分でも歩く足が速くなっていくのが分かる。
ドアの前に着くと息を整え、ドアノブを回していた。
「ミユ」
「ひゃっ!」
しまった、ノックするのを忘れていた。
それにしても、ミユも驚き過ぎだとは思う。楽器を今にも落としそうな程に肩を震わせていた。
俺がショックを受けたことに気付いたらしく、彼女は小動物のように首を傾げる。
「どうしたの?」
「部屋に居たらさ、笛の音が聞こえてきたから」
部屋に居たというのは嘘になってしまうか。あまり変わらないから、良い事にしよう。
朝も確認したが、もう一度確かめておこう。
「体調はもう良くなった?」
「うん。頭痛も無くなったよ」
「良かった」
胸を撫で下ろすと同時に、顔が緩む。
ミユの傾げた首が、更に傾いた。
何を不思議に思っているのだろう。
「ん?」
「何しに来たの?」
「えっ? うーん……」
こんなにも直球に疑問を投げかけられるとは思っていなかった。
俺もストレートに返してしまっていいのだろうか。一瞬迷ったが、言う事にした。
「ミユの顔が見たくなったから。それじゃ、ダメかな」
「へっ!?」
ミユの顔が一気に薔薇色に染まる。
そういえば、ミユの部屋で二人きりになるのは初めてだったな、と気付く。
しまった、と思う間も無く、彼女は楽器をテーブルの上へと移動させた。此方を再び向いても、目を合わせようとしない。
「私、喉乾いちゃった。会議室にジュースあるかなぁ」
「えっ? うん、あると思うよ。アレクとフレアもそこに居るかもしれなけど」
嫌な予感しかしない。
「私、行ってくるね~」
「えっ? お、俺も行くよ」
確実に俺を避けている。
胸が抉られたかのようにずきりと痛む。
足早に部屋を出ていくミユを慌てて追った。
こんな時、何を話していいかが分からない。横に並ぶでもなく、物理的な距離も心の距離も縮まらない。
何をやっているんだ、俺、と自分自身に苛立ちを感じる。
そうこうしている間にも、会議室へと到着してしまった。
ミユが扉を押し開けると、柔らかな紅茶の香りが漂ってきた。
「オマエら、どーしたんだ?」
アレクとフレアは指定席に座り、ティーカップを持っていた。その香りは二人によるものだと判断出来る。
「私、ジュース飲みたくなっちゃって」
ミユが答えると、二人はちらりと此方を見て小さく笑う。
「何味が良い?」
「う~ん……オレンジ!」
「分かった、持ってくるね。座って待ってて」
フレアはにこやかに笑うと、部屋から颯爽と去っていった。
ミユの「あっ……」と呟く声が聞こえた気がした。
今はアレクが見張りをしている筈だ。
会議室へ向かう分かれ道を通り過ぎ、フレアの部屋の前まで来ると、もうミユの部屋の前に居るアレクの姿が見えていた。腕を組み、壁に寄り掛かり、今にも眠ってしまいそうだ。
「アレク、交代の時間」
「……あ?」
彼は瞼を開け、ちらりと此方を見る。体勢を立て直すと伸びをし、肩をぐるぐると回し始めた。
「変な事は起きなかった?」
「あぁ。ミユもぐっすり眠ってるみてーだし、異常はねーだろ」
良かった。ほっと息を吐き出した。笑みも漏れる。
アレクは頭を掻き、長い前髪を靡かせる。
「オマエもあんま思い詰めんなよ。いざって時に動けなくなるからな」
通り掛けに俺の肩を叩き、アレクは欠伸をしながら去っていった。気怠そうな足音と、蝋燭に照らされる束ねられた薄茶の長い髪が鮮明に残る。
影は今、何を考え、どう行動しているのだろう。考え始めれば不安だけが膨らんでいく。
窓の外は白み始め、太陽が顔を出す。それと共に、計り知れない心の闇も取り払われるようだ。
アレクとフレアが朝食を持って現れたのは、その三時間ほど後だった。
朝食も終わり、またミユの部屋の前で警備に勤しむ。腕を組み、壁に背中を預け――未明に見たアレクの姿とそう変わらないだろう。
ミユの頭痛はようやく治まったようだ。朝食の時も笑顔が絶えなかったし、安心して良いだろう。
そのせいか、段々と眠くなってきてしまった。コクリコクリと居眠りをしては、はっと目を覚ます。
「クラウ、ちょっと休んだ方が良いよ」
突然の声に驚き、振り向いてみると、苦笑いをするフレアが居た。
「そんなに心配なら、あたしが見てるから」
「うん、そうさせてもらう」
体勢を直し、小さな欠伸をする。僅かに溢れた涙を左手で擦り、自室へと向かった。
それから休息し、目を覚ますまではあまり覚えていない。ベッドから体を起こすと、テーブルの上には湯気の立ち上るペスカトーレと海藻サラダが置かれていたのだった。
一息つき、再びミユの部屋へと向かう。その途中で、何やら笛の音が聞こえてきたのだ。聞き慣れない笛の音――
それはどうやらミユの部屋から鳴っているらしい。
ドーレーミーファーソー――と、俺でも分かる音階の音――恐らくロングトーン練習だろう。一瞬、家族の顔が過ったが、もう会えはしないと首を横に振った。
ミユの顔が早く見たい。自分でも歩く足が速くなっていくのが分かる。
ドアの前に着くと息を整え、ドアノブを回していた。
「ミユ」
「ひゃっ!」
しまった、ノックするのを忘れていた。
それにしても、ミユも驚き過ぎだとは思う。楽器を今にも落としそうな程に肩を震わせていた。
俺がショックを受けたことに気付いたらしく、彼女は小動物のように首を傾げる。
「どうしたの?」
「部屋に居たらさ、笛の音が聞こえてきたから」
部屋に居たというのは嘘になってしまうか。あまり変わらないから、良い事にしよう。
朝も確認したが、もう一度確かめておこう。
「体調はもう良くなった?」
「うん。頭痛も無くなったよ」
「良かった」
胸を撫で下ろすと同時に、顔が緩む。
ミユの傾げた首が、更に傾いた。
何を不思議に思っているのだろう。
「ん?」
「何しに来たの?」
「えっ? うーん……」
こんなにも直球に疑問を投げかけられるとは思っていなかった。
俺もストレートに返してしまっていいのだろうか。一瞬迷ったが、言う事にした。
「ミユの顔が見たくなったから。それじゃ、ダメかな」
「へっ!?」
ミユの顔が一気に薔薇色に染まる。
そういえば、ミユの部屋で二人きりになるのは初めてだったな、と気付く。
しまった、と思う間も無く、彼女は楽器をテーブルの上へと移動させた。此方を再び向いても、目を合わせようとしない。
「私、喉乾いちゃった。会議室にジュースあるかなぁ」
「えっ? うん、あると思うよ。アレクとフレアもそこに居るかもしれなけど」
嫌な予感しかしない。
「私、行ってくるね~」
「えっ? お、俺も行くよ」
確実に俺を避けている。
胸が抉られたかのようにずきりと痛む。
足早に部屋を出ていくミユを慌てて追った。
こんな時、何を話していいかが分からない。横に並ぶでもなく、物理的な距離も心の距離も縮まらない。
何をやっているんだ、俺、と自分自身に苛立ちを感じる。
そうこうしている間にも、会議室へと到着してしまった。
ミユが扉を押し開けると、柔らかな紅茶の香りが漂ってきた。
「オマエら、どーしたんだ?」
アレクとフレアは指定席に座り、ティーカップを持っていた。その香りは二人によるものだと判断出来る。
「私、ジュース飲みたくなっちゃって」
ミユが答えると、二人はちらりと此方を見て小さく笑う。
「何味が良い?」
「う~ん……オレンジ!」
「分かった、持ってくるね。座って待ってて」
フレアはにこやかに笑うと、部屋から颯爽と去っていった。
ミユの「あっ……」と呟く声が聞こえた気がした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
輪廻転生って信じる? しかも異世界で~green side story~
ナナミヤ
ファンタジー
百年振りに再会した恋人が、死の呪いを受けた私を溺愛してきます。
神々の奇想四重奏シリーズ 第1部
誕生日に不思議な石を見付け、異世界へ転移させられてしまった実結。
その世界では、何故か王と権力の変わらない魔導師として城の塔に幽閉されてしまう。
他の国の魔導師である、クラウ、アレク、フレアとは面会を許されるが、三人は何か隠し事をしているようで──
百年前の記憶が絡み合う、仲間との再生、恋愛ファンタジーです。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる