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第5章 始まりの疾風

始まりの疾風Ⅰ

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 いつの間にか眠っていたらしい。
 あんな事があったのに眠れるとは。眠れない日々が続いたから、仕方が無いのかもしれないが。
 大きく溜め息を吐き、もう一度瞼を閉じる。
 そう言えば、今は何時だろう。
 薄目を開け、時計を確認してみる。
 七時半、か。もう一眠り出来るだろうか。
 そう考えていた間もあまり無く、廊下から足音が聞こえ始めた。それは段々と近付いてくる。

「起きてるか?」

 ノックも無く、ドアノブの音が響く。

「もう少し寝かせて」

「やっぱ眠れなかったのか?」

「ううん、今日は眠れた」

「じゃー、少し付き合え」

 嫌々視線を声の方へと向けると、アレクがにっと笑ってこちらを見下ろしていた。
 ミユが関係しているのなら、俺だけ寝ている事なんて出来ない。
 むくりと身体を起こすとアレクを追い出し、ナイトウェアを脱ぎ捨てた。
 着替え終わって部屋のドアを開けると、腕を組んで待ち構えていたアレクの姿があった。

「フレアも待ってんだ。行くぞ」

「ミユは?」

「まだ寝てんじゃねーか? フレアが見に行った時には寝てたらしいぞ」

 どうやら、まだミユには会えないらしい。
 肩を落としたものの、数時間後には大変な目に遭うのだ。今は眠らせてあげた方が良い。
 廊下を歩きながら頭を掻くと、アレクが小さな咳払いをした。

「んで、オマエに相談なんだけどよー」

「何?」

「フレアに何か起きたら、オレはミユよりもフレア優先するからな。それだけ断っとこうと思ってよー」

 そんな事は言われなくても分かっている。
 神妙な表情をしたアレクに頷くと、その緊張感は緩んでいった。

「済まねーな」

「ううん、それは当たり前だから」

 そんな事を話しているうちに、会議室へと到着していた。
 扉を開けると、愁いを帯びた表情でフレアは窓の外を眺めていたようだ。はっとを此方に顔を向けると、微笑んでみせる。

「おはよう」

「おはよう。早速だけどさ、話あるんでしょ?」

「そんなに焦んな。まだ時間はあるだろーし」

 話があるなら早く終わらせて、ミユの所に行きたいのに。なかなか自分が思う通りには、事は運ばないらしい。
 フレアは手持無沙汰じゃ寂しいだろうと気を遣ってくれ、紅茶を今この場に居る人数分用意してくれた。
 この甘い香りは、ガーネットの南の地域のものだろう。フルーティーな味が口いっぱいに広がる。
 それに反して、気ばかりが急いてしまう。
 両手を握り締め、事の行方を見守る。

「あたしはまだ反対だよ」

「過去を見る事か?」

「そうだよ。今からでも遅くないから、ホントの事を言おう?」

「ソレでミユが止めちまったらどーするんだよ」

 フレアは無言のまま、アレクを睨み付ける。
 これでは昨日の繰り返しだ。

「俺は……過去を見て欲しい」

 見兼ねて、本心を呟いてみる。

「何れは見なきゃいけない過去なら、今でも良いと思う。先延ばしにして、危険に身を晒すくらいなら、辛い思いをしでても自分の身を守れる方が良い」

「それは……そうだけど……」

 返す言葉を無くしたのか、フレアは俯いてしまった。
 しかし、納得はしていないようで、険しい表情をしている。

「今のところ、反対はフレアだけだ。何か意見はあるか?」

「あたしは……」

 フレアは小さく首を横に振った。

「ミユが過去を思い出すのが怖いのかもしれない。あたし、カノンに勘違いされてたから、ミユにも憎まれるんじゃないかって、やっぱり何処かで考えちゃって……」

 言い終わると、ぎゅっと口を結ぶ。
 アレクはフレアの頭を何度か撫で、優しく微笑む。

「ミユがオマエを憎んだとしても、オレとコイツはオマエを信じる。けど、それじゃーオマエも辛ぇよな」

「うん……」

「辛くなったら、全部オレにぶつけろ。泣きたい時には泣くんだ。何時か誤解は解ける筈だ」

 遂にフレアは一粒の涙を溢した。何度か頷くと、そのまま俯く。
 何とも言えない――悲しいとも違う、哀れみとも違う、複雑な空気を纏った時間は刻々と、確実に過ぎていった。
 朝食も摂る気にもなれず、ミユの到着を待つ。ところが、とんでもない事実に気付いたのだ。

「ミユ、この会議室の場所、分からないかもしれない」

「あ?」

「過去を思い出してもいないし、昨日、道順を覚えてないかもしれないし」

「ワープは出来んだろ?」

 ワープが出来たとしても、ワープの存在を忘れてしまっては意味が無い。
 首を何度か横に振り、勢い良く立ち上がった。

「ミユの様子を見てくるよ」

「ダメだよ、相手は女の子だもん。あたしが見てくる」

「大丈夫か?」

 俺をを遮ったものの、決心はつかないのかもしれない。アレクに問われると、フレアは再び俯いた。

「オレらもついてくからよー、ダメだったら言うんだぞ?」

「うん」

「じゃ、行くぞ」

 アレクとフレアものそりと立ち上がり、俺を置いて会議室の扉を押し開けた。
 こんな調子だと、やはり、溜め息を吐きたくなってしまう。我慢する事はせず、頭を搔いた。
 それに気付いたのか、アレクとフレアは小さく振り向く。「ごめんね」と小さな声も聞こえた。
 謝るくらいなら、もう少し俺のことも気遣って欲しいものだ。
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