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第3章 想い人

想い人Ⅱ

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 地の子がテーブルの上にある料理に目を奪われているうちに、ラナンキュラスの花束を抱き抱えた。のは良いのだが、渡すタイミングがいまいち分からない。
 何時渡そうと考えているうちに、地の子は自身の席までやってきてしまった。
 今しかない。

「これ……」

 思い切って声を掛けてみる。熱くなる頬を気にしてはいられない。

「俺たちの歓迎の気持ち」

 言い終わると、そっと地の子に花束を翳してみせた。

「ありがとうございます……」

 きょとんとした様子で地の子は花束を受け取ると、じっとそれを見詰める。
 気に入ってくれたのだろうか。
 気に掛けながら、そっと手を引っ込めた。
 タイミングを見計らい、フレアが言葉を紡ぐ。

「貴女の名前は?」

「えっと……ハナオカ・ミユ、です」

 頭にはてなマークが無数に並ぶ。
 ファーストネームはどちらなのだろう。ハナオカにしても、ミユにしても、この世界では聞いた事の無い名だ。

「ハナオカ……ミユ……?」

 思わず小首を傾げてしまった。

「ファーストネームはどっちだ?」

「ミユです」

 戸惑った様子の地の子――ミユは控えめに言う。
 そもそも異世界から来たのだから、聞き慣れない名であるのも仕方ないのかもしれない。そう思い直し、何度か頷いた。

「ミユだね。あたしはフレア。よろしくね」

 ミユとフレアは微笑み合いながら握手を交わす。
 次は俺の番だと思った時にはもう遅かった。

「オレはアレクだ。んで、ミユの隣のが――」

「俺に挨拶させてくれたって良いじゃん!」

 何故、アレクはいつも空気を読まないのだろう。

「あっ、済まねぇ、いつもの癖だ」

 いつもの癖で俺の第一印象が変わってしまっては大変だ。
 一度アレクにしかめっ面を向け、頭を切り替える。
 その後、何とかミユに笑顔を向ける事が出来た。

「俺はクラウ。よろしくね」

 無性にミユの髪を撫でたい衝動に駆られたが、それは駄目だ。ミユはカノンの事を覚えていない。下手をすれば、変態認定されてしまうだろう。
 出しかけた右手を引っ込めた。
 ミユは首を傾げ、口を開きかけた。

「私の事は構わず、皆様は談笑をお楽しみ下さい。ミユ様、ファイトです」

 その口を遮ったのはアリアだった。
 ミユは更に首を傾げる。
 その仕草が小動物のようで、とても愛らしい。

「立ちっぱなしも疲れるしよー、取り敢えず座って飯食おーぜ! ミユの好物があれば良いんだけどな」

 アレクの号令で、ようやく皆が揃って指定席に座った。
 俺の隣にはミユが居る。それがとてつもなく嬉しい。涙が溢れそうな程に。
 一方で、俺の右半身は緊張のせいか、妙に痺れている。
 ミユに笑顔を見せてみるが、きちんと笑えているのかは分からない。

「えっと……あの……」

 その場の空気に耐えきれなくなったのか、ミユは正面に居るフレアの顔を見詰めた。

「取り敢えず、花束を横の席にでも置いて? ご飯食べよう?」

「あっ、はい!」

 抱えたままの花束を俺とは反対の席に置き、ミユはちょんと椅子に座り直す。

「これ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ミユの元へはフレアが、俺の元にはアレクが、次々と取り分けた料理を手渡してくれる。テーブルにはもう他の物を置く隙間は無いだろう。
 更の料理は、見た目は美味しそうではある。
 しかし、緊張のせいで食欲が無い。

「よし!」

 皆が食事をする中で、自分だけが黙って見ている訳にもいかず、アレクとフレアの動きを見て俺もフォークとナイフを手に取った。
 その横で、ミユはそっと小さな手を合わせる。

「いただきます」

 何かの合図だろうか。
 又しても頭にはてなマークが浮かぶ。

「えっと……」

「ソレ、何かの呪文か?」

「えっ?」

 アレクが何か驚かせてしまっただろうか。ミユは目を丸くする。それも一瞬の事で、大きく首を横に振った。

「ご飯の前の挨拶ですよ」

「そんなのがあるんだな」

 食事に感謝をするとは、とても良い文化だ。
 アレクは何度か頷いてみせる。そんなアレクにミユは見惚れているようだ。
 胸がちくりと痛む。
 それも束の間、その焦茶の瞳は、次に俺の瞳を見詰める。何だか気恥ずかしくて、左手を頭に乗せてみた。顔もかなり熱くなっている。

「どうかした?」

「い、いえ……。ごめんなさい……」

 謝られる事なんて何もしていないのに。ミユは小さく頭を下げる。そのままミユは口を開いた。

「あの、おでこの石って……アクセサリー、ですよね?」

 もしや、魔導石の事を言っているのだろうか。
 魔導石とは、魔法の源となっている石の事だ。この石の力が無ければ、俺たちは魔法を使えない。
 俺の代わりに、アレクが説明をしていく。

「オマエ、ホントにアリアから何も聞いてねーんだな」

「は、はい……」

 ミユは申し訳なさそうに俯いてしまった。

「この石は魔導師の証だ。魔導師ってーのは何か分かるか?」

「魔法が使えるって言う事くらい……。この世界は魔法を使えるのが普通なんですか?」

「いや、魔法を使えるのは魔導師と各国の王、それと使い魔だけだ」

 だからこそ、俺たちは幽閉を強いられている。
 王たちは俺たちが反乱でも起こそうとしているとでも思っているのだろうか。余程、魔導師を恐れているらしい。
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