2 / 21
第1章 追憶
追憶Ⅱ
しおりを挟む
浮遊感が消え去ると、先程と同じように足を運び、墓石に左手を乗せた。
「ただいま」
そのまま優しく墓石を撫ぜる。
視界に映る左手の親指にはカノンとの結婚指輪が輝いている。そして、俺の首元ではカノンが身に着けていた結婚指輪が輝いている。
あの時、君の異変に気付いていれば、君を死なせずに済んだのだろうか。
後悔してもしきれない。
「ふぅ……」と吐息を吐き、右手を握り締める。
とその時、心臓が妙に強く飛び跳ねた気がしたのだ。それは一回きりで、今は落ち着いている。
何だったのだろう。ただの気のせいだろうか。
何度か深呼吸をし、胸を擦ってみる。
だが、それは気のせいなんかではなかった。突如として耐え切れない程の胸の激痛に襲われたのだ。
「……う……ッ……!」
鼓動がおかしい。脈が速過ぎる。それに、真面に呼吸すら出来ない。
苦しさに耐え切れず、両手で胸を押さえ付けながらその場にくずおれた。
俺も此処で終わってしまうのだろうか。
まあ、それも良いのかもしれない。これ程の悲しみを背負って生きていける程、俺は強くはないのだから。
喘ぎながら墓石の方へと目を向ける。
すると、透けてはいるものの、カノンがにっこりと微笑んで俺に手を差し延べていたのだ。無邪気に笑うその表情も、艶やかな焦茶の長い髪も当時と何一つ変わってはいない。
「カ……ノン……」
こんなにも腑甲斐ない俺を迎えに来てくれたのだろうか。
何とかカノンの手を取ろうと必死に自分の手を伸ばす。
だが、触れるか触れないかというところで意識が遠のき始めてしまった。瞳から涙が零れ落ちる。
ごめん。俺は何も出来なかった。してあげられた事は沢山あった筈なのに。
次こそは、必ず君を幸せにしてみせるから。君がどんな姿をしていようと、何処に居ようと必ず見付け出す。だから、どうか忘れないでいて。
君を──愛してる──
瞼を開けた瞬間、片手で掛け布団を引っ掴んで飛び起きていた。
今頃になってこんな夢を見るなんて。
息は上がっているし、滝のような汗も掻いているし、最悪だ。
取り敢えず、落ち着いたらシャワーを浴びて着替えよう。
息を整えつつ、ベッドで胡坐をかいていた。
“クラウ、ごめん……”
この声はリエルだ。今までこんな声は聞こえた事が無かったのに、俺が魔導師として覚醒してからと言うもの、度々こうして話し掛けてくるようになった。
「何で?」
“俺のせいでうなされてたじゃん? だから”
今更そんな事を言うのか。
溜め息を吐き、前方を見据える。
「謝らなくても良いよ。これくらい、なんてことないから」
“……うん”
納得してはいないのだろう。それでも謝罪を重ねられるよりも俺の気持ちは楽だった。
リエルはどんな気持ちで俺の――いや、俺の前世を見てきたのだろう。
カノンを探すためにエメラルドへワープを繰り返し、寿命を縮め、散っていった前世を。
物悲しい気持ちになってしまい、胸元で輝くカノンの結婚指輪を握り締めてみる。
“あっ”
「ん?」
“カイルが来る”
リエルの宣言通り、部屋の外から慌ただしく駆ける足音が近付いてきたのだ。間を置かずにドアは開かれる。
「クラウ様、おはようございます! ……あっ、起きてらっしゃったんですね」
その手にはグラタン皿がある。朝食を持ってきてくれたのだ。
返事をせずにいると、カイルの表情はだんだん曇っていく。
「リエル様の夢でも見たんですか?」
「……うん」
カイルはテーブルに近付くと、そっとグラタン皿を置く。
「冷める前に召し上がって下さい」
部屋中に美味しそうなコンソメの香りが漂ってくる。適当に相槌を打つと、ゆっくりとベッドから抜け出し、朝食の席へと着いた。
カイルはテーブルを離れ、次の動作へと移っていく。
「カイル」
「はい」
「会議って何時だっけ」
カイルはクローゼットを漁りながら「えっと……」と考えを巡らせる。メモを取れば良いのにと思うのは俺だけだろうか。
「五日後です!」
割と直ぐだな、と考えながら、スプーンを手に取った。それをグラタン皿へ向ける。
チーズが掛かったホワイトソースの下からは米が覗いている。今日の朝はドリアか。
一口分を掬うと、息を吹きかけてから頬張った。
「今日の予定は?」
「ありません!」
聞くまでも無かった。魔導師である俺には、そもそも会議と言う名目で仲間たちと会う以外には予定が入らないのだから。
元気に返事をするカイルに、思わず苦笑いしてしまった。
「お着替えは此処に置いておきますので。また後程伺います!」
言うと、カイルはまた慌ただしい足音を立てて去っていった。窓の近くにある椅子の背凭れには用意してくれた着替えが掛けられていた。
「ふう……」
程良く満腹中枢が刺激され、満たされた気分になる。
立ち上がると、おもむろにその窓へと近付いてみる。
外はダイヤモンドダストが舞い、突き抜けるような空が広がっていた。きっと外は凍るような寒さなのだろう。
その手前には俺の姿が映っている。金の髪に大きな青い瞳――嫌でもリエルを思い起こさせる。
「リエル」
“何?”
囁く俺に、リエルも何処か遠慮がちに返す。
「これは俺の人生だから。リエルは気にしないで」
今日は暇を持て余しそうだし、シャワーを浴びたらエメラルドへ行ってみよう。
こうしてカノンを探し続ければ、俺も前世――ノア、レイス、ライリーと同じように寿命を全うする事は出来ないのだろう。それでも、俺は構わない。
カノンさえ見付かるのなら――
「ただいま」
そのまま優しく墓石を撫ぜる。
視界に映る左手の親指にはカノンとの結婚指輪が輝いている。そして、俺の首元ではカノンが身に着けていた結婚指輪が輝いている。
あの時、君の異変に気付いていれば、君を死なせずに済んだのだろうか。
後悔してもしきれない。
「ふぅ……」と吐息を吐き、右手を握り締める。
とその時、心臓が妙に強く飛び跳ねた気がしたのだ。それは一回きりで、今は落ち着いている。
何だったのだろう。ただの気のせいだろうか。
何度か深呼吸をし、胸を擦ってみる。
だが、それは気のせいなんかではなかった。突如として耐え切れない程の胸の激痛に襲われたのだ。
「……う……ッ……!」
鼓動がおかしい。脈が速過ぎる。それに、真面に呼吸すら出来ない。
苦しさに耐え切れず、両手で胸を押さえ付けながらその場にくずおれた。
俺も此処で終わってしまうのだろうか。
まあ、それも良いのかもしれない。これ程の悲しみを背負って生きていける程、俺は強くはないのだから。
喘ぎながら墓石の方へと目を向ける。
すると、透けてはいるものの、カノンがにっこりと微笑んで俺に手を差し延べていたのだ。無邪気に笑うその表情も、艶やかな焦茶の長い髪も当時と何一つ変わってはいない。
「カ……ノン……」
こんなにも腑甲斐ない俺を迎えに来てくれたのだろうか。
何とかカノンの手を取ろうと必死に自分の手を伸ばす。
だが、触れるか触れないかというところで意識が遠のき始めてしまった。瞳から涙が零れ落ちる。
ごめん。俺は何も出来なかった。してあげられた事は沢山あった筈なのに。
次こそは、必ず君を幸せにしてみせるから。君がどんな姿をしていようと、何処に居ようと必ず見付け出す。だから、どうか忘れないでいて。
君を──愛してる──
瞼を開けた瞬間、片手で掛け布団を引っ掴んで飛び起きていた。
今頃になってこんな夢を見るなんて。
息は上がっているし、滝のような汗も掻いているし、最悪だ。
取り敢えず、落ち着いたらシャワーを浴びて着替えよう。
息を整えつつ、ベッドで胡坐をかいていた。
“クラウ、ごめん……”
この声はリエルだ。今までこんな声は聞こえた事が無かったのに、俺が魔導師として覚醒してからと言うもの、度々こうして話し掛けてくるようになった。
「何で?」
“俺のせいでうなされてたじゃん? だから”
今更そんな事を言うのか。
溜め息を吐き、前方を見据える。
「謝らなくても良いよ。これくらい、なんてことないから」
“……うん”
納得してはいないのだろう。それでも謝罪を重ねられるよりも俺の気持ちは楽だった。
リエルはどんな気持ちで俺の――いや、俺の前世を見てきたのだろう。
カノンを探すためにエメラルドへワープを繰り返し、寿命を縮め、散っていった前世を。
物悲しい気持ちになってしまい、胸元で輝くカノンの結婚指輪を握り締めてみる。
“あっ”
「ん?」
“カイルが来る”
リエルの宣言通り、部屋の外から慌ただしく駆ける足音が近付いてきたのだ。間を置かずにドアは開かれる。
「クラウ様、おはようございます! ……あっ、起きてらっしゃったんですね」
その手にはグラタン皿がある。朝食を持ってきてくれたのだ。
返事をせずにいると、カイルの表情はだんだん曇っていく。
「リエル様の夢でも見たんですか?」
「……うん」
カイルはテーブルに近付くと、そっとグラタン皿を置く。
「冷める前に召し上がって下さい」
部屋中に美味しそうなコンソメの香りが漂ってくる。適当に相槌を打つと、ゆっくりとベッドから抜け出し、朝食の席へと着いた。
カイルはテーブルを離れ、次の動作へと移っていく。
「カイル」
「はい」
「会議って何時だっけ」
カイルはクローゼットを漁りながら「えっと……」と考えを巡らせる。メモを取れば良いのにと思うのは俺だけだろうか。
「五日後です!」
割と直ぐだな、と考えながら、スプーンを手に取った。それをグラタン皿へ向ける。
チーズが掛かったホワイトソースの下からは米が覗いている。今日の朝はドリアか。
一口分を掬うと、息を吹きかけてから頬張った。
「今日の予定は?」
「ありません!」
聞くまでも無かった。魔導師である俺には、そもそも会議と言う名目で仲間たちと会う以外には予定が入らないのだから。
元気に返事をするカイルに、思わず苦笑いしてしまった。
「お着替えは此処に置いておきますので。また後程伺います!」
言うと、カイルはまた慌ただしい足音を立てて去っていった。窓の近くにある椅子の背凭れには用意してくれた着替えが掛けられていた。
「ふう……」
程良く満腹中枢が刺激され、満たされた気分になる。
立ち上がると、おもむろにその窓へと近付いてみる。
外はダイヤモンドダストが舞い、突き抜けるような空が広がっていた。きっと外は凍るような寒さなのだろう。
その手前には俺の姿が映っている。金の髪に大きな青い瞳――嫌でもリエルを思い起こさせる。
「リエル」
“何?”
囁く俺に、リエルも何処か遠慮がちに返す。
「これは俺の人生だから。リエルは気にしないで」
今日は暇を持て余しそうだし、シャワーを浴びたらエメラルドへ行ってみよう。
こうしてカノンを探し続ければ、俺も前世――ノア、レイス、ライリーと同じように寿命を全うする事は出来ないのだろう。それでも、俺は構わない。
カノンさえ見付かるのなら――
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
輪廻転生って信じる? しかも異世界で~green side story~
ナナミヤ
ファンタジー
百年振りに再会した恋人が、死の呪いを受けた私を溺愛してきます。
神々の奇想四重奏シリーズ 第1部
誕生日に不思議な石を見付け、異世界へ転移させられてしまった実結。
その世界では、何故か王と権力の変わらない魔導師として城の塔に幽閉されてしまう。
他の国の魔導師である、クラウ、アレク、フレアとは面会を許されるが、三人は何か隠し事をしているようで──
百年前の記憶が絡み合う、仲間との再生、恋愛ファンタジーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる