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第11章 邂逅(後編)
邂逅(後編)Ⅰ
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夕食前にアリアは帰宅し、がくりと肩を落とす。私の元へ真っ先に来なかったので、ああ、情報収集は失敗したのだな、と悟った。味気の無い食事を摂り、皆が明日へ向けて足早に布団の中へと入った。
明日、私はどうなってしまうのだろう。それ以前に、影を倒す事なんて出来るのだろうか。底知れぬ不安が付き纏い、暗闇の中でひっそりと涙を流す。眠る事なんて到底出来そうにない。リエルの手に縋りたかったけれど、間にはアイリスとサラがいるので、実現はしなかった。
アリアの声が聞こえたのは、誰かの寝息がスウスウと聞こえ始めた頃だった。
「カノン様、起きてらっしゃいますか?」
「うん」
「一緒に、少し夜風に当たりませんか?」
この状況下で、布団の中で悶々としている程に苦痛なものは無い。アリアが隣で上体をおこしたのを感じ、私もむくりと起き上がった。どちらからともなく立ち上がり、テントの窓から差し込む月明かりを頼りに外へと出る。
空を見上げてみれば、黄色と水色の月が寄り添うように大地を照らしていた。星々も無数に輝いている。
星空に見惚れながら、湖畔まで移動した。腰を下ろし、項垂れる。
「私、怖い……」
死を意識すればする程、身体は震える。肩を抱き締め、口を結ぶ。
アリアの柔らかな手が、私の頭を何度か撫でる。
「死が怖くない人なんて居ません。何も出来なくて……申し訳ありません……」
アリアの声が震えている。
アリアは私の為に希望を捨てず、最後まで尽力してくれた。謝る必要ないのだ。
「ううん、ありがとう」
首を振り、上手く笑えていないであろう顔をアリアへ向けた。彼女はさめざめと泣き出してしまった。流れ落ちる涙を拭おうともしない。
その時、後方で何かが破裂する音、それと爆風が襲いかかってきた。爆風に混ざって、小石が私の背中を叩く。
影に違いない。恐怖で声も出ない。
「カノン! アリア!」
突如上げられた叫び声に、猛然とした殺気は私たちから逸れたように感じる。理由を考えなくとも分かる。影は声の主――リエルに標的を変えたのだ。
「止めて! 狙うなら私だけにして!」
ようやく振り返る事が出来た時には、影がこちらに背を向け立ち尽くしていた。その向こうには、リエル、そして他の皆の姿も確認出来る。
「話をするには邪魔者が多過ぎる」
小さな影の声が聞こえたかと思うと、私の足元に魔方陣が現れたのだ。白く輝き、私の視界を奪う。浮遊感が消え去り、目を開けた先に待ち受けていたのは――
「嘘でしょ……?」
昼間に、リエルに連れてきてもらった、あの真っ白な花畑だった。青空の下で穏やかな風が吹き、花を揺らす。
「お前、どうして此処を?」
「少し覗かせてもらったよ」
「最低な奴……!」
リエルは怒りを露わにする。その横で、ヴィクトとアイリスは首を傾げるばかりだ。
と、此処で気付く。使い魔たちは何処へ行ってしまったのだろう。同じ疑問を持ったのか、ヴィクトは焦りを滲ませながら口を開いた。
「使い魔はどうした?」
「あ奴らは邪魔にしかならない。エメラルドのついさっきまで居た場所に取り残されているだろう」
良かったと言って良いのか悪いのか。使い魔の安全は保証されるものの、こちらの戦力は削がれてしまった。
唇を噛み締め、影を睨み付ける。
影は曖昧な赤い口でケタケタと笑う。
「使い魔の心配よりも、自分たちの心配をしたらどうだ?」
「それより、約束が違ぇよな。オマエが来るのは明日じゃなかったのか?」
「もう日付けは変わっている。キミたちの言う明日は、今日だ。気を緩めていたキミたちが悪い」
そんなのこじつけに過ぎない。そもそも夜に奇襲ばかりなんて、相当な野蛮人だ。影が『人』と呼べるかどうかも分からないけれど。
赤い吊り目は、笑ったまま私の姿を捉える。
「カノン」
「何?」
「まあ良い。魔導師たちよ、かかってこい」
影は言い終える前に片手をこちらに翳し、真っ黒な球を放ったのだ。眼前で地面に激突し、破裂する。悲鳴と共に身体は吹き飛び、鈍い痛みに顔を歪める。誰かが私に覆い被さったので、それ以上爆風に晒される事は無かったものの、戦意を失わせるには十分だった。
爆風が収まると、隣にリエルが崩れ落ちる。
こんな怪物、私たちに倒せるのだろうか。目が眩み、視界が揺らぐ。
「オマエら、起きろ!」
ヴィクトの叫びが聞こえた時には、影は二発目を放とうとしていた。間に合わないと思ったのか、私たちと影の間に炎の壁が出来上がった。橙色だったそれは一瞬黒く変色し、そのまま消えていった。
ようやく身体を起こすと、影はニタリと笑う。
「そうでなくてはな。防御ばかりではなく、攻撃したらどうだ」
まるで煽り立てるように、影はマントを翻す。
やるしかない。それでなくては、全員殺されてしまう。私たちが倒れれば、世界もろとも終わってしまう。
リエルとヴィクトが攻撃に転じたのは、ほぼ同時だった。一昨日に見た、水と風の柱が影をすっぽりと覆う――筈だった。影は攻撃を受ける前に前方へとワープし、躱してしまった。
間を置かずに私とアイリスが岩と炎の魔法を繰り出しても、ワープで躱されるだけだった。
明日、私はどうなってしまうのだろう。それ以前に、影を倒す事なんて出来るのだろうか。底知れぬ不安が付き纏い、暗闇の中でひっそりと涙を流す。眠る事なんて到底出来そうにない。リエルの手に縋りたかったけれど、間にはアイリスとサラがいるので、実現はしなかった。
アリアの声が聞こえたのは、誰かの寝息がスウスウと聞こえ始めた頃だった。
「カノン様、起きてらっしゃいますか?」
「うん」
「一緒に、少し夜風に当たりませんか?」
この状況下で、布団の中で悶々としている程に苦痛なものは無い。アリアが隣で上体をおこしたのを感じ、私もむくりと起き上がった。どちらからともなく立ち上がり、テントの窓から差し込む月明かりを頼りに外へと出る。
空を見上げてみれば、黄色と水色の月が寄り添うように大地を照らしていた。星々も無数に輝いている。
星空に見惚れながら、湖畔まで移動した。腰を下ろし、項垂れる。
「私、怖い……」
死を意識すればする程、身体は震える。肩を抱き締め、口を結ぶ。
アリアの柔らかな手が、私の頭を何度か撫でる。
「死が怖くない人なんて居ません。何も出来なくて……申し訳ありません……」
アリアの声が震えている。
アリアは私の為に希望を捨てず、最後まで尽力してくれた。謝る必要ないのだ。
「ううん、ありがとう」
首を振り、上手く笑えていないであろう顔をアリアへ向けた。彼女はさめざめと泣き出してしまった。流れ落ちる涙を拭おうともしない。
その時、後方で何かが破裂する音、それと爆風が襲いかかってきた。爆風に混ざって、小石が私の背中を叩く。
影に違いない。恐怖で声も出ない。
「カノン! アリア!」
突如上げられた叫び声に、猛然とした殺気は私たちから逸れたように感じる。理由を考えなくとも分かる。影は声の主――リエルに標的を変えたのだ。
「止めて! 狙うなら私だけにして!」
ようやく振り返る事が出来た時には、影がこちらに背を向け立ち尽くしていた。その向こうには、リエル、そして他の皆の姿も確認出来る。
「話をするには邪魔者が多過ぎる」
小さな影の声が聞こえたかと思うと、私の足元に魔方陣が現れたのだ。白く輝き、私の視界を奪う。浮遊感が消え去り、目を開けた先に待ち受けていたのは――
「嘘でしょ……?」
昼間に、リエルに連れてきてもらった、あの真っ白な花畑だった。青空の下で穏やかな風が吹き、花を揺らす。
「お前、どうして此処を?」
「少し覗かせてもらったよ」
「最低な奴……!」
リエルは怒りを露わにする。その横で、ヴィクトとアイリスは首を傾げるばかりだ。
と、此処で気付く。使い魔たちは何処へ行ってしまったのだろう。同じ疑問を持ったのか、ヴィクトは焦りを滲ませながら口を開いた。
「使い魔はどうした?」
「あ奴らは邪魔にしかならない。エメラルドのついさっきまで居た場所に取り残されているだろう」
良かったと言って良いのか悪いのか。使い魔の安全は保証されるものの、こちらの戦力は削がれてしまった。
唇を噛み締め、影を睨み付ける。
影は曖昧な赤い口でケタケタと笑う。
「使い魔の心配よりも、自分たちの心配をしたらどうだ?」
「それより、約束が違ぇよな。オマエが来るのは明日じゃなかったのか?」
「もう日付けは変わっている。キミたちの言う明日は、今日だ。気を緩めていたキミたちが悪い」
そんなのこじつけに過ぎない。そもそも夜に奇襲ばかりなんて、相当な野蛮人だ。影が『人』と呼べるかどうかも分からないけれど。
赤い吊り目は、笑ったまま私の姿を捉える。
「カノン」
「何?」
「まあ良い。魔導師たちよ、かかってこい」
影は言い終える前に片手をこちらに翳し、真っ黒な球を放ったのだ。眼前で地面に激突し、破裂する。悲鳴と共に身体は吹き飛び、鈍い痛みに顔を歪める。誰かが私に覆い被さったので、それ以上爆風に晒される事は無かったものの、戦意を失わせるには十分だった。
爆風が収まると、隣にリエルが崩れ落ちる。
こんな怪物、私たちに倒せるのだろうか。目が眩み、視界が揺らぐ。
「オマエら、起きろ!」
ヴィクトの叫びが聞こえた時には、影は二発目を放とうとしていた。間に合わないと思ったのか、私たちと影の間に炎の壁が出来上がった。橙色だったそれは一瞬黒く変色し、そのまま消えていった。
ようやく身体を起こすと、影はニタリと笑う。
「そうでなくてはな。防御ばかりではなく、攻撃したらどうだ」
まるで煽り立てるように、影はマントを翻す。
やるしかない。それでなくては、全員殺されてしまう。私たちが倒れれば、世界もろとも終わってしまう。
リエルとヴィクトが攻撃に転じたのは、ほぼ同時だった。一昨日に見た、水と風の柱が影をすっぽりと覆う――筈だった。影は攻撃を受ける前に前方へとワープし、躱してしまった。
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