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第10章 邂逅(中編)

邂逅(中編)Ⅰ

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 その日から、影とのイタチごっこが始まった。エメラルド、サファイア、トパーズ、ガーネット――四大陸を駆け回る。災害で傷んだ大陸は何処も足場が悪く、どんどん私たちの体力を奪っていく。傷付いた世界の姿を見る度に、精神が削られる。
 限界が来たのは三日目の事だった。ガーネット大陸の西部――火山灰で曇った空の下で、影の痕跡を辿る。灰と砂漠の砂で足元が掬われ、前も真面に見る事が出来ない。こんな状況下で、影を見付けるなんて困難だ。
 あまりの暑さに、頭がふらつく。私が倒れるよりも先に、リエルとカイルが膝から崩れ落ちた。

「リエル! カイル!」

「ごめん、先にダイヤに戻るよ」

 駆け寄るよりも早く、リエルとカイルはこの場から離脱する。氷点下の世界に生きる人たちだ。天変地異だけではなく、五十度に迫ろうかという気温にも耐えられなかったのだろう。

「オレらも戻るぞ。作戦の立て直しだ」

「うん」

 頷き、すぐさまダイヤへと向かった。到着するなり、その場に崩れ落ちる。リエルとカイルも、ワープしたまま動けなくなっているようだ。

「大丈夫?」

「今回は流石にキツかった……」

 リエルはハンカチで顔の汗を拭い、長い前髪を掻き上げる。
 そうだよね、と心の中で呟き、吐息を吐いた。
 ヴィクトとアイリス、使い魔たちも席には着かず、床に座り込んだままで、八人で顔を合わせる。

「これからどーする? このままじゃ不味いだろ」

 意見を求められ、疲れ切った頭を更に働かせる。
 無闇に影を追ったのでは、直ぐに逃げられるだけだ。それなら、どうすれば良いのだろう。
 答えが見付かる前に、リエルが口を開く。

「影を追うんじゃなくて、待ち構えるのは?」

「どーやってだ?」

「何処かに留まって、影がどう出るのかを見るのはどうかな」

「それじゃー、時間を無駄にしちまうだろ」

 果たして、そうだろうか。影に追い付けないのなら、他に方法は無いと思う。

「やってみよう?」

「いや、他の方法は――」

「無いよ」

 珍しく、アイリスがヴィクトの意見を否定する。

「自己顕示欲が強いなら、このままあたしたちを黙って殺すような事はしない。ダイヤじゃない何処か……トパーズかエメラルドで待ち構えるのが良いと思う」

 これにはアイリスに賛成だ。待ち構えるにはガーネットは暑過ぎるし、サファイアは寒過ぎる。脱落者が出るだろう。

「影を待ってる間は、俺たちも体力を温存出来る。一石二鳥だよ」

「仕方ねぇ、やるだけやってみるか。竜巻が来るトパーズよりも、エメラルドの方が逃げ場はある。それでも駄目だったら、ワープでダイヤに逃げる。明日からだ。オマエら、文句はねーな?」

 ヴィクトの問いに、七人で頷いた。

――――――――

 その日の夜、私の部屋でアリアは一人で悩んでいた。影を待ち構える場所探しを任されたのだ。私もエメラルドの全ての地域を把握している訳ではない。私の知識では、アリアを手伝えなかった。

「良い場所ありそう?」

「あるにはあるのですが……」

「どうしたの?」

 アリアは窓の外を見遣り、唸り声を上げる。

「寝る場所を確保出来て、八人分の飲み水も、食料もとなると、現地調達出来る方が良いのかと思いまして。魔法は体力を消耗しますし」

 言われてみるとそうだ。何日間、その場所に滞在するのかも分からない。食料を持ち込むとしても、量が分からないし、最悪の場合は腐ってしまう。

「水辺でも大丈夫でしょうか。湖畔なら、魚が居ますし、村が近くにある場所もありますし」

「村は駄目だよ。村の人たちを巻き込んじゃうから」

「そうなると……彼処でしょうか……」

 彼処と言われても、アリアがイメージしている場所が分からない。「う~ん……」と唸る事しか出来なかった。
 夜も更けると、アリアは自室へと戻っていった。使い魔たちが何処で休息を取っているのか、私たち魔導師は知らない。ダイヤには居るのだろうけれど、立ち入った事の無い三階にでも部屋があるのだろうか。
 恐怖と不安からか、身体と脳が疲れているのに熟睡する事は出来なかった。

――――――――

 アリアが提案したそこは、開けた場所だった。前方には茶色く濁ってしまった巨大な湖と、その奥に山が、後方には草原が広がっている。せせらぎも聞こえるので、何処かに川もあるのだろう。湖畔には、大木が何本か打ち揚げられていた。地震で倒れて流されたのだろう。

「此処なら地震が来ても倒れる物は無いですし、食料もあります。水が濁っているのは計算外でしたが……そこはリエル様とカイルに頼りましょう」

「アリア、ありがとな」

 ヴィクトは何日振りかの笑顔を見せる。リエルとアイリスの表情も穏やかだ。私も影の事を忘れてしまいそうになる。
 一方で、使い魔たちは警戒を解いたりはしない。

「今、影はトパーズに居ますね」

「エメラルドに来たのは間違いだったか?」

「いえ、きっと此処に来る筈です」

 ロイは確信に満ちた表情で、キッパリと言い切ってみせる。

「兎に角、魔導師の皆さんは、今のうちに休んで下さい。影は私たちが監視していますから」

 『影』という呼び名がすっかり定着した。
 此処は使い魔たちに、素直に甘えておこう。誰からともなく湖から離れ、草原の中央へと向かう。空を見上げてみれば澄み切っており、天災の事なんて何も知らないかのようだ。
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