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第9章 邂逅(前編)

邂逅(前編)Ⅲ

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「じゃあ、奴を止める手立てはある?」

 先程の力強い目は何処へやら。彼らは顔を見合わせ、しょんぼりと俯いてしまった。

「この世界が破壊されていく様を、黙って見てろって事なのか?」

 ヴィクトは頭を抱え、声にならない声を発する。アイリスの瞳からは涙が零れ落ちる。
 自分たちの力では、どうする事も出来ないのだろうか。この世界では王たち以外で、唯一、私たちだけが魔法を使えるのに。こんな時に力を発揮出来ないなんて、間違っている。
 唇を噛み、スカートを握り締める。

「あっ、あの方なら……」

 声を上げたのはロイだった。
 もしや、何かを閃いたのだろうか。

「皆様に魔法を与えて下さったあの方なら、絶対に何か知っている筈です」

「『絶対に』って言い切れる理由は何だ?」

「それは……皆様には言えませんが……」

 何故かロイは口籠る。

「この際、藁にでも縋ろう。兎に角、今はあの塔に」

「私もそれが良いと思う」

 今は話し合っている時間さえ惜しい。リエルと頷き合い、ヴィクトとアイリスを見遣る。

「仕方ねぇ。アイリス、行ってみよーぜ」

「分かった」

 アイリスは涙を拭い、ヴィクトは我先にと立ち上がった。何も言わず、この場から姿を消す。
 アイリスもこちらをチラリと見たけれど、嫌な物でも見るかのような瞳を向けられただけだった。
 こんな時にまで――
 溜め息を吐く気にもなれず、無言で椅子から立ち上がる。
 逃げるようにやってきたのは、五年前に魔法を授けられた謎の場所だ。木々は鬱蒼と生えている――筈だった。見る限りでも、七本程が根元から倒れている。被害は、密かに存在しているこんな所にまで及んでいるらしい。
 目の前に立ちはだかる、巨木のような塔に世界を託し、確実に足を踏み出した。入口を潜れば、初めて此処に来た時のように魔方陣が輝いている。

「お願い、教えて」

 呟き、魔方陣の文字を踏んだ。
 そうして来たのは、緑色のカーネーションが咲き誇る花畑だった。何も知らないように風がそよ吹き、花弁が舞う。
 今回も、誰の姿も無い。

「急いでるの、靄みたいなのを止める方法は何かあるの?」

 ただ空を見上げ、虚に叫ぶ。

「お願いだから、答えて……!」

「それなら、お前たちが倒せば良い」

「えっ? どうやって?」

「こうやってだ」

 言われた瞬間、脳裏に映像が思い浮かぶ。赤、青、黄、緑――四色の羽根は重なり合うと、白色の羽根に変化した。それは光の矢となって靄の身体を突き抜ける。

「私たちに出来るの?」

「出来るから教えている。お前には緑の羽根を授けるから、その時が来たらなら、『影』を倒したいと念じなさい」

「『影』?」

「人の形をした、世界の闇の怨霊だ」

 恐らく、靄の事を言っているのだろう。なんとなく理解し、何度か頷いてみる。
 ふと、緑色の淡い光を感じ、顔を上げた。空の上で何かが光っている。それは徐々に落ちて来ているようだ。
 その正体は、緑色の羽根だった。掌に収まる大きさで、私の顔の前で停止する。
 そして、一瞬にして、閃光が放たれた。瞼を瞑っているうちに、羽根は目の前から掻き消えた。

「えっ? 今の羽根は?」

「言っただろう。その時が来たら念じなさいと」

「じゃあ、もう……」

「その気になれば、影は倒せる」

 という事は、世界はこれ以上破壊されずに済むのだろう。
 急いで皆の元に戻らなくては。

「ありがとう!」

 礼だけ言うと、ダイヤの会議室を思い浮かべる。次の瞬間には使い魔たちが待つ元の場所へと帰って来ていた。
 ヴィクトだけが戻って来ている。私が帰って来たのを見ると、彼は前のめりになる。

「羽根はもらったか?」

「もらったかどうかは分からないけど、念じれば良いみたい」

「そーか、あとはアイリスとリエルだな」

 そう言っている傍から、アイリスが戻って来た。その表情は明るい。

「やったか?」

「うん、赤の羽根はもらってきたよ」

 リエルも姿を現す。

「倒し方を教えてもらってきた。皆は?」

「あぁ、勿論だ」

 駄目だ、涙が出てきそうだ。まだ脅威は取り払われていないのに、達成感を覚えてしまった。

「安心すんな。オレらの行動で、世界が変わっちまうんだ。エメラルドの北部、だったよな?」

「はい、そうです」

「アリア、魔方陣は出せるか?」

 エメラルドの地を完全に熟知しているのはアリアだけだ。早速、アリアは転移の準備を始める。
 魔法の力を持っているとは言え、一度でも行った事がある場所でなくては瞬時に移動出来ない。こんな時になればなる程、不便さを感じてしまう。

「良いか? すぐにでも攻撃出来るように、心の準備だけはしとけ」

「分かってる」

 あっという間にアリアは八個の魔方陣を描き上げ、私たちに目で合図を送った。

「行くぞ!」

 ヴィクトを筆頭に、八人で魔方陣を踏んだ。その先には影が居る筈だ。
 その場所は、ただ草原が広がるばかりで、人っこ一人居ない。形跡はあったのだ。辺りを見回してリエルが駆けていった先に、両手を広げた程の円状に草が踏まれ、枯れていたのだ。

「奴は何処に!?」

「嘘だ」

 後方でカイルのか細い呟きが聞こえた。

「奴は今、サファイアに居ます」

「クソォっ!」

 失念していた。影も魔法を使える。ワープが出来る。悔しくて、膝から崩れ落ちる。
 このままでは影に追い付けない。希望が掻き消えた瞬間だった。
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