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第9章 邂逅(前編)

邂逅(前編)Ⅰ

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 昼下がりに椅子に座り、紅茶の香りを嗅ぐ。この香りはエメラルド南部にある町の紅茶だろう。口を付け、ティーカップを傾ける。香りに勝る風味が舌を満足させた。
 二週間後には、また皆に会える。近況を報告し合って、スイーツとお茶を楽しんで――きっと楽しいものになるだろう。
 アリアしか居ないこの部屋に居ると、退屈で仕方が無い。

「アリア、レース糸持ってきて~」

「分かりました」

「あと、音楽もかけて~」

「はい」

 斜め横に座っていたアリアにお願いをすると、彼女はすぐさま立ち上がった。まずは蓄音機へと向かい、音楽を鳴らすための針を移動させる。そのままの足取りで洋箪笥の前まで行くと、慣れた手付きで一つの木製の箱を取り出した。

「今日もモチーフ編みですか?」

「うん、そうだよ~」

 アリアはその箱を私の目の前に置くと、また自分の席に戻っていった。その表情は不思議そうでもある。

「飽きませんか?」

「えっ?」

「モチーフ編みって、同じ事の繰り返しじゃないですか」

 これまで無心で編んでいたから、飽きるだなんて考えた事も無かった。

「同じ事の繰り返しでもね、編んでたら楽しいんだよ。同じモチーフが繋がって、どんどん大きくなるの」

「そういうものなんですか」

 アリアは感心したように何度か頷く。
 箱を開けると、網掛けのモチーフ編みと白色の糸玉を取り出した。花のモチーフは、まだ三つしか繋がっていない。十三個繋げる予定だから、あと十個は編まなくては。

「カノン様」

「何~?」

「私も編んでみても良いですか?」

 驚いた。アリアからレース編みをしたいなんて聞いたのは初めてだったからだ。
 ただの気まぐれかもしれないけれど、私の趣味に興味を持ってくれたのは、素直に嬉しかった。

「良いよ~。でも、私、教えるの下手だよ?」

「では、本に教わります」

 アリアは楽しげにすっと立ち上がり、そのまま部屋から居なくなってしまった。
 指先の力加減を間違えば、レースの編み目は大幅に変わってしまう。編み物をしている最中は、平常心が大切だ。
 「ふぅ……」と息を吐き出し、かぎ針を持ち直す。
 二週間後、皆と何を話そう。手土産はスコーンとイチゴジャムにして、お茶っ葉も持っていこう。皆も喜ぶ筈だ。期待に胸を膨らませ過ぎて、ポロっと笑みが漏れる。
 そこへアリアが戻ってきたようだ。扉が小さく締まる音が聞こえた。

「アリア、おかえり~」

「ただいま戻りました」

 顔も見ずに、いつもの会話をする。
 アリアの居る方向から、重たい何かが床に衝突したような音がした。誤って本でも落としてしまったのだろうか。
 目をそちらに向けると、確かに本が落ちていた。目線を上に持っていくと、青ざめた表情のアリアが――

「アリア、お腹でも痛いの?」

 聞いても、アリアは首を振るだけだ。

「じゃあ、頭痛?」

「地震が……来ます!」

 もう口を開くまでも無かった。大地が大きく揺れ始めたのだ。座っていた椅子も揺れで倒れ、身体を投げ出される。きちんと受け身を取ったからか、顔は守れたようだ。
 本気で怖い時は、悲鳴も出ないらしい。
 まずは、自分の身の安全を確保しなくては。無我夢中でダイヤの会議室を思い浮かべ、きつく目を閉じた。
 浮遊感が消え去ると、恐る恐る瞼を開ける。其処には見慣れた大部屋の風景があった。
 アリアも後を追ってくる。
 いくら魔導師とは言っても、地震が襲ってきた後では制震などの対処のしようが無いのだ。家族を、友人知人を、被害に遭った人たちを避難させる時間も、勿論無い。仕方の無かった事だと、自分を納得させるしかなかった。
 と其処へ突然、二つの黄色い光が現れたのだ。すぐに光は消え去り、二つの人影に変わる。

「ヴィクト! ロイ!」

 二人に間違いはなかった。汗だくで、息も荒い。何かあっただろう事は伝わってくる。

「エメラルドもなのか!?」

「じゃあ、トパーズにも地震が?」

「いや、こっちは巨大竜巻だ!」

 そうこうしている間にも、リエル、カイル、アイリス、サラまでもが到着したのだ。一様に表情は険しい。

「いや! いや……!」

「アイリス、大丈夫だ。此処に居れば安心だからな」

 異変に気付いたヴィクトがアイリスの肩に触れると、アイリスは泣き出してしまった。

「カノンは大丈夫?」

 声に振り向いてみると、リエルが不安そうな瞳で此方を見詰めていた。
 言われて気付く。左の肘がじんじんと痛むのだ。服の袖を捲ってみると、擦り傷が出来ており、僅かに血が滲んでいた。

「塗り薬を持ってきます」

 リエルと一緒に怪我を確認したのだろう。アリアは慌ただしく駆け出し、部屋の扉を押し開けた。

「サファイアは何が起きたの?」

「水害だよ。急に雨が降ってきて、積もってた雪も溶け出して。しまいには津波まで」

 想像を絶するような天災だった。私が息を呑むと、リエルも俯いてしまった。
 他の三人も、見知った人を助けられなかったに違いない。その事実が私たちに重く圧し掛かる。五年前まで親しくしていた顔が次々に浮かんでは消えてゆく。
 ただただ、エメラルドに残してきた人たちが無事である事を祈るしかない。
 アリアも程なく戻ってきて、テキパキと傷の手当てをしてくれた。リエルの右手の甲も何処かにぶつけたらしく、青痣が出来てしまっていた。カイルが其処へ湿布を貼る。

「揺れたと思ったら、灰が降ってきたの。噴石も落ちてくるし――」

 ヴィクトとアイリスの会話が聞こえてきた。アイリスの話の内容から、ガーネットでは噴火が起きたのだろう。
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