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第8章 地
地Ⅲ
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夢は見なかった。気が付けば其処はベッドで、殆ど部屋に変わりはなかった。
変わった事と言えば、クラウとフレアが居なくなっていた事だけだ。アレクは窓辺に置いてある椅子に座り、ただ俯いていた。
「アレク?」
呟くと、アレクははっと顔を上げる。
「大丈夫か? ……いや、大丈夫じゃねぇよな」
消え入りそうな声で言うと、再び視線を下へ落とす。
「済まねぇ」
一瞬、部屋の時が止まる。
「オレらが一番怖ぇのは、オマエが魔法を放棄する事でもねぇ。オマエがオレらを嫌う事でもねぇ。オマエがこの世から居なくなる事だ」
あまりにも辛そうな顔に、私の胸さえも苦しくなってくる。
「自分勝手なのは分かってる。頼むから、記憶を否定しないでやってくれ」
「あ、あのね?」
彼らが私を気遣う気持ちに、嘘偽りはないのだろう。それならば。
ゆっくりと身体を起こし、改めてアレクに向き直った。
「私、その記憶を最後まで見てみようと思うの」
アレクは驚いた表情で私を見る。
「オマエ、分かってんのか? 記憶を見るって事は、魔法を得るって事なんだぞ?」
「うん。よく考えたら、私が魔法を得たとしても、使いたくないって思えば使わなきゃ良いだけなんだもん。それなら、全部知って、すっきりしたい」
「そーか……」
アレクは悲しそうな目で、そっと微笑む。
「じゃ、予定通り、三日後に出発な。準備しておけ」
「うん」
多分、『心の』準備だろう。頷くと、アレクは時計へと目を遣る。
「もう五時か。夕飯の支度しなくちゃな」
「アレクがご飯作るの?」
「今までもそうだっただろ?」
そう言えば、此処で誰がご飯を作っているのか、聞いた事も考えた事も無かったかもしれない。
「フレアは?」
「アイツは料理下手だからな」
「クラウは?」
「アイツはキッチンにも立たねぇよ」
それでも納得がいかず、首を傾げる。
「使い魔は?」
「居ねぇだろ」
「そっか」
ようやく納得し、うんうんと頷いてみせる。
「そんなにオレに料理のイメージねぇか?」
「うん」
一度だけ大きく頷くと、アレクはがくりと肩を落とした。
「此処でのシェフは一応オレなんだけどな。まぁ、しゃーねぇ」
アレクは頭を掻き、勢いをつけて立ち上がる。
「飯が出来たら持ってきてやる。また後でな」
「うん、ありがとう」
「感謝される事はしてねーよ」
大きな右手をひらひらと振ると、アレクは扉を開けて出ていってしまった。一気に部屋は静かになる。
過去を見るとは言ったものの、これで良かったのだろうか。彼らの思い通りに事が進んでいるだけなのではないだろうか。
「う~ん……」
ううん、考えても仕方が無い。最終的に過去を見ると決めたのは私なのだから。
そう言えば、朝から何も食べていない。小腹が空いた。
空腹を訴えるように、腹から雷の音が鳴る。
何かないかなと、そっとベッドから抜け出し、テーブルへと近付く。其処には、山のように積まれた市松模様のボックスクッキーが置かれていたのだ。
きっと、皆が気を利かせてくれたのだろう。
厚意に甘え、一つだけクッキーを摘まむ。口の中でほろりと崩れたクッキーは、甘さ控えめで香ばしい。美味しい。
夕食が入らなくなるような事態は避けたいので、五個だけ食べてしまおう。心に決め、椅子に座る。
二つ目を食べ、三つ目を食べ――すぐに五個を食べてしまった。六個目に手を伸ばしかける。ううん、止めておこう。両手でスカートを握り、食欲を抑える。
その甲斐があったのか、夕食のチキンソテーは美味しく食べきる事が出来た。不満があるとすれば、デザートのコーヒーゼリーだ。あともう少し生クリームの量が多かったなら、物足りなさを感じなかったのに。
――――――――
三日後なんて、あっという間だった。暇だと思った時間であるほど記憶に残らないもので、時間の速さを加速させる。
意外かもしれないけれど、フレアと二人きりで話す時間は殆ど無い。一人だけでこの部屋に来る事が無いのだ。少なくともアレクが連れ立ってくる。
シャワーもトイレも部屋の中に備え付けられているので、一日が自室だけで完結してしまう。
過去を全て見れば、こんな日常も変わるのだろうか。もっと皆と話して仲良くなりたいな、などと考えながら、ふうと溜め息を吐いた。
皆が迎えに来るかもしれない。そろそろ着替えてしまおう。
時計の針が九時を回っている事を確認しつつ、クローゼットの中から着替えを一着取り出した。デザインが多少違っても、白色のマントとワンピースには変わりないので、どの服にしようか悩む事はあまり無い。
着替え終わると、姿見の鏡で足元から頭の先まで確認してみる。うん、きっと整っている筈だ。気が済むと、くるりと方向転換する。テーブルの上のチョコレートを服が汚れてしまわないように慎重に摘まむ。一粒だけ味わうと、扉がノックされた。
「ミユ、入るよ」
間を置かず、フレアが顔を覗かせる。
「準備出来てるみたいだね」
その言葉を聞いていたからか、アレクとクラウも顔を覗かせる。
「ミユ、こっち来て」
「うん」
部屋の入り口――魔方陣が十分に描ける空間にフレアが手招きをするので、駆け足で近寄った。
変わった事と言えば、クラウとフレアが居なくなっていた事だけだ。アレクは窓辺に置いてある椅子に座り、ただ俯いていた。
「アレク?」
呟くと、アレクははっと顔を上げる。
「大丈夫か? ……いや、大丈夫じゃねぇよな」
消え入りそうな声で言うと、再び視線を下へ落とす。
「済まねぇ」
一瞬、部屋の時が止まる。
「オレらが一番怖ぇのは、オマエが魔法を放棄する事でもねぇ。オマエがオレらを嫌う事でもねぇ。オマエがこの世から居なくなる事だ」
あまりにも辛そうな顔に、私の胸さえも苦しくなってくる。
「自分勝手なのは分かってる。頼むから、記憶を否定しないでやってくれ」
「あ、あのね?」
彼らが私を気遣う気持ちに、嘘偽りはないのだろう。それならば。
ゆっくりと身体を起こし、改めてアレクに向き直った。
「私、その記憶を最後まで見てみようと思うの」
アレクは驚いた表情で私を見る。
「オマエ、分かってんのか? 記憶を見るって事は、魔法を得るって事なんだぞ?」
「うん。よく考えたら、私が魔法を得たとしても、使いたくないって思えば使わなきゃ良いだけなんだもん。それなら、全部知って、すっきりしたい」
「そーか……」
アレクは悲しそうな目で、そっと微笑む。
「じゃ、予定通り、三日後に出発な。準備しておけ」
「うん」
多分、『心の』準備だろう。頷くと、アレクは時計へと目を遣る。
「もう五時か。夕飯の支度しなくちゃな」
「アレクがご飯作るの?」
「今までもそうだっただろ?」
そう言えば、此処で誰がご飯を作っているのか、聞いた事も考えた事も無かったかもしれない。
「フレアは?」
「アイツは料理下手だからな」
「クラウは?」
「アイツはキッチンにも立たねぇよ」
それでも納得がいかず、首を傾げる。
「使い魔は?」
「居ねぇだろ」
「そっか」
ようやく納得し、うんうんと頷いてみせる。
「そんなにオレに料理のイメージねぇか?」
「うん」
一度だけ大きく頷くと、アレクはがくりと肩を落とした。
「此処でのシェフは一応オレなんだけどな。まぁ、しゃーねぇ」
アレクは頭を掻き、勢いをつけて立ち上がる。
「飯が出来たら持ってきてやる。また後でな」
「うん、ありがとう」
「感謝される事はしてねーよ」
大きな右手をひらひらと振ると、アレクは扉を開けて出ていってしまった。一気に部屋は静かになる。
過去を見るとは言ったものの、これで良かったのだろうか。彼らの思い通りに事が進んでいるだけなのではないだろうか。
「う~ん……」
ううん、考えても仕方が無い。最終的に過去を見ると決めたのは私なのだから。
そう言えば、朝から何も食べていない。小腹が空いた。
空腹を訴えるように、腹から雷の音が鳴る。
何かないかなと、そっとベッドから抜け出し、テーブルへと近付く。其処には、山のように積まれた市松模様のボックスクッキーが置かれていたのだ。
きっと、皆が気を利かせてくれたのだろう。
厚意に甘え、一つだけクッキーを摘まむ。口の中でほろりと崩れたクッキーは、甘さ控えめで香ばしい。美味しい。
夕食が入らなくなるような事態は避けたいので、五個だけ食べてしまおう。心に決め、椅子に座る。
二つ目を食べ、三つ目を食べ――すぐに五個を食べてしまった。六個目に手を伸ばしかける。ううん、止めておこう。両手でスカートを握り、食欲を抑える。
その甲斐があったのか、夕食のチキンソテーは美味しく食べきる事が出来た。不満があるとすれば、デザートのコーヒーゼリーだ。あともう少し生クリームの量が多かったなら、物足りなさを感じなかったのに。
――――――――
三日後なんて、あっという間だった。暇だと思った時間であるほど記憶に残らないもので、時間の速さを加速させる。
意外かもしれないけれど、フレアと二人きりで話す時間は殆ど無い。一人だけでこの部屋に来る事が無いのだ。少なくともアレクが連れ立ってくる。
シャワーもトイレも部屋の中に備え付けられているので、一日が自室だけで完結してしまう。
過去を全て見れば、こんな日常も変わるのだろうか。もっと皆と話して仲良くなりたいな、などと考えながら、ふうと溜め息を吐いた。
皆が迎えに来るかもしれない。そろそろ着替えてしまおう。
時計の針が九時を回っている事を確認しつつ、クローゼットの中から着替えを一着取り出した。デザインが多少違っても、白色のマントとワンピースには変わりないので、どの服にしようか悩む事はあまり無い。
着替え終わると、姿見の鏡で足元から頭の先まで確認してみる。うん、きっと整っている筈だ。気が済むと、くるりと方向転換する。テーブルの上のチョコレートを服が汚れてしまわないように慎重に摘まむ。一粒だけ味わうと、扉がノックされた。
「ミユ、入るよ」
間を置かず、フレアが顔を覗かせる。
「準備出来てるみたいだね」
その言葉を聞いていたからか、アレクとクラウも顔を覗かせる。
「ミユ、こっち来て」
「うん」
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