21 / 47
第7章 水
水Ⅱ
しおりを挟む
「ミユ、すぐ付いてこい」
返事をしようと口を開く前に、アレクはすっと瞼を閉じる。そのまま光に包まれると、その姿が消えてしまった。
「アレク! ちょっと強引過ぎるよ……」
フレアは今日何度目かの溜め息を吐き、頭を抱える。
一方で、クラウは訝しげに眉を顰める。
「何があったの? 殆ど話が聞こえてなかったけど」
「今日のアレクはちょっと可笑しいだけ」
「アレクが可笑しいのなんていっつもじゃん」
こうなっては自棄だ。そんなに過去を見せたいのなら、此方だって意地でも見てやる。
頭痛の事は一旦置いておこう。
息を吸い込み、口をへの字に曲げる。
クラウとフレアを思慮したりもせず、ずんずんと魔方陣へと近付いた。青い光を気にする事も無く、線を跨ぐ。
そうして到着したのは氷の湖だった。湖の中央には中島があり、逆さにされた氷柱のような塔が見て取れる。あそこが目的の場所なのだろう。
中島までは同じく氷の橋が架けられている。視界一面、白色と空の青色のみだ。
唯一、風景に溶け込めないでいるのはアレクだった。
やってやろうじゃないか。
音が鳴るのではないかという程に、アレクの後姿に向かって鼻から息を吐き出す。
一歩遅れて、クラウとフレアも到着した。
「行くぞ」
笑顔も見せず、アレクは端的に言い放つ。
「ちょっとアレク!」
「フレア、今は止めよう」
クラウは首を横に振って、今にもアレクに飛び掛かりそうなフレアを制止する。
そうこうしている間にも、アレクは歩を進めてしまっていた。
「私、行く。意地でも過去の出来事見てやるんだから」
「ミユ、無理してない?」
「頭痛は嫌だけど……無理はしてないよ」
今日の体調は至って良好だ。
小さく頷いてみせると、クラウは肩を竦めた。
「後でアレクの事、叱っておくね」
フレアもしかめっ面のまま、此方にくるりと振り返る。
二人の反応には苦笑いするしかなかった。
「アレクは怒っても効かないよ」
アレクの事を大して知っている訳ではないのに、ポロっと口から零れていた。
何故、私は呆れているのだろう。こんなにも懐かしいのだろう。
考えてみても分かりそうにないので、この感情にはそっと蓋をした。
クラウとフレアは顔を見合わせ、小さく笑う。
「俺たちはミユのタイミングに合わせるよ」
「じゃあ、行こう~」
此処で立ち止まっていても仕方が無い。マントを翻し、焦茶の髪を靡かせる。氷点下を思わせる寒々しい場所なのに、意外と寒さは感じなかった。
塔の入り口を潜ると、其処はやはり異質な場所だった。青色の魔方陣を描くモザイク模様に溜め息を吐きたくなる。
アレクは予想とは違い、私の姿を見ても口を開かなかった。僅かに此方を見やると、目線を下へと向ける。焦点が定まっていないようにも見える。
“話は他の者から聞いている。その魔方陣を潜りなさい”
私への発言だろう。此処へ用事があるのは、私だけなのだから。
やはり、いざとなると緊張してしまう。生唾を飲み込んだ。
“早くしなさい”
「分かってるよ……」
心の準備くらいさせてくれても良いのに。頭を横に振ってから、深呼吸を試みた。
駄目だ、速まる鼓動が収まってくれない。
覚悟を決め、魔方陣を睨み付ける。
進んだ先に現れたのは、又しても花畑だった。ネモフィラ、だろうか。青く煌めく無数の花が大地に散らばっている。空も抜けるように青い。
青一色の世界で、そよ吹く風の心地好さに感情を奪われていた。
“準備は出来ているのだろう?”
天から聞こえてくるかのような声に、はっと顔を上げる。
「……一応」
この呟きは声の主に聞こえているのだろうか。言った後で口をへの字に曲げる。
相手は何かをいう訳でもなく、気まずい空気が流れるかと思われたのだけれど、突如として景色がぐにゃりと歪んだ。
―――――――――
今日、この日にオルゴールを渡すと決めてから一年、どの曲を渡そうか悩みに悩んでしまった。
楽しそうで、優雅で、心が躍るようなワルツ――そのオルゴールが流れる木製の小箱に決めた。勿論、城下町には行けないので、店の主に注文をしたためてアリアに預けた。
数日後、満足のいく品物が届けられたのだ。
約束の時間の三十分前に、アリッサムの咲くダイヤの池畔に腰を下ろした。ハーフアップにした焦茶の髪は、地面擦れ擦れのところで風に揺れる。
薄緑色の紙でラッピングされたオルゴールをぎゅっと握り締め、ぼんやりと日の傾く地平線を眺めていた。
肩に柔らかな何かが触れる。
「お待たせ」
声が聞こえた瞬間に、頬がほんのりと熱を帯びる。
リエルは私の横に腰を下ろし、にこっと微笑む。
「今日は何してたの~?」
「うーん、カイルとお昼にケーキ食べたくらいかな」
「そっかぁ」
誕生日くらい、日常とは違う、もっと楽しい何かが起きても良いのに。
むうっと頬を膨らませると、リエルはあははと小さく声を上げて笑った。
「カノンとヴィクトとアイリスが祝ってくれるから、俺はそれで満足だよ」
「う~ん……」
もう少し欲張っても良いのに。何処か納得が出来ない。気付かぬうちに肩を落としていたらしい。
「がっかりする事ないよ」
リエルは笑い、空へと視線を移す。
「去年のプレゼントの本、面白かった?」
「うん。童話調なのに、話がちゃんと作り込まれてて面白かったよ。カノンはああいう本が好きなの?」
「うん! やっぱり物語はハッピーエンドが良いよね~」
妖精が主人公で、世界を旅しながら、出会った妖精の心に触れていく心温まる物語――初めて読んだ時には、最終章で涙腺が崩壊してしまったものだ。
薄い黄色からオレンジ色に変わった空を眺め、ほうっと息を吐き出した。
返事をしようと口を開く前に、アレクはすっと瞼を閉じる。そのまま光に包まれると、その姿が消えてしまった。
「アレク! ちょっと強引過ぎるよ……」
フレアは今日何度目かの溜め息を吐き、頭を抱える。
一方で、クラウは訝しげに眉を顰める。
「何があったの? 殆ど話が聞こえてなかったけど」
「今日のアレクはちょっと可笑しいだけ」
「アレクが可笑しいのなんていっつもじゃん」
こうなっては自棄だ。そんなに過去を見せたいのなら、此方だって意地でも見てやる。
頭痛の事は一旦置いておこう。
息を吸い込み、口をへの字に曲げる。
クラウとフレアを思慮したりもせず、ずんずんと魔方陣へと近付いた。青い光を気にする事も無く、線を跨ぐ。
そうして到着したのは氷の湖だった。湖の中央には中島があり、逆さにされた氷柱のような塔が見て取れる。あそこが目的の場所なのだろう。
中島までは同じく氷の橋が架けられている。視界一面、白色と空の青色のみだ。
唯一、風景に溶け込めないでいるのはアレクだった。
やってやろうじゃないか。
音が鳴るのではないかという程に、アレクの後姿に向かって鼻から息を吐き出す。
一歩遅れて、クラウとフレアも到着した。
「行くぞ」
笑顔も見せず、アレクは端的に言い放つ。
「ちょっとアレク!」
「フレア、今は止めよう」
クラウは首を横に振って、今にもアレクに飛び掛かりそうなフレアを制止する。
そうこうしている間にも、アレクは歩を進めてしまっていた。
「私、行く。意地でも過去の出来事見てやるんだから」
「ミユ、無理してない?」
「頭痛は嫌だけど……無理はしてないよ」
今日の体調は至って良好だ。
小さく頷いてみせると、クラウは肩を竦めた。
「後でアレクの事、叱っておくね」
フレアもしかめっ面のまま、此方にくるりと振り返る。
二人の反応には苦笑いするしかなかった。
「アレクは怒っても効かないよ」
アレクの事を大して知っている訳ではないのに、ポロっと口から零れていた。
何故、私は呆れているのだろう。こんなにも懐かしいのだろう。
考えてみても分かりそうにないので、この感情にはそっと蓋をした。
クラウとフレアは顔を見合わせ、小さく笑う。
「俺たちはミユのタイミングに合わせるよ」
「じゃあ、行こう~」
此処で立ち止まっていても仕方が無い。マントを翻し、焦茶の髪を靡かせる。氷点下を思わせる寒々しい場所なのに、意外と寒さは感じなかった。
塔の入り口を潜ると、其処はやはり異質な場所だった。青色の魔方陣を描くモザイク模様に溜め息を吐きたくなる。
アレクは予想とは違い、私の姿を見ても口を開かなかった。僅かに此方を見やると、目線を下へと向ける。焦点が定まっていないようにも見える。
“話は他の者から聞いている。その魔方陣を潜りなさい”
私への発言だろう。此処へ用事があるのは、私だけなのだから。
やはり、いざとなると緊張してしまう。生唾を飲み込んだ。
“早くしなさい”
「分かってるよ……」
心の準備くらいさせてくれても良いのに。頭を横に振ってから、深呼吸を試みた。
駄目だ、速まる鼓動が収まってくれない。
覚悟を決め、魔方陣を睨み付ける。
進んだ先に現れたのは、又しても花畑だった。ネモフィラ、だろうか。青く煌めく無数の花が大地に散らばっている。空も抜けるように青い。
青一色の世界で、そよ吹く風の心地好さに感情を奪われていた。
“準備は出来ているのだろう?”
天から聞こえてくるかのような声に、はっと顔を上げる。
「……一応」
この呟きは声の主に聞こえているのだろうか。言った後で口をへの字に曲げる。
相手は何かをいう訳でもなく、気まずい空気が流れるかと思われたのだけれど、突如として景色がぐにゃりと歪んだ。
―――――――――
今日、この日にオルゴールを渡すと決めてから一年、どの曲を渡そうか悩みに悩んでしまった。
楽しそうで、優雅で、心が躍るようなワルツ――そのオルゴールが流れる木製の小箱に決めた。勿論、城下町には行けないので、店の主に注文をしたためてアリアに預けた。
数日後、満足のいく品物が届けられたのだ。
約束の時間の三十分前に、アリッサムの咲くダイヤの池畔に腰を下ろした。ハーフアップにした焦茶の髪は、地面擦れ擦れのところで風に揺れる。
薄緑色の紙でラッピングされたオルゴールをぎゅっと握り締め、ぼんやりと日の傾く地平線を眺めていた。
肩に柔らかな何かが触れる。
「お待たせ」
声が聞こえた瞬間に、頬がほんのりと熱を帯びる。
リエルは私の横に腰を下ろし、にこっと微笑む。
「今日は何してたの~?」
「うーん、カイルとお昼にケーキ食べたくらいかな」
「そっかぁ」
誕生日くらい、日常とは違う、もっと楽しい何かが起きても良いのに。
むうっと頬を膨らませると、リエルはあははと小さく声を上げて笑った。
「カノンとヴィクトとアイリスが祝ってくれるから、俺はそれで満足だよ」
「う~ん……」
もう少し欲張っても良いのに。何処か納得が出来ない。気付かぬうちに肩を落としていたらしい。
「がっかりする事ないよ」
リエルは笑い、空へと視線を移す。
「去年のプレゼントの本、面白かった?」
「うん。童話調なのに、話がちゃんと作り込まれてて面白かったよ。カノンはああいう本が好きなの?」
「うん! やっぱり物語はハッピーエンドが良いよね~」
妖精が主人公で、世界を旅しながら、出会った妖精の心に触れていく心温まる物語――初めて読んだ時には、最終章で涙腺が崩壊してしまったものだ。
薄い黄色からオレンジ色に変わった空を眺め、ほうっと息を吐き出した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
輪廻転生って信じる? しかも異世界で~blue side story~
ナナミヤ
ファンタジー
百年振りに再会した恋人は異世界の人、しかも死の呪いを受けていました.
神々の奇想四重奏シリーズ 第1部
一国を担う魔導師であるクラウは悪夢に悩まされていた。
前世では恋人を亡くし、廃人となってしまった過去があるからだ。
ある時、前世の恋人と同じ地の魔導師が百年振りに現れる。
再び出逢える事に期待を膨らませるが──
輪廻転生って信じる?しかも異世界で〜green side storyの~ヒーロー視点です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる