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第6章 火

火Ⅱ

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「オレだって花の名前くらい分かるぞ」

「そう」

 フレアは何処か満足げに笑う。
 では、あの眼下に見えた草原に咲いている白い花はコスモスだろうか。
 儚げに揺れる、可憐な花――自然と脳裏に白色のコスモスの花が浮かぶ。
 とその時、眼前に何かが音も立てずに現れたのだ。

「えっ?」

 くるりくるりとゆっくり回転するそれは、コスモスだろうか。
 両掌を差し伸べると、そこにすっぽりと収まった。

「何でコスモスが?」

 ただ話題に出てきただけで、実際に此処へ持ってきた人物は居ない筈だ。
 コスモスを眺めながら、小首を傾げてみる。

「オマエだろ? コスモス摘んできたの」

「お、俺? いや……うん、そう」

 クラウの顔を見上げてみれば、苦笑いを返してくるばかりだ。
 きっと違うのだろう。そうは思っても、聞き返せずにいた。

――――――――

 皆の言う通りなら、今日が再び過去を見る日だ。
 また頭痛がするのなら嫌だな。考えながら、ベッドの上で大きなため息を吐く。
 時計を見てみれば、九時半過ぎ、か。今日はまだ誰も来ていないから、寝坊ではないだろう。
 ゆっくりと足を滑らせてスリッパを履き、いつもの白色の服をクローゼットから引っ張り出す。

「ミユ? 入るよ?」

 声と同時にノックの音が響く。

「ま、待って!」

 脱ぎかけたナイトドレスを引き剝がし、慌てて衣服を整えていった。
 鏡をちらりと見て、寝癖が無い事を確認し、ドアをそっと開けた。
 見知った顔が三つ並んでいる。一週間前と同じ光景だ。

「準備出来た?」

「うん、大丈夫」

 心の準備は――今は置いておこう。頭痛の事を考えるだけで憂鬱になってしまう。
 俯き、両手で拳を作る。
 その左手に、男性の手が添えられた。
 驚いて顔を上げると、その手の持ち主はクラウだったようだ。

「無理しなくても良いんだよ」

 若干辛そうに、此方にそっと微笑む。
 元々は私の好奇心から始まった話だ。今更引き返すのも違うと思う。それに、本当に魔法を受け入れるかどうか、過去を見て自分の気持ちを堅めたいのだ。
 ふるふると首を振る。

「私、やるって決めた事を曲げたくないの」

「そっか……」

 消えそうな呟きと共に、クラウの手は離れていく。

「フレア、頼む」

「分かった」

 フレアは昨日のアレクと同じように、杖を持ち、先を床に向けて魔方陣を描いていく。
それを眺める今の私は、きっと興味津々な瞳をしているのだろう。

「ミユ」

「ん~?」

 呼び声はアレクのものだった。顔を見てみると、何だか浮かない顔をしている。

「何?」

 聞いても返事はこない。

「……いや、なんでもねぇ」

 アレクがようやく口を開いたのは、フレアが魔方陣を作り終える頃だった。
 何かを悩み、言葉を選んでいたように思う。
 どうしたのか聞きたかったけれど、アレクがそうさせてくれなかった。

「ミユ、行くんだ」

「えっ? う、うん……」

 言いながら背中を押すので、促されるまま足を進める。その先には、勿論魔方陣がある。
 魔方陣の恥を踏んだ途端に赤色の光が満ち、浮遊感を覚えた。
 どうもこの感覚には慣れそうにない。
 足が地に着いたと感じた途端、熱風が襲い来る。
 ゆっくりと瞼を開けると、視界には陽炎が立っていた。砂漠の中にポツンと赤い煉瓦造りの塔が聳えている。周りにはサボテンが生えているものの、他の植物は見当たらない。
 体感気温は三十五度を超えている。
 北国に生まれて夏の暑さに慣れていないせいか、一瞬にして汗が噴き出す。

「さっさと行くぞ」

 同じく暑さに耐えられないのだろう。後ろに居たアレクの声に、クラウが塔へ向かって走り出した。
 私もなるべく日陰に入りたい。アレクとフレアを置いてけぼりにし、塔の中へと急いだ。中へ辿り着く前にへとへとになりそうだ。

「大丈夫?」

 先に到着していたクラウが、入口から顔を覗かせて手を差し伸べてくれる。

「うん、なんとか」

 気恥ずかしくて手を取れず、代わりに笑ってみせた。
 クラウは苦笑いをする。

「オマエら、どうかしたのか?」

「ううん、なんでもない」

 クラウが伏し目がちに首を横に振ると、アレクは納得がいかないようで、両腕を組む。

「ミユ、良いか?」

「うん」

 うんと言う以外にはない。
 フレアはすぅっと息を吸い込んだ。

「地の魔導師を連れてきたよ」

“地の魔導師、魔方陣の中へ来なさい”

 聞こえてきたのは、今度は若干低めの女性の声だ。
 床に目を落としていると、風の塔のモザイク模様とよく似ている。ただ、黄色だった部分が赤色に変っているくらいだ。
 その赤の部分がほわんと光を放ち始める。

「行かなくちゃ……」

 もう、これは使命感に近い。光の中へと足を踏み入れると、又しても浮遊感が身体を包み込んだので、きつく瞼を閉じた。

“いつまでそうしている?”

慌てて瞼を開けると、赤色の向日葵に似た花が咲く花畑の中に居た。塔の外とまではいかないものの、夏らしい日差しが私を照り付ける。
やはり姿のない声の主に、小さく頬を膨らませる。

「姿、見せてくれたら良いのに」

“それは出来ないのだ”

 やはり、自身の姿を見せる気は無いらしい。
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